第3話 エヴァンシュカとアデルート3
物語の主人公は可愛らしい1人のお姫様。
彼女は王国で唯一の姫として皆から愛されて育ち、ワガママし放題! ――でしたが……「唯一」の存在であったがゆえに、国力増強のための政略結婚だけは避けられそうにありません。
ワガママを言って国を滅ぼす訳にはいかなかったからです。
隣国の素敵な王子様との婚約は、すぐそこまで迫っていました。
けれどもお姫様はある日 素敵な騎士の青年と出会って運命的な恋に落ちます。
『あなたこそがわたくしの運命なのね』
騎士の青年は何をやらせても完璧で、顔は良いし腕は立つし、優しく誠実で、時にワガママ放題のお姫様をたしなめたりもします。そんな騎士にお姫様は夢中になりました。
しかし身分の差から、騎士とお姫様が公的に結ばれる事はありません。唯一のお姫様は国のため、隣国へ嫁ぐ事が決まっています。いくら騎士が好きでも、周りが許さなかったのです。
『私達は結ばれぬ運命なのだろう』
それでも2人は秘密裏に愛を
誰にも相談する事の出来ない道ならぬ恋は、2人の想いをより強く燃やします。
どうにか政略結婚以外に国を盛り立てる方法はないものか、どうにか2人の恋を認めてもらえないものか……。必死に考えて行動し続けました。
お姫様と騎士には数々の無理難題が立ち塞がりましたが、その全てを退けて最終的には駆け落ちに踏み切ります。
そして物語のラストには、身分も家族も何もかも捨てて……静かな森の中で2人ひっそりと暮らし、子宝にも恵まれました。
お姫様の国と隣国の関係がどうなったのかは分かりません。
唯一の姫としての責任を放棄した彼女の行いは許されざる事かも知れません。
しかしお姫様と騎士は国のため最善を尽くしました。きっと神様もその頑張りを認め、国を見守ってくださる事でしょう……。
◆
――アデルお姉さまの優しい声色で朗読された絵本の内容に、わたくしはむせび泣きましたわ。なんて素敵なお話なのかしら! 感銘を受けるとは正にこの事です!
絵本のお姫様はずるいですわね、「唯一」の姫のくせにお城を抜け出して、こんなに素敵な騎士と結婚するだなんて! 絵本の騎士はシュッとしていてすごく格好いい、こんな完璧な殿方が居ればわたくしだって喜んで結婚いたしますわ。
ただ優しいだけでなく、お姫様が度を過ぎたワガママを言うと毅然とした態度でたしなめるのが堪りませんわ。――まるでアデルお姉さまみたいね。
……それに何より、この絵本を作ったのがアデルお姉さまだと思うと余計、物語に心酔してしまう。
桃色の表装が可愛らしいのはもちろん気に入りましたけれど、これきっと全部アデルお姉さまの手作りですわね。
文字の癖が普段アデルお姉さまの書く筆跡と似ているし……わたくしが絵を描いてとおねだりした際にも、こういう繊細で可愛らしい絵を描いていらしたもの。
まるで歌劇みたいにロマンチックな物語も、よく演劇を見てみたいとお願いすると見せて下さる 、お姉さまの独り芝居に通ずるものを感じるわ。
「ルディ、この絵本は読み書きを覚えるための教則本その1とでも思ってください。子供向けに分かりやすいよう簡素なシナリオにしましたが、
アデルお姉さまは絵本を閉じると綺麗に笑って、更なる「最高のプレゼント」を贈ってくださいましたわ。
――だってわたくし幕間に何が起きたのか、お姫様と騎士は国のため具体的にどんな策を講じたのか気になって仕方がなくて、お姉さまに質問攻めしようと思っていたんですもの!
さすがアデルお姉さまね、わたくしの行動を先読みしていらっしゃるのだわ!
でも、知れば知るほどこの「騎士」に夢中になってしまいそうで怖い。
わたくしにも騎士が居たら良いのに、そうすれば騎士と結婚する事だって夢ではないし……わたくしを守ってくださるのはアデルお姉さまと侍女のアメリで、護衛騎士なんておりませんの……。
――あら? 居ないならお父さまにお願いすれば良いんじゃあないかしら。
この「絵本の騎士」を探して、わたくしの護衛にしてしまうのよ!
わたくし、これほど美しいアデルお姉さまからも「可愛い」と言っていただけるくらいだから……もしかして、わたくしの傍に居たら騎士も夢中になってしまうのではなくって!?
世界中を探せばきっと、これくらい完璧な騎士の1人や2人見付かるはずですわよね! そうと決まれば善は急げですわ!
「アデルお姉さま、わたくし騎士が欲しいわ!」
「……はい?」
わたくしの言葉に、アデルお姉さまは目を瞬かせました。
「わたくし、絶対にこの騎士と結婚するわ!絵本のお姫様と違って私は28人兄妹の末娘、可能性は無限大ではなくて!?」
「え、いや、ルディ……これはあくまでも創作のお話で、このような男はこの世のどこにも……」
「お姉さま、わたくしもう決めましたの! アメリ、紙と書くものを持って来て! 今ここで契約書を作成するわ、直筆で!」
「――たった一度 読み聞かせただけで、もう字を覚えてしまったのですか……?」
「はい! アデルお姉さまのお話がとっても素晴らしかったので、完璧に記憶いたしましたわ!」
「……相変わらずルディは規格外ですね……ええと、読み書きが出来るようになった事、あまり周りに言いふらしてはいけませんよ。また要らぬやっかみを――ではなくて、自慢ばかりする女性は「絵本の騎士」の相手に相応しくないと思います」
「分かりましたわ! わたくし、「絵本の騎士」に相応しい淑女になります!!」
お姉さまは何だか生温かい眼差しをして、「とりあえず陛下に丸投げ……いえ、奏上してみましょうね」と言ってわたくしの頭を撫でました。
やっぱりお姉さまはいつだってわたくしの味方ですわ! 早くお父さまのところへお願いしに行かなければ!
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