第2話 騎士の正体2

「カレンデュラ伯爵令嬢、よく思い返してみてください。何故 貴女の「ヒロインアイ」がわたくしに通用しないのか――」

「…………お、女だったから……!?」

「でしょうね。どうやらアレは、殿方にしか効果がないようですから」

「じゃあ、私ともエヴァとも結婚出来ないって言ってたのは――」

「わたくしが同性だからです。ハイドランジアに同性婚を許可する法律はありません」


 黙って事の成り行きを見守っているジョーは、生暖かい眼差しをしています。

 早々にわたくしの正体に気付いていた彼は、呑気で良いですね……カレンデュラ伯爵令嬢はと言うと、あんぐりと口を開けて絶句しています。

 そうしてわたくしの姿を頭から足の先まで見た後に、びしりと指差し確認をなさいました。


「――うぅ、う、嘘つき!? こんなイケメンが女とかあり得ない!! 私と結婚したくないからって、適当な嘘ついてんでしょ!?」

「いいえアリー、アデルお姉さまは、本当にお姉さまなのですわ。今はこうして男装していらっしゃいますけれど、ドレス姿の時はまるで「月の女神」と称えられるほどお美しいのよ……わたくし自慢のお姉さまですの。世界一大好きですわ」

「つ、「月の女神」がここで出てくるの!? ――ま、待って、待ちなさいよ! ハイド、エヴァみたいなのがタイプって言ったじゃない! それって女を恋愛対象として見てるって事よね!?」

「……「エヴァ王女のように聡明な方」と言っただけで、「のような女性」と言った覚えはありませんね」

「はあ!? で、でもでも、結構私が抱き着いたりすると喜んでなかった!? 少なくとも嫌がってはなかったわよね!!!」

「ええ、顔は良いのにマナーがクソで、絶妙に残念なところが面白可愛いご令嬢だなあと思っておりました」

「一つも褒めてないわよね、ソレ!?!?」


 ――事実、カレンデュラ伯爵令嬢に対して抱く思いはソレです。

 同性なのでべたべた触られても何ともありませんし、むしろわたくしの事を男性だと勘違いした上で胸を押し付けてくるところなど、淑女として恥知らずにも程がある部分が非常に残念で――謎の感動すら覚えました。


 伯爵令嬢はわなわなと体を震わせて、キッとわたくしを睨みつけます。


「じゃ、じゃあ、どうして「王女」が「王女」の護衛騎士なんてしてるのよ、おかしいでしょ!?」

「これはまあ――半分仕事で、半分趣味のようなものです」


 意味が分からないと嘆いているカレンデュラ伯爵令嬢に、わたくしは最初から一つずつ説明しました。



 ◆



 わたくしは28人居る兄妹の下から2番目。

 ルディ……エヴァンシュカが生まれるまでの10年間は、わたくしが末っ子王女でした。


「黄金郷」こと生前の記憶をそのままにハイディマリー・ラムベア・アデルート・フォン・ハイドランジアとして生を受け、父親のお爺ちゃん陛下ことテオフィリュス・ガウリー・ヴェンデルベルト・フォン・ハイドランジアから「いのう、いのう」と猫かわいがりをされて、健やかに育ったのです。


 しかしそれも5歳ぐらいまでの事で――そもそも わたくしの精神年齢は相当「高齢」です。

 しかも生前の便利な生活が魂に染みついていたため、この何に関しても前時代的な世界の文明に、上手く則すことが出来ませんでした。


「パンがないならケーキを食べれば良いじゃない」ではありませんが、ないなら作ればいい、別の何かで代用すればいいの精神で――わたくしは少々、ハメを外し過ぎたのです。


 王女という身分を徹底的に利用して人と財を使い、少しでも生活が楽になるようなアイディアを捻り出し続けた結果……あれだけわたくしを猫かわいがりしていたテオ陛下でさえ「え……何かお前、ヤバない? てか可愛げなくない?」と引きました。


 生前大した知能を持っていた訳でもないのに、この世界だと天才の部類に入ってしまいますし……わたくしは齢5歳で、かなり浮いた存在となってしまったのです。

 上の兄や姉からもずっと煙たがられておりましたから、それを後になって「あれを教えてくれ」「これを教えてくれ」と手の平返しされた時は――わたくしも余計、頑なになってしまったのかも知れませんね。

