21 特別ということ 

「トーヤは特別なの?」

「はあ?」

 

 シャンタルがいきなりそう聞く。


「だから、トーヤは特別だから戦場にいてもよくて、アランとベルは違うの?」

「いや……」

「自分が特別だって思うことはね、傲慢だと思うよ」

 

 シャンタルが静かに口にした「傲慢」という単語に、トーヤがギクリとした顔になる。


「まあ、確かに私は特別だけど」

「おい」


 冗談口でシャンタルがそう言って笑う。


「トーヤの気持ちもよく分かるんだよ? この2人を安全な場所に置いてあげたいんでしょ? もう命の危険がない場所で安心して暮らしてほしい、そうなんでしょ?」

 

 トーヤは答えない。

 答えないことで「そうだ」と言っているようだった。


「でもさ、2人の気持ちもちょっと聞いてみてからにしたらどうかな? 幸いにもアランのケガもまだまだ治らないことだしさ」


 あの時もそうだったが、まるでアランのケガが大きいことがよかったかのように聞こえるとベルは思った。


「幸いっておまえ」


 トーヤが困ったように、やっと突っ込める場所を見つけたかのようにそう言う。


「ケガなんか早く治った方がいいだろうに。それを幸いなんて言ってやるなよな」


 精一杯の抵抗のようにそう続けた。


「そうだね、普通だったらね。でも、今の場合は考える時間が長く取れるんだから、やっぱり幸いだと思うよ」


 そう言ってにっこりと笑う。


「と、いうことでね」


 と、シャンタルがくるりとベルを向き直った。


「安心していいよ。だからもう熱も出ないよね? 大丈夫、アランが万全になるまでは、私がさよならなんて言わせないからね」

「おい、勝手なこと言うなよな」


 トーヤが抗議するがシャンタルは知らん顔だ。


「じゃあ、今度ベルが熱を出したらまたトーヤのせいってことで、私が怒ってもいいのかな?」

「おいー!」

「私はベルが元気でいてほしい」


 きっぱりと言い切った。


「だから、ベルがつらくなるようなことをしたら、それがトーヤでも怒るからね? 分かった?」

「…………」


 トーヤは少し無言で考えてから、


「しょうがねえな、分かったよ。兄貴の方が元気になって動けるようになるまでは、こいつらのこれからについてとやかくは言わねえ」

「うん、約束ね」


 そう言ってにっこり笑い、もう一度ベルに、


「よかったね。これでもう熱を出さなくてもすむよね?」


 そう言った。


「う、うん……」


 ベルはそう答えたが、トーヤが「傲慢」と言われた時の表情を思い出し、トーヤは何か「特別」だと言われたことでつらいことがあったんだろうか、とそれが気になっていた。




 その後はもうベルが熱を出すこともなく、アランも順調に回復をしていった。

 数日もすると、段々とアランもベッドの上に座る時間も多くなり、動くと痛みを感じるぐらいまでになっていた。


「もう治癒魔法もあまり入らなくなってきたね」


 シャンタルがうれしそうにアランに言う。


「おかげさまで、ほとんど痛みもなくなってきました。本当にお世話になりました」


 アランはベッドから足を垂らして座り、そう言って頭を下げ、


「あ、いて……」

「まだ無理しちゃだめだよ」


 そう言ってシャンタルに笑われる。


「兄貴、よかったな、本当によかった」

「そうだな、もうそろそろ風呂にも入ってみていいかも知れんな」

「トーヤはすーぐ風呂のこと言うよな」

「おまえな、ここに来た時のあの臭いを忘れたのか? すっげえ臭かったからな」

「る、るせえよ!」

「ほら、また始まった」


 またいつものようなやりとりにシャンタルが笑っていたが、ふと気がついてアランに声をかける。


「ん、アランどうしたの?」

「いや、あの」


 アランがまた困ったような顔になっていた。

 アランは少し考えてから、思い切ったように言う。


「おまえな、あんまり馴れ馴れしくするなよな。トーヤさんもシャンタルさんもおまえよりずっと年上だ。それに助けてくれた人たちだ」


 厳しい目を妹に向け、続ける。


「俺がよくなったらお礼を言って別れなくちゃいかん人たちだ。あまり慣れるな」


 アランに言われてベルが黙ってうつむく。


「本当にお世話になりました。おかげでこんなによくなってきました。本当なら何かお礼をしなくちゃいけないんですが、見ての通り、俺たちにはお返しできるものもありません。下手に何か考えるとかえって迷惑かけることになりそうですし、それよりは少しでも早くお二人から離れる方が邪魔にならないんじゃないかと思います」


 そこまで言ってまた丁寧に頭を下げる。


「できるだけ早く出ていきますので、もう少しだけ我慢してください」

「うーん、それはいいんだけど」


 シャンタルがアランをさえぎって言う。


「それより気になるんだけど」

「何がですか?」

「敬語」

「え?」

「アランもベルみたいに普通に話してくれた方が楽だと思う」

「は?」


 今、そういう話をしているわけではないんだが、とアランが戸惑う。


「それとね、シャンタル」

「え?」

「さんはいらないから、シャンタルで」

「え? え?」


 何が言いたいのかよく分からない。


「トーヤもトーヤでいいよね?」


 聞かれてトーヤは、


「んなもん、どうでもいい。ただ、おまえは今は治ることだけを考えろ。なんもかんもそれからだ」


 とだけ言った。

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