第5話 元・騎士の独白

 ――あれから時は経ち、ハイドランジア国の様相は以前と少しだけ変わりました。


 テオフィリュス陛下は高齢を理由に国王の座を退しりぞき、新たな王が誕生して……ハイドランジアは前にも増して国力を強めております。

 隠居したヨボヨボのお爺ちゃんは多くの孫に囲まれて、「いのう、いのう」と毎日楽しそうですよ。


 プラムダリア孤児院の問題は、テオ爺ちゃんとエヴァンシュカ、そして雪之丞によって白日の下に晒され――噂の準男爵は、瞬く間に投獄されました。

 彼にはとりあえず獄中で奴隷のように働いてもらい、本来孤児院の子供達が受け取るべきだった、対価の支払いが終わるまでは出獄できません。

 雪之丞は売り上げの帳簿付けと子供達の出勤簿の記帳を欠かさなかったようで、準男爵がどれほど着服したのか丸分かりだったんですよね――さすがは抜かりのないチャラ男です。


 孤児院で働かされていた子供達については、国営の施設に移ってもらう事になりました。

 特に幼い者達は別の孤児院へ、ある程度分別ふんべつのついた子供達には意思確認をした上、別の孤児院に移るか正当な報酬を受け取りながらグッズの制作に従事するか選ばせました。


 スノウアシスタントの発明品は雪之丞が特許を取得したのち情報を開示して、製法の守秘義務はなくなっています。

 利用料さえ払えば誰でも制作、販売できる形にした訳ですね。その方が国も豊かになって良いと思います、技術や知識の秘匿は争いや問題しか生みませんから。


 ヴェリタス子爵は降爵どころか爵位を剥奪されて、平民になったとか……どこか他所の国へ亡命したとか、そんな噂を聞きましたね。

 宙に浮いていた雪之丞の養子問題は白紙になって――彼は宣言通り、有り余る「スノウアシスタント」の私財をはたいて男爵位を買いました。

 しばらく「ユキノ・ジョー・フォン・アシスト男爵」というふざけたお名前で活動していらしたのですが、その数か月後――。


 雪之丞は、ハイドランジア至上初の女王陛下の王配となりました。……女王の名は言うまでもありませんね。


 わたくしハイディマリーは、新たに生まれた甥っ子と姪っ子の教育係を任せられました。

 伯母おばとして楽しい毎日を送っていますよ。忙しいご両親に似て聡明で底抜けに明るくて……そしてどこか抜けの目立つ子供達ですから、目が離せません。


 わたくしいまだに独身を貫いておりますが、彼らのお陰で楽しい余生を送れそうです。


 ――ああ、カレンデュラ伯爵令嬢のその後ですか? さあ、どうでしょう……。

 女王陛下の「親友」兼「右腕」が、これまたハイドランジア史上初の女性宰相だという事と――宰相は女性の権利獲得に尽力して、ついでに今まで虐げられて来た同性愛者にとって「優しい法律」を制定したらしい……とだけ言っておきましょうか。


 わたくし、出来る限り宰相に見付からないようにひっそりと生きているので、詳細はよく分からないのですよね。

 とりあえず女王陛下が「気付けば宰相が権力を持ち過ぎて危険ですわ! このままでは無理やりに結婚させられてしまうかも知れませんわよ……!」と嘆いておられました。怖いですね。


 いっそのこと、適当な殿方と結婚して逃げてしまえば済む話なのですが――わたくしまだまだ好き放題して生きようと思いますので、家庭に入るなど、まっぴら御免でございます。

 カレンデュラ伯爵令嬢も、わたくしが逃げれば逃げるほど優秀になって行くのが見ていて愉快で堪りません。


 時にはどこかの可愛げのない義弟が、「アデル義姉さんって前世むかし、ぜってー男だったっしょ? だから男と結婚すんの嫌なんだろ~」なんてニヤつきながら軽口を叩いてくる事もありますが……そんな悪い子には無理やり剣を握らせて、あの厄介なスキルで宙を舞わせてやりますよ。

 いつ見ても華麗なスクリュー回転で、まるでわたくしが剣の達人になったようで癖になるんですよね。


 ――と、まあそんなこんなで、わたくしは幸せに暮らしております。

 このまま年老いても、そしてまたどこかの世界に生まれ変わったとしても……変わらずに楽しい事が続くと良いですね。


 さて、長らく「王女と騎士」の物語をお聞きいただき、誠にありがとうございました。

 また機会がございましたら、どこかでお会いいたしましょう。






 ――ちなみに、これはまだ女王陛下とその夫には内緒なのですが、王子……わたくしの甥っ子が、役者に向いていそうな感じがするんですよね。

 ちょっと変わっていて思考も感性も独特なんですけれど、あれは育て甲斐があります。

 第一王子なんですけど、どうにかして役者に出来ませんかね? 『国の第一王子が役者へ転身!?』とか……ムチャクチャ破天荒で格好よくありませんか?


 今のわたくしの一番の楽しみは、彼の成長なのです。

 周囲が王位を諦めざるを得ないほどの役者に育てれば、ゴリ押し出来ないかな~なんて思いながら……教育の合間を縫って、こっそり演技指導をしている訳です。


 ……絶対に内緒ですからね。

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