第57話 帰宅

『眠い』


戦場で働いた後は疲れが溜まる

御者が馬を走らせる馬車に揺られて帰る俺は欠伸をして眠気と戦う

今寝たら夜微妙な睡眠だから我慢だ。


ムツキとガンテイもいるが、二人は爆睡さ

きっと到着まで起きないと思う


『お疲れですな』


御者が窓から顔を覗かせ、起きていた俺に口を開いた。

俺は小さく頷き、背伸びだ


『何かあったら知らせろ。魔物でも賊でも始末する』

『生涯できっと一番頼りになる言葉ですじゃ』


ガンテイが寝る前に御者に自慢してたからな

アクアリーヌ大平原で頑張ってきた事をだ

乗車賃は安くするよと言われたが拒否した。

特別扱いは好きじゃない、誰かが損をするからだ。

俺には似合わない


『帰ったら鬼哭グスタフ殿を乗せたと家族に自慢します』 

『好きにしてくれ。それにしても台風が来てるらしいが大丈夫か?到着する頃にはアクアリーヌに戻る時間は無いが』

『ほっほっほ、私はフラクタールの人間ですから貴方が屋台で買った食べ物を食べ歩きしてるのをたまに見てますぞい』


マジかいっ

戦場帰りの人間を乗せる為にアクアリーヌに来てたってさ

まぁ馬車がわんさかいたし、稼ぎ時だろう


選ばれし者が話していたタクシーなる乗り物の類いと同じと聞いていたが、それはスズハから教えてもらったな


(変わった女だったな)


戦場には出れぬ者だ。

選ばれし者の殆どが人を殺める事にかなりの躊躇いを持っている

そこからこの世界の生き方に慣れる迄、彼らは過酷な道を歩む


確かに強い、だが心の弱さが目立つ

きっと俺も、彼らと同じだったのかもしれない


『少し馬を止めてくれ』

『わかりました。どうなされました?』

『100メートル先、魔物が道を横切る』

『すごい感知範囲ですな…』


驚きを顔に浮かべる御者だが心配する様子はない 何か起きれも問題なくフラクタールまで行けるのを勝手に信用してるからだろう


『5分待て、数を察するに狼種の群れ。その気配の中心に小さな気もある』

『わかりました。』


無駄に戦うことはない

避けれる戦いは避ける

そして無事にフラクタールの馬車乗り場に辿り着くと、俺がムツキとガンテイを起こす。


馬車で街から街へと移動する時は魔物が現れる事はしばしあるが、今回は問題無し

眠そうな顔を浮かべるガンテイに起きて直ぐにスッキリとした顔つきのムツキ

見比べると凄いわかりやすい


『明後日からまたバイトの日々ですか』


ムツキが呟くと、俺は戦場での彼を思い出す

敵の突撃隊とぶつかり、ハブれた敵兵を鉄鞭で頭部をぶっ叩いて吹き飛ばす様子は横目で見ていて驚いたさ

ボトム大隊の騎馬大隊は重騎兵に酷似した姿をしており、並みの腕力では通じぬ相手

それを腕だけで馬上から落としたり引き飛ばしたりしてミルドレット大隊の道を作る補助をこなしていたことに、俺は彼の評価を上げたのだ


(…魔法か)