 今更わたくしに何の用だと。


 ――しかし1度でも浮けば、後はもう野となれ山となれでございます。

 出来るだけこの世界に染まろうと大人しくしていた反動が一気に来たのか、わたくしは今まで以上に生前の記憶、知識をフル活用し始めました。


 やがて目立つ存在になると、それまでわたくしに一切興味をもたなかった兄、姉が擦り寄ってくるようになります。

 何でも良いから功績になりそうなアイディアを授けてくれ、なんて……一番「若輩者」である、わたくしに。


 ――以前にも申しましたが、わたくしどうも、目上の方を教育するのだけは体が受け付けないのです。

 見て盗まれる分には良いのですけれど、兄、姉らは当時のハイドランジア国民と同じく、思考する事を投げておられたので……面白味もありませんでしたし。


 そうして、のらりくらりと兄達をかわしていた時に生まれたのが、可愛い可愛い末妹のエヴァンシュカです。あれはわたくしが10歳の頃でしたね。


 すぐさまエヴァンシュカの才能に気付いたテオ陛下は、「変わり者」のわたくしに教育係を任せました。

 ただでさえ初めての「年下」、年も10歳離れているとなれば、それは可愛がりますよ。

 しかもエヴァンシュカはわたくしなど足元にも及ばないほどの――本物の神童だったのですから。


 生育が早くすぐに喋るわ、すぐにハイハイするわ……文字に興味をもつのも早かったため、わたくしは彼女の3歳の誕生日にお手製の絵本を贈りました。


 彼女が文字を覚えるのに役立つと良い――程度にしか思っていなかったのですが、まさかわたくしが適当に書いたシナリオのせいでエヴァンシュカが「騎士」に傾倒して、ここまで結婚相手に苦労するようになるとは夢にも思いませんでしたけれど。


 そうして騎士に憧れをもつようになってしまったエヴァンシュカでしたが、護衛騎士をねだってもお爺ちゃん陛下が「男の護衛騎士なんて絶対にダメ! 可愛いルディに手を出すかも知れんじゃろう!」と大反対しました。……当時のエヴァンシュカ、3歳児だったんですけどね。


 しかし何だかんだ言ってもエヴァンシュカに甘々のお爺ちゃん。なんとか願いを叶えようと頭を捻りました。

 結果どうしたのかと言うと、当時「昔取った杵柄」とでも言わんばかりに様々な役柄を演じては寸劇でエヴァンシュカをあやしていた、わたくしに白羽の矢が立ったという訳です。


「アデルのせいなんじゃから、アデルが責任取ってルディの騎士になれ。騎士を演じている間は「ハイド」で決まりじゃ」――と。



 ◆



「わたくしが「絵本の騎士」を演じる期間は、ルディが結婚するまで。それまで「ハイド」は護衛騎士として王女の傍にはべり、「ハイディマリー」は引きこもりの王女として表舞台から姿を消しました。――とはいえ、ハイドランジア城の関係者からすれば周知の事実ですので……王族から使用人まで、わたくしがハイディマリーである事は知っています」


 護衛役をしておいて何ですけれど腐っても王女なので、エヴァンシュカだけでなく、わたくしの身に何かあってもよくないんですよね。

 散々可愛げがないとか何とか言われていますが、一応両親から愛されてはいるのです。


 兄、姉からは相当恨まれている事に、最近――というか昨日初めて気付きましたけど。


「城の関係者はって――じゃあ、国民は知らないって事? ハイドが男装してるって……」

「ええ。「王女」が「王女」を守っているだなんて、狙ってくださいと言っているようなものでしょう? そもそも知っていたら、先ほどのような事件は起こらなかったと思います。ヴェリタス子爵に雇われた彼らは、わたくしの事を殿方と信じてやまなかったようですし――王女だと知っていた上であのような事をしでかしたとなれば、さすがに打ち首でしょう」

「うぅ……うぅうう……! で、でも確かに、男にしてはキレイ過ぎるとは、思ってたかも……言われてみれば声もちょっと高いし、体も細くて、男らしいかって言われると微妙……――でも乙女ゲーなら普通に居そうなキャラだし、ううぅ……!」


 カレンデュラ伯爵令嬢は不満げながらも、納得されたようでした。

 しょんぼりと意気消沈されて――しかしすぐ弾かれたように顔を上げると、次はエヴァンシュカを指差し確認します。


「――いや、エヴァ! アンタ、めちゃくちゃハイドと結婚したいって言ってなかった!? そんなの普通、男だと思うでしょ!!」

「先ほども申しました通り、わたくしアデルお姉さまが世界で一番好きなのですわ。そして「ハイド」はわたくしの理想そのものです、それは結婚したいに決まっています。……ですが同性なので、誰も――ハイドも結婚を許してくれないし、駆け落ちなんてもってのほか……という事ですわ」

「…………ただ単に、馬鹿みたいにシスコンだったって事!?!?」

「ルディはいまだに姉離れできないのですよ……可愛いでしょう」

「ハイドも大概シスコンじゃあないのよ!」


 カレンデュラ伯爵令嬢は頭を抱えてしまわれました。

 わたくしはエヴァンシュカと顔を見合わせて微笑み合います。


 シスコンになるのは当然の事です。エヴァンシュカは本当に愛らしく素直な子で、聡明で……天然で、面白いのですから。

 ――それに、わたくしが「黄金郷」で過ごしていた時の伴侶とどこか似ているんですよね。もちろん顔ではなく中身です。好きなものに夢中になって暴走するところなんて、特に。


 その事もあって、エヴァンシュカだけはどうしても幸せにしてやらねば、という気持ちにさせられる訳です。


「……ねえ、じゃあ「スノウアシスタント」は――? 私、絶対にハイドがスノウアシスタントだと思ってたのに……」


 頭を抱えたまま声を絞り出すご令嬢に、わたくしは苦く笑いました。

 エヴァンシュカはきょとんと目を丸めて、「どうしてお姉さまが?」と首を傾げています。


 スノウアシスタントについて詳しいのは、わたくしではなくプラムダリア出身のジョーでしょう。

 部外者のわたくしがベラベラと喋る訳にも参りませんし……。


 ちらとジョーに目配せをすれば、彼は笑顔のまま小さく肩を竦めました。

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