17 助けた理由
「そういえば、歩いている時に私が治癒魔法を使ってることもちゃんと分かってたね」
シャンタルもそう言う。
「ああ、そうだったな」
トーヤも思い出したように言う。
「まあなんにしても、とにかくこれからのことをちゃんと考えろ。そんじゃ、俺は風呂行ってくる」
それだけ言うと、とっとと風呂に行ってしまった。
「あー、私もトーヤが出たら行ってこよう。ベルはどうする? あまり遅くなると入れなくなるよ」
今の時期は客が少ないのか、比較的ゆっくりと風呂場は使えるが、それでも他にも客が使っている場合もあるし、あまり遅くなると風呂場自体をもう閉めてしまう。
「おれは、いいかな……」
「いいの? でもトーヤが嫌がるよ? 子どもはきれいにしとけ、ってさ」
そう言ってシャンタルが笑う。
「まあ、私が出るまでに考えればいいよ。トーヤは出るの早いしね」
「シャンタルは時間かかるよな。やっぱりその髪のせいか?」
「うーん、それもあるんだろうけど、単にトーヤみたいにせわしなくないだけ、だよ」
そう答えて笑った。
言った通り、あっという間にトーヤは戻ってきて、入れ替わりにシャンタルが風呂場へ行った。
「おいガキ」
「ガキじゃねえ!」
「そんじゃクソガキ、おまえもちゃんと風呂入っとけよ。また臭くなるからな」
ベルが顔を赤くして黙ってトーヤを睨む。
「兄貴の方はもうちょい無理だからな、また体拭いてやる。今日はもういいだろ」
そう言えば、アランもベルと同じ、いや、ケガをしていた分それ以上に血と汚れにまみれていたはずなのに、いつの間にかきれいに
「あ、あの、ありがとうございます」
「気にすんな、男同士だしな。その代わりそのガキ、おまえが元気になったらまたちゃんと洗ってやれ。どうしても服脱がねえからほっといてるんで、きれいに洗えてるかどうか分からん」
バサバサとタオルで髪を拭きながらそう言う。
「ああ……」
アランがそう言ってベルをチラッと見た。
「なんかあったか?」
「え?」
「そういうの嫌がるような、そんなことが」
「ああ……」
少し考え、アランが思い切ったように言う。
「こいつ、悪い大人にひどい目に合わされそうになったんです」
「やっぱりそうか」
トーヤが後ろ向きで髪を拭く手を止めずに言う。
「なんとなくそんな気がした。合わされそうってことは、大丈夫だったんだな?」
「ええ、幸い俺も、その時はまだ元気だった兄もすぐに気がついたもんで」
「ならいい。何があったとしてもそいつのせいじゃねえが、いらん傷は少ないにこしたこたあないからな」
そう言った後、黙って髪を拭き続ける。
「あの」
「ん、なんだ?」
「なんで、助けてくれたんです?」
「あ? なんだ、不服だったか? ほっといた方がよかったか?」
「いえ、どうしてなのかな、と」
トーヤが手を止め、アランを見て言う。
「それはあれだ、あいつが助けてやれ、っつーたからだ」
「あいつ?」
「今、風呂行ってるやつな」
「ああ」
「俺はほっとけ、っつーたんだがな、あいつがどうしても助けるって言うから、そんで仕方なくな」
「あの人が?」
「ああ」
「どうして」
「さあな」
トーヤが半分笑いながら答える。
「あいつな、ほとんどあれしたいこれしたいってこと、ないんだよ。大抵のことはどうでもいいみたいな感じだ。それがな、たまにああしてどうしてもってことがある。そういう時はできるだけ聞くようにしてる。そんだけだ」
「そんだけって……」
「あいつに聞いても無駄だぜ。なんでそうしたかったか、多分本人にも分かってねえからな。まあ聞きたきゃ聞けばいいが」
「そうなんですか……」
アランがどう言っていいのか分からない顔をする。
「あいつな、本当はみんな助けたいんだよ」
「え?」
「いや、おまえらみたいなやつ、全員な」
「それは無理でしょう」
「だろ? だからまあいつも我慢してんだよ、助けたいのを」
またアランが返事に困る。
それは無理なことだとベルにも分かった。
戦場で、その周辺で戦に巻き込まれたあたりで、困っている人を全員助けるなど不可能だ。子どもにも分かることだ。
「最初はなあ、どうしても助けるっつーてな、随分とぶつかった。それで、そんならもう戦場には行かねえ、おまえが助けたいやつ1人すらも助けられなくなるがいいのか! そう言って、ようやく諦めた」
なんとも奇妙な話であった。
これではまるで、人助けがしたくて戦場にいるかのような。
「人間には手が2本しかねえんだ、その両手で持てるものしか持てねえんだ、ってことを
「なんだかよく分かりません」
アランがはっきり言うとトーヤが声を上げて笑った。
「まあ、なんでもかんでも分かるもんじゃねえ、あいつはそうなんだって聞いてりゃそんでいい」
トーヤの不思議な言い方に、兄と妹は顔を見合わせるしかなかった。
「だからまあ、なんで助けられたかとか、考えたけりゃ考えてもいいし、聞きたければ聞いてもいいが、思ってたような答えは返ってこねえからな。黙って助かったって思ってりゃそれでいい」
この話はもう終わりだ、というようにトーヤがそう言った。
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