彼の魔力袋の色は凄まじい

戦争では腕力だけを見れたが、魔法を使えるかは見ていない

だが彼の体からは魔力が僅かに漏れているのが感知スキルで見てわかる

使えるのだろうな


『ムツキ、魔法は使えるか?』

『そこそこですかね。故郷の魔法会得に費用が馬鹿高くて』


俺は彼の言葉で思い出す。

魔法を覚える為には魔法協会が建てた魔法想像図書という建物で覚える事が出来る

そこでは特殊な力が宿る石像が建てられており、そこで祈りを唱えると試練が始まる

現実世界から仮想世界へと行き、与えられた試練を達成すれば魔法を使う権利を得る事が与えられ、脳内に情報が流れてくる

まぁ試練には料金が発生するが、下位でも高いし失敗しても返金はされない

魔国連合フューベリオンは人間界のお布施よりも倍以上高いのである


『一応1つは覚えているのですがね』

『ほう…なんだ?』

『デビルアイ』


闇属性の魔法であり、状態異常系だ

魔法陣から放たれた悪魔の様な瞳は対象の近くで対象を見つめ、周りの視界を真っ暗にさせるという仲間との連携で非常に使える魔法だ。

術者の魔力の強さでその瞳の出現時間と耐久度は変わる。

壊されると効果が消えるし、一定時間経過でも瞳は消える。

まぁ平均だとせいぜい1秒くらいしか効果時間が無いにしろ、かなり強い


『2つ…指定した魔法を覚える気があるなら奢ってやろう』


俺がそう告げると、ムツキは少し驚く

しかし冷静な顔が似合う彼は直ぐにいつも通りの無表情で口元に笑みを浮かべ、答えた


『なんの魔法でしょう?』

『ペインとヴァント』


ペインとは闇属性魔法であり、術者の頭上に展開した黒い魔法陣から黒い剣を発生させ、それを対象に飛ばす

貫かれたとしても風穴が空く事は無く、それは対象の痛覚に強い刺激を与え激痛を与えるのだ。


ヴァントとは光属性の防御系魔法であり、特に物理攻撃に対して正面に畳ぐらいのサイズの半透明な壁を出現させて盾の役割を果たす

魔法にも効果があるが、これも術者の魔力の強さで決まる。

出現時間は数秒程度、でも強度は覚えたてでもかなり強い


こいつの腕力を見なければ俺は魔法使いが相応だと思ったが、あれを見てしまえば違う

彼は驚いた顔を浮かべると、何も言わず頷く

眠そうなガンテイは欠伸をすると、冒険者ギルドに向かって歩いていった

多分だが、家じゃなくギルドで寝る気だ


『では私もこれで』

『1度切りだぞ』

『試練は楽ですからね』


(言うじゃないか…)


闇・聖・影・光は試練が極めて難しい

その自信通り、会得出来ればきっと彼の中で今まで無かった選択肢が生まれるだろう

バイト生活は彼の道の為、何故今の話を悩まなかったのかで俺は見抜いた


(疼いているか…)


こうしてアミカの鍛冶屋リミットに向かって歩いていると、やけに人の視線を感じる

冒険者も傭兵もすれ違うギリギリまで俺を見ているのだ

何が起きたのだろうかと俺は思いながらも街を眺める

戦争が起きた後でも変わりがない街、それが一番いい

風向きで屋台通りの匂いが鼻につくと、何か買って帰ろうかと迷う


(ん?)


前から歩いてくるのは見知らぬ貴族、後ろに騎士ではなく傭兵を引き連れている光景は珍しい

そういうのはシドラードだけかと思ったのだがな…


何事もなくすれ違えると思った筈が、何やら貴族は俺を前にして足を止めてしまうもんだから俺も足を止めてしまう


天パーな髪型、色は黄色で中年の男

まるで俺を嘗めまわすようにして見ているのが釈然としない

傭兵2人も威圧的、見るからに手練れだとわかるが…どこかで見た顔だ


(あぁ、あいつらは)


近隣の街にいる傭兵のリストを傭兵ギルドの職員に見せて貰った事がある

2人はランクBの傭兵であり、ここらでは手練れとして名が上がっていた筈だ

そんな彼らを雇う貴族となると、少し嫌な予感がする


『貴殿がグスタフ・ジャガーノートか』

『…』


俺は黙る、基本的に貴族は嫌いだ

こういう態度は彼らを怒らせる行為に近いのだが話すのも面倒なんだよ

通りの中央で立ち止まる俺達に、端で心配そうに見る国民という絵面は考えれば考えるほど恥ずかしい

あまり俺は目立ちたくはないのだ


『無礼な奴だ…まぁ良い、ヴェルミナント・ル・エルグランド伯爵だ』


(うわぁ…)


