第36話 違うんだ

「逐一報告はしてましたよ、上司にね。勿論、報告書には日付も対象も仮名じゃなくて真実なことを書きまして…」


 僕は枝豆をもらった。なんかガブちゃんのを頂く感じになっているけれど…

「どうぞ、ご遠慮なく…。おいしいですよ」

 ガブちゃんに言われると腹もたたないよ。

「もらうね、ありがとう」


 ガブちゃん、にこにこして僕の両手をうれしそうに見ている。

 ああ、器用に使えるよ、枝豆の豆だけだって取り出せるんだよ。

 二足歩行のおかげです。


「みなさん、生きてました…」

「生きてたね…」

「ええ、素直に懸命にご自分で生きていました」


 天使の笑顔が輝いた。なんとなくわかるよ、今の僕にはね。ガブちゃんの言葉がさ…。

思ったよ、僕も。

なんなんだよ、幸運の押し売り、死人が生き返る、出世、なんでもそう…。

でもおかしい、何かが違う。嬉しいよ、そりゃあね、楽しいよ、当たり前さ。だけど違うよね、絶対に違う。これは違うんだよ…、……、何と?

うまく言えない、言葉にならない。何と違う…?

なんだろう、そこまででてきているのに…。


「報告書には上司は何も言いません…反応はほとんどないです」

 ガブちゃん、天井じゃなく、天を向いている。


「同僚とも同じ意見というか、同じ推測になりました…。同僚もね、舞子さんや島さん…、いや、僕なんて言いました?」

「シマウマの島田さん…」

「そう、島田さんのお話のような経験をしているんですよ。それで、同じ意見になりました」


 店内が一瞬静かになったように感じた。いや、ガブちゃんの話を聞いた僕の耳が雑音に反応しなくなったんだろう。


そう、それに僕はやっとやっと…さっき出かかった言葉、うん、たぶん合っているはず…、それが出そうなんだ。


「ちょっと…ガブちゃん…」

「トイレですか?」

「違うよ、ちょっと待って、その結論というか、意見、推測…」

 ガブちゃん頷いた。


「ガブちゃん、僕はね、君に会いたかったよ…。頭にきたんだよ。すっごく頭にきた」

「うれしいさ、楽しいよ、悪いことなんか全くない!でも、これは違うんだ…」


 ガブちゃん、優しく笑って聞いている。


「そう、違うんだよ。何かが…」

「これはね、言うよ!確信的に、絶対的に、まじで、本当に…」


「これは、小杉一寿の、僕の、自分の、意思がまったくない人生なんだよ!」

「これは生きているだけで、生かされているだけの人生だよ!自分の意思で生きている人生じゃない!」


「生きていて、生きてないんだよ!」。


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