第7話 王女と令嬢3

「バレてしまっては仕方がありませんわね……そうです、わたくしこそが「テンセーシャー」! 悪の秘密結社に身を置く女幹部ですわー!」


 ですわー! ですわー! ですわー……と、美しい大庭園にエヴァ王女渾身の宣布せんぷ木霊こだましました。

 沈みかけの真っ赤な夕日が目に沁みます。


 ヒロインナノヨ令嬢……いえ、伯爵令嬢は、ぽかんと呆けた顔をされたのち――ハッと意識を取り戻されると、ギリギリと歯噛みせんほどに苦々しい表情になってしまわれました。


「――ばっ馬鹿にしているの!? 悪の女幹部なんて話、ひとつもしてないでしょうが!」

「えっ……そ、それは――どうしましょうハイド! 以前、侍女長のお孫さんとごっこ遊びをした時には大変喜ばれましたのに……わたくし、何か間違えてしまったようですわ……!!」


 ドレスの隠しから真っ白いハンカチーーに、幼女も驚きのウサギさんのアップリケを刺繍されたもの――を取り出してヨヨヨ、と弱った様子のエヴァ王女。

 わたくしはすかさず王女のフォローに回ります。


「王女様。着眼点は素晴らしかったと思いますが、ヒロインナノヨ伯爵令嬢と侍女長のお孫さんとでは年代と性別が違います。惜しかったですね、この失敗は次に活かしましょう」

「そ、そうよね、ハイド……!」

「だっ、誰がヒロインナノヨ伯爵令嬢よ!? ゲームに登場すらしないモブ騎士の分際で――……ッ!?」


 伯爵令嬢は言葉を途切れさせると、まるで今初めてわたくしの存在に気付いたとでも言わんばかりに、驚愕の表情を浮かべられました。

 先ほどからずっとかたわらに控えておりましたし、そもそも一度王女を庇って前に立ったのですが……どうも彼女は、王女以外に全く興味がなかったようですね。


 ご令嬢の瞳はこれでもかと見開かれて、わたくしの顔を凝視しておられます。

 途端に勢いを失ったため、わたくしは首を傾げ――他人の目がある場所ですので、「絵本の騎士」よろしく出来うる限り柔らかく微笑みました。


「――えっ、だ、誰よこのイケメン!? こんな騎士、ゲームキャラに居な……ま、まさか「甘夢」って隠しキャラが居たの!? あり得ない、ファン投票1位のヴィンセント皇子よりイケメンじゃない!」

「……イケメン。ハイド、イケメンとは何ですの?」

「さあ、わたくしには分かりかねます」

「つまり……つまりエヴァンシュカは、正規のヴィンセントルートをガン無視で隠しキャラルートに入っていたって事? ズルい、私だって隠しキャラの知識があれば、わざわざあんな面白くない学院になんか行かなかったわよ――キャラは1人も攻略できないし、学習内容は日本の義務教育修了レベル以下で、ずっと辛かったし……!?」


 伯爵令嬢は、何故かわたくしの「存在」そのものに衝撃を受けられたご様子です。

 ドレスに皺がつくのも気に留めず、その場にしゃがみ込んでブツブツと独り言を呟いておられます。


 相変わらず彼女の話す内容は難解で、わたくしにはほとんど理解できません。

 ただ、彼女の仰る事の全てがデタラメという訳ではありませんでした。


 事実エヴァ王女は、8歳の頃隣国の皇子――ヴィンセント・レオ・エス……ピーーピリ……フォン、レスタニア皇子から、書状にて婚約の打診を受けておられます。


 ――しかし、王女が求めておられるのは皇子ではなく騎士です。

 テオ陛下はそれとなく「ルディ、もしどっかの国の皇子が嫁に来ない? なんて言ってきたらどうする? ルディはずっとワシとお城に住むじゃろ? の? の?」と、王女の希望を確認されましたが――。


 王女 (8歳)は「仮にその皇子様がハイドのようであれば、一考の価値はありますわね。ちなみに嫁ぐとなった場合、嫁ぎ先の教育レベルはどうなっておりますの? 領土は? 経済――医療はどうですの?」などと言い出しまして。


 相手をするのが面倒くさくなってしまわれたのか、テオ陛下は「いやいや、ルディはそのまま「ハイドみたいな騎士」を探して、婿養子にしたら良いんじゃよ~」なんて相好そうごうを崩しておられました。

 恐らく、その日の内に書状で婚約をお断りされたのでしょうね。


 え? ええ、誰が何と言おうと王女は当時8歳です。やはり人間8歳ともなれば、医学や経済学にも興味を持ち始める頃ですから。


 本当に可愛げが…………いえ、聡明な王女様です。


 そしてレスタニア皇国への留学についてですが、こちらも優秀過ぎるエヴァ王女に「是非」と、3年ほど前に学院側から推薦状が届いております。

 しかし16歳当時のエヴァ王女は、既にレスタニア学院卒業生と同等レベルどころか――遥か雲の上とも言える頭脳をもっておいででした。


 推薦状をご覧になられたテオ陛下が「こちらの学力向上どころかルディの知識搾取が目的」「ルディはそもそも人に好かれまくっているから、わざわざ隣国で新たな人脈をつくる必要はない」「結果留学してもルディに旨味がない」と断じられたため、留学のお話すら王女の耳に入らなかったのです。


 ――そんな、エヴァ王女でさえご存じない事を、何故ヒロインナノヨ伯爵令嬢が口になさるのでしょうか。

 王女の名前をフルネームで呼び続ける事もですが、やはりこの方、ただものではないようです。

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