こいつが…あのヴェルミナント伯爵かぁ

本当に面倒な男と遭遇しちゃったな

俺の姿は間違えられることはないから、初対面でもきっと彼はわかったのだろう


威圧的な傭兵の様子を見ると、俺の事をあまり知らない感じだ

そういえば今俺って特Sランクの傭兵か…カードは黒いし外枠が金、文字も金だ

見せれば黙ると思うが、どうしようか…


『ラフタ鉱山の件は既にご存じの筈だ。今日はシューベルン男爵とその件に関して話す為にわざわざこちらから来たのだが、君があの鉱山を解放したのだろう?』

『ならば貴様から鉱山解放の報酬を得ねばなるまい』


ようやく話したかと言わんばかりに笑みを浮かべる貴族

しかし、次の言葉で彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた


『シューベルン男爵には報酬の話し合いはアクアリーヌ大戦後という事で取り決めていたがお前らが予定していた金貨1億を一括で出してくれるのか?』


膨大な額に驚愕を浮かべるヴェルミナント伯爵と傭兵

俺は背を向け、遠回りして帰ろうかと思ったのだが、背中を掴まれる

貴族がそんな事しない、やるならば傭兵だろうと思って首だけで視線を向けると、予想通り傭兵だった


『面白い事言うじゃん』


掴む力が強い、逃がさない気なのだろうか

俺は彼の手を振りほどき、その場から去ろうとするとボソッと気になる言葉が耳の残る


『ケッ、見掛け倒しかよ』


好戦的だとでも思ったのだろうか

貴族はそんな様子を見て何を勘違いしたのか、我が物顔だ


『お前がそんな態度を取るならばこの地区の鍛冶屋の運命もどうなるかわからんぞ?』


関係無い、お前との話し合いはしても意味は無くなっているからだ

貴族だとしても街で騒ぎを起こせば国民同様に罰せられる、正当な理由が無い場合はな

それにしてもだ…あの伯爵、急にフラクタールにくるとは急いでいるのか?

まぁそれほどまでにあの鉱山が欲しいのだろう

アクアライト鉱石がまだ眠っているとなると、莫大な財になるからだ。

貴族はわかりやすいが、俺がノアと接点が無ければこんな問題きっと頭を悩ませていただろうな。


(暗殺というても…)


冗談だ


シューベルン男爵には伝える方が良いだろうと思った俺は寄り道程度で彼の屋敷の裏にワープし、表に回ると警備していた騎士1名が俺を見て驚く


『戻ったんですね』

『…あぁそうだ』


ここで思い出した。シューベルン男爵に直接話し合わずとも、彼に伝言を伝えればいい

そう決めた俺は彼に鉱山の件に関して伝言を頼むと同時に、ヴェルミナント伯爵が街に来ているからきっとここに来るであろう事も彼に話すと、溜息を漏らす


『名前を聞くだけで疲れるか』

『こういうのもシューベルン男爵様には失礼ですが、伯爵だからと凄い粋がるんですよ。会談の場で僕はシューベルン男爵様の近くにいたので覚えているのですが』


半分脅しが入っていたとの事

認めないとなるとフラクタールに一部商品が流れなくなる可能性もある等、言われたとか。

それは男爵にとって、そして商人にとって死活問団になるから相当悩むだろう

しかし、今回はそうならない


『まぁ今言った通り、伝えてくれ』

『ありがとうございます。これでシューベルン男爵様も眠れる夜が来ます』


寝不足かい…ったく

でも問題は解決、ならさっき俺が色々と面倒を起こす理由もないんだ

無駄に力を奮うのは持ってはいけない者でしかない

こうして彼に背を向け、アミカの鍛冶屋リミットにワープで帰る


店はまだ営業中、だから正面から堂々と中に入る

懐かしい鉄の匂いが心を落ち着かせる

客は9人と多い方であり、昔なんか3人いれば良い方だったからだ

俺に気づいた売り子はちょっと驚いた顔を浮かべると、笑顔で口を開く


『あらあらグスタフさんおかえりー!』

『戦争帰りの傭兵さんいらっしゃーい!』

『どういうお迎え言葉だ。…ったく』


無意識に笑みがこぼれる

こういうのが良い、こういうありきたりな日常というのは心地よい


『旦那!?帰ったんですか!』

『グスタフの旦那、聞きましたよ!』


賑わいが凄い、俺を囲むな

何故こうなっているのか聞いてみると、もう戦争の結果が出回っているらしい

どうやら俺の事も記載されていて、将校2人を轢き殺した的にも書いているとか

人の情報網というには凄い速いからな…。実感させられたよ


インクリットとアミカは森に向かい、アミカは鍛冶場というので客と適当に話してから彼女の元に足を運ぶ

ここからいつも聞こえる鉄を叩く音は聞こえない。休憩中かと思いきや鍛冶場に入ると作業台の剣を見ながら彼女は唸り声を上げて何かを考えている


(ほう…)


