第2話 王女とヴェール
エヴァ王女はドレス選び以外でワガママを仰る事なく、パーティの準備は
まあ招待客をもてなすための根回しや、パーティに出る料理の確認、そしてしばらく城に滞在する事になる皆様のケアなどは、テオ陛下が全て執事長に一任していらっしゃるので――王女が準備する事と言えば、ご自身を磨く事のみです。
お風呂に入って肌を柔らかくして、侍女のアメリがスペシャルマッサージを施して。
頭の先からつま先まで磨き上げられたエヴァ王女は、最早発光しているかの如き美しさです。
わたくしも例えが下手なりにこう……適当に「真珠のように美しい」と言ったら、大層喜ばれました。「絵本の騎士」としては及第点の受け答えだったようですね。
ちなみに、既に各国から多くの招待客がハイドランジア城に到着しており、王女の「ご友人候補」として悠々自適に過ごしておいでのご様子です。
現状「不届き者」の情報はなく――いえ、ないと断じるのは少々
伊達に怪しい動きをしている家門の子息女ばかり集めていません。
大小差はあれど、誰も彼もが怪しい動きを見せてくださいまして……不甲斐なくも、現時点では犯人が絞れぬ状態です。
王宮の女性使用人を口説こうと絡む子息や、やたらとエヴァ王女との面会を望む子女。
夜な夜な奇声を発する方に、「私物がなくなった」と喚き散らす方まで、多種多様です。
――ああ、もちろんヒロインナノヨ伯爵令嬢は「不届き者筆頭」として、王宮の者から目を付けられておりますよ。
しかし生誕パーティが始まる前からあれだけエキサイトして悪目立ちなさるのですから、逆を申せば彼女だけは「犯人」ではないという気がして参りますが……まあ、油断は禁物ですね。
――そうして迎えた、エヴァ王女生誕の日。
侍女のメアリーが丹精込めて選んだ、濃紺色のシンプルなドレス。余計な装飾はなく、ドレスを彩るのは星屑のように光る金の刺繍のみです。
スカート部分はマーメイドラインで、エヴァ王女の折れそうなカモシカスタイルがよく分かります。――それにこの濃い色のドレス、地味ではありますが、かえって王女の豪奢な金髪が映えるのが良いですね。
アメリのセンスは本当に素晴らしい。どっかのセンス・クソダサ・プリンセス・チャーシューは、是非とも見習って頂きたいですね。
「よくお似合いですよ、エヴァ王女。あとはアクセサリーのみです」
「…………ハイド、お待ちになって。これは何？」
「テオ陛下からの贈り物ですよ。必ずこれを身に着けて、会場へお越しになられるようにと」
「これを、ですの……？」
王女は大変困惑しておられる様子で、わたくしの手から箱を受け取りました。
テオ陛下から贈られた箱の中には、本日のパーティで王女が身に着けるアクセサリーが入っております――が、王女はどうもその中身がお気に召さないようですね。
黒のレースで編まれたヴェールは、王女の頭部どころか首筋辺りまですっぽりと覆い隠すほどの大きさがあります。
それはまるで、喪に服した夫人が被るモーニングヴェールのよう。
――ただ、半透明に顔が透けるどころか、王女の視界すら確保できないのではないかと思われるほどに濃い黒のヴェールです。
これでは、王女の美貌を外界から完全に遮断してしまうでしょう。
「………………何故、顔を隠さねばならないのかしら――？ わたくしの生誕パーティでしょう？ 招待された方々に顔も見せないなんて、さすがに失礼なのではなくて？」
困惑しきりのご様子のエヴァ王女に、わたくしは笑みを深めます。
もちろんこのヴェール、陛下なりに王女の身を守ろうと悩み抜いた末の苦肉の策にございます。
命が脅かされる云々についてはわたくしが守るよう一任されておりますが、王女が狙われているのは命だけではございません。
貴族子息の中には、エヴァ王女の兄妹にそそのかされた訳ではなく――単に自身の欲望に忠実な方も多く混じっておられます。
つまるところ、婚約者のいらっしゃらないエヴァ王女を手に入れようと、謎の使命に燃えていらっしゃる殿方も存在する訳で――。
ただでさえ国民の至宝と呼び声の高い
間近でお顔を見てしまえば最後、「どんな手を使ってでも欲しい」と思わせるような、魔性の魅力をお持ちです。
まさに立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花――とでも言いましょうか。
すらりとした立ち姿は、まるで天井から糸で吊るされているかのように隙がなく美しい。
椅子に腰かけてドレスの裾が広がる様、指の先まで意識して斜めに下ろされた足も美しい。
歩く際に、緩やかに波打つ金糸の髪が揺れる様もまた美しい。
そんなエヴァ王女を目にしてしまったら、鈴を転がすような声を耳にしてしまったら――そんじょそこらの青臭い子息では、まるで歯が立ちません。
よほどの熟女好きかロリコンでもない限り、１発ノックアウト間違いなしでございます。
今回の招待客は特に、素行に問題のある子息が多いらしいですからね。恐らくは、彼らの間違いを防ぐためのヴェールなのでしょう。
――しかし、そのような話を王女に聞かせる訳には参りません。
エヴァ王女にとって今回の集まりは、「誕生日を祝ってもらうついでに、友人をつくる会」なのですから。
わたくしは、事前に陛下より「こう伝えるように」と言付かっていた台詞を告げます。
「よい所に気付かれましたね、王女様。――今回のパーティ、陛下より婚姻相手を探すための足掛かりにするよう言われましたよね？」
「え？ ええ……ですがわたくし、結婚したいのは貴族のお坊ちゃまではなくて騎士ですわよ」
「貴族の子息の中にも騎士は居ますよ」
「それは存じておりますけれど……ですが、それとこのヴェールに何の関係がありますの？」
「エヴァ王女様、過去の生誕パーティで招待客の貴族子息に言い寄られた際、ご不快ではありませんでしたか？」
わたくしの言葉に、王女は苦虫を噛み潰したようなお顔になられました。
「それは――だって、皆ヒョロヒョロで逞しさの一つもないお体をされているのに……わたくしの顔ばかり褒めるんですもの。人の価値を見た目の美醜でしか判断できないのならば、彼らだって「絵本の騎士」のように逞しくあるべきだわ。彼らの尺度にあえて合わせるとするならば、ヒョロヒョロでは話す価値もありませんわよ」
「ええ、そうですね。王女様は見た目云々のお話よりも、もっと建設的なお話をなさるのがお好きですから。――つまりこのヴェールは、そういった「話す価値のない者」をふるいにかける道具でございます」
「まあ――わたくしの顔ではなくて、中身を見て下さる殿方とだけ会話するようにという事ね……！？ 確かに、婚姻については置いておくとして――どうせ友人を作るならば、やはり見た目ではなくて中身を見て頂きたいわ」
すんなりと納得されたエヴァ王女は、顔が隠れる事を
――そもそもお顔を隠したところで、「ハイドランジア王国民の至宝」と呼ばれるエヴァ王女が、間違っても
まあ、こんな布切れ１枚でもないよりはマシでしょう。
美しいお顔は隠れてしまいますが、わたくしも王女の安全のためには、こうするのが良いと思います。
……それに、もしかすると本当に王女の中身を気に入ってくださる、まともな殿方が見つかるかも知れません。
王女は「やっとヒロインナノヨ伯爵令嬢ともお会いできますわね」なんて弾んだ声を上げて、エスコートのために差し出したわたくしの腕に手を添えられました。
――さて、いよいよエヴァ王女の生誕パーティが始まります。
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