第4話 騎士と容疑者たち

 まるで、ちょっとしたステージのように小高くなったお立ち台。

 そこに立つテオ陛下の御前までエヴァ王女を送り届けたわたくしは、お2人から数メートル離れた位置で待機します。


 いくら護衛とは言っても、公の場で王家の人間の真横、真後ろに立ち続ける騎士は不敬でしょう。

 有事の際に手足が届く位置にさえ控えていれば、割と何とかなるものです。


 王女が招待客へ謝辞の挨拶をなさる間、わたくしは大ホールに集まる面々を眺めて暇を潰すことにしましょう。


 ――公の場でのエヴァ王女は利発過ぎて可愛げがなく、見ていてひとつも面白味がないんですよね。わたくし、おバカなエヴァ王女が三度の飯より好きなもので。


 今は王女や陛下のご挨拶よりも、王女がこの後にお話したいと願う相手――ヒロインナノヨ伯爵令嬢のお姿を探す方が、よほど有意義です。


「本日お集まりいただきました皆々様には、深く感謝申し上げますわ。このような礼を欠く装いで、驚かれた方も多いでしょう。けれど本日はわたくしの19の誕生日――どうか、未成年こどものする最後のお遊びだと思って、大目に見てくださいませ」

「――招待状にて告知した通り、けいらにはこのまま数週間、ハイドランジアに滞在してもらうつもりだ。年齢性別も様々、こうして城へつどってくれた者に繰り返し告げるのも何だが……卿らが、王女エヴァンシュカの見識を広げるための「助け」となってくれる事を強く願う」


 凛とした王女のご挨拶、そして厳格な陛下のお言葉。


 あのお2人の緩々な「本質」を知らぬ招待客たちは、まるで偉人の格言に感銘を受けたようなお顔で深く頷いて、大きな拍手を送っています。


 陛下はそのまま「友を探すとは言ったが王女に媚びるような真似はせずに、普段通り接しろ」「王女は未婚のため、特に異性は過度な接触をはかろうとするな」「あまり度が過ぎると帰城を早めてもらう」「何かしらの罰則も辞さぬ構え」「最悪処す」などと、延々と注意事項を述べておられます。


 辛うじて話し方に威厳があるだけで、アレでは結局いつもの過保護ジジイですね。本当に困った親バカお爺ちゃんです。


 ――それにしても、この場に集められた「容疑者」の皆様は本当に年齢性別、多種多様でございます。


 王女と歳の近そうなお嬢様、お坊ちゃまから……上は40代でしょうか。

 人畜無害そうなポヤポヤとしたお顔立ちの方もいらっしゃれば、街中で目が合っただけでも難癖を付けられそうな悪人顔の方もいらっしゃいます。

 なんとバリエーション豊富なご友人候補なのでしょう。


 長々と続く陛下の注意事項を聞き流しながらホール内を見渡しておりますと、ふと、一番遠い入り口近くで不審な動きをする「何か」を発見いたしました。

 どうもその何かは、こちらへ向かってブンブンと両手を振っておられるようです――それも、その場で大きく飛び跳ねながら。


 黄色い華やかなドレスを着ている事からして女性でしょうが、とても淑女のする行動ではありません。

 曲がりなりにも国王からお言葉をたまわっている最中に、あんな命知らずな行動をするのは一体どこの誰なのでしょうか――。


 護衛騎士であるわたくしに対する何らかの挑発行為か、それとも王女に対する犯行予告なのか。

 わたくしはすぐさま「遠視」と「地獄耳」のスキルで、不審者の正体を確認いたしました。


 ――そうしてわたくしの目に飛び込んで来たのは、満面の笑みで両手を振っておられるヒロインナノヨ伯爵令嬢……が、扉前の見張りに「陛下の御前で不敬ですよ、下がりなさい無礼者! あっ! また貴女ですか!?」と両腕を抱えられて、大ホールから引きずり出されて行く光景でした。


「ちょっと! レディの身体に気安く触る方が無礼でしょ! 別に不敬な事なんてしてないし!? 私はただ、ハイドに手を振っただけじゃない! 攻略したいのに近付けないんだから、チャンスがあったら掴むしかないでしょ! それの何がいけないの、私はヒロインなのよ!?」

「そのような事も分からずに、今までよく貴族社会で生きて来られましたね……!?」

「と、とにかくご令嬢には、一旦別室へ移っていただきます!」

「ハイドー! ハイド、私はここよー! 絶対に攻略するんだからねー!! 好感度が上げられないなら、印象値だけでも上げてやるんだからー!!!」

「どれだけ距離があると思っているんですか! ハイド殿に聞こえるはずがないでしょう、騒ぎになりますから大声は辞めてください……!」


 見張り2人がかりに腕を抱えられて、ズルズルと扉の向こう側へ引きずられていくご令嬢を見て、わたくし思わず素で笑ってしまいました。

 さすがに口元を手で覆って声は押さえましたが、体が震えて止まりません。


 ――ただものではないと感じてはいましたが、どうも伯爵令嬢はわたくしの予想を遥かに超える逸材だったようです。


 確かに「地獄耳」のスキルがなければこの場所まで声は届きませんが、しかしご令嬢の周りの招待客は違うでしょう。

 皆様、不審なモノを見るような白い眼差しで彼女を見ておられます。――実際とんでもない不審人物ですしね。


 わたくしはもう堪らなくなってしまって――「絵本の騎士」としてやってはいけないと思いながらも――ついつい伯爵令嬢に向かって、小さく手を振ってしまいました。

 早々に退場なされるようなので、挨拶とお見送りの意味合いを込めて。


 ただあの騒ぎですし、しかも距離があるから見えないだろうと思っていたのですが――どうも彼女は、よほど熱心にわたくしの動きを注視しておられたようです。


「――ねえ見て! ハイドが私に手を振り返した! 見たでしょ今の!? ねえ!! ハイドと話がしたいだけなの、放してよー!!」

「何バカな事言ってるんですか! ハイド殿がエヴァンシュカ王女以外にそのような事をなさるはずがないでしょう! さあ、早く行きますよ!!」

「もー絶対、私に気があるに決まってるんだからー!! ――何でこんなに邪魔が入るの? まさかこれも、エヴァンシュカの策略……!?」

「これ以上無礼な発言をされると、いくら伯爵令嬢でも罰を受けていただく可能性がございますよ!!」


 喚くヒロインナノヨ伯爵令嬢と見張りが扉の向こう側へ消えて、やがて扉は静かに閉じられました。

 ――わたくしもう、しばらくヒロインナノヨ伯爵令嬢から目が離せなくなりそうです。


 やがて笑いが収まった所で、口元に当てていた手を外し、小さく息を吐き出しました。

 こんなに笑ったのは本当に久しぶりですね、少しお腹が痛いです。


「――――――あっ」


 ふと視線を感じたような気がして顔を上げれば――いまだ注意事項を語っておられる陛下の横に立つエヴァ王女の顔が、こちらに向いておりました。

 ヴェールの下を「透視」すれば、それはもう鬼のような形相でこちらを熱く見つめておられます。……どうも、一部始終をご覧になられたようですね。


 ――ええ、お説教の予感です。

 それはそれとして、なんという形相なのでしょうか……今にもグルルと唸り出しそうな、凶暴なチワワのようです。


 ヴェールがあって本当に良かったですね、エヴァ王女様。

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