2本目のアクアライト鉱石で作られた魔法剣、1本目よりも綺麗に青みがかった綺麗な剣だ

きっとこれはアトラルの注文品、となると悩んでいるのは…


『名前か』

『あっ!グスタフさん!おかえりー!』


やはり気づいていなかったか

集中すると周りが見えなくなるのは良い事なのかどうかはわからん

だが成長速度は良い、俺の中で期待が高まるよ


『グスタフさん、名前が浮かばないよー!』

『名前に困っていたのか』

『うん!』


困った女だ。

しかし、それがアミカらしさでもある


『何が言い?』

『俺!?』

『うん』


お前の作品だろう、と言いたいが…仕方がないか

鉱山の件も片付く、その後は冬にある武具聖典という鍛冶屋の祭りが王都アレクサンドリアにて行われる。

彼女はこの鍛冶場が公国の固定施設として登録されている為、作品を1つ展示する資格がある。

アミカは参加表明を出しているからこそ、何を展示するかは決まっている筈だ…


『これは祭典に出す品でもあるな』

『アトラル君にも話してある!』

『となると…決めなくてはな』


ノアとのキュウベル行きが1か月後、その後に帰ってきたら即王都に出発か…

やれやれ…多忙な日々がまた始まるか

でもいつもの多忙ではない、あまり体験したこともない多忙に俺はちょっと楽しみにしている点はある


(良い剣だ)


今年、これ以上の作品はきっと作れないんじゃないだろうか

そう思えるほどに良い出来栄えであり、剣に特化してきている証明でもある

剣を手に持ち、魔力の流れを感じながらも俺は軽く振ってみた

軽いし握りやすい、アトラルならば十分に使えるだろう


『良い名前だったら今日のご飯好きな食べ物にしてあげる!』

『いったな?』

『ふっふっふー』


腰に手を当てて不気味な笑み、面白いじゃないか…


『…オアシス』

『決定!』


そんな簡単に決めてもいいのか、と思いながらも俺は苦笑いを浮かべる

パッと思いついた名を口にしただけだが、彼女は気に入ったらしい


『なら今日は肉詰めピーマン!』

『ふむ』


良い夜食になりそうだ


夜になると、帰ってきたのはインクリットとクズリ

アンリタは家に今日は帰るという事なのだが、クズリ?家は?

アミカとインクリットが夜食を作っている為、俺は居間でクズリと共に寛ぎながら待つ事にした


明日は台風…これでよく伯爵は来たな…凄いよほんと

クズリは泊まりで今日は来たという事であり、アミカは最初から肉詰めピーマンにするつもりだったようだ。


『先生聞きましたよ。めちゃくちゃシドラードに恐れられるじゃないですか』

『普通にこなして来ただけだ。それよりお前は魔法を覚えたか?』

『覚えましたよ』


事前に魔法想像図書に金を渡しておいたのだが、クズリにはボルトアクションという雷属性の魔法を俺が戻るまでに覚えろと言っておいたのだ

武器に雷属性を付与し、触れた相手を感電させて吹き飛ばす効果を持つ魔法さ


彼の顔を見る感じ、誇らしげなのが答えだ

どうやら今日も森に行ったときにテスト的に使いながら戦ったとの事であり、3人だとかなり安定してきたらしい


『鬼哭グスタフって格好いいですね先生』

『ノアがつけたんだ。俺じゃない』

『王族につけてもらえるって生涯ずっと自慢できますよ…』


苦笑いのクズリ、少し彼の腕が大きくなった気がする

確かに俺が渡した剣盾は彼が以前持っていた盾よりも若干重い

ちゃんと筋トレして振れるようにしたのだろう


『てか先生、明日台風っすよ』

『出れなさそうだな…』

『止めたらいいじゃないですか?』

『俺を何だと思ってる?』


そんなやり取りを聞いていたのか、奥の部屋からアミカとインクリットの笑い声が聞こえる

何故だろう、良い気分だ…


(良い時間だな…)


こうした日常に幸福がある事を、ノアは知っている

だからこそ彼女の政策は特殊な事が多い

だから俺はここで彼らをもっと見てみようと思う



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