第35話 陸にあがりたい

「『陸にあがりたい』と言ったお魚さんがいました…」


 ガブちゃん、ジョッキの中の泡を見つつ、でも少し笑いながつぶやいた。お亡くなりになったお話ではないようだ。


「その夢、かなえてあげようか、とお誘いしてみたのですが、そのお魚さん、『いいよ、大丈夫だよ』そうお応えされました。結局、彼は上がれなかったです。ですが、確実に彼の血を引き継いだ子孫が陸にあがりました」


 笑顔は増したようだ。

「『空を飛びたい』そんな恐竜さんがいました…。彼にも、その夢かなえてあげる、と誘ったのですがね。『いつか飛べるからいいよ』、そんなふうに返されちゃいました。彼は飛べませんでしたが、彼のずっとあとの子孫が飛びました」


 今度は一転して僕を見つめるガブちゃん。

 うれしそうに僕の両手を見ている。


「『前足をもっとうまく使いたい。その為には後ろ足だけで動きたい』。そんなお猿さんがいました…」


 僕はガブちゃんの視線と猿の話に緊張した。そう、猿の話に…


「勿論、僕のお誘いは拒否されました。『必ずできるからいいんだ…』そう言ってました。かっこいいな~すごいな~と思いましたね。それでも、二本足で立つのも、前足で道具を作るのもずっとずっとずっと後になりました…」


「火の熾し方がわかればな…、水を溜められれば危険な沼や川に何度も行かずにすむのにな…、もうそのころは僕はなんのお誘いもしませんでした。きっと応えはいっしょだと思ったので…」


 遠慮なくおつまみのお皿ごとガブちゃん、自分の手元によせている。


「生き物ってすごいなと思います。時々というか、いつも…。それをお造りになった上司もすばらしいですが、みなさんも小杉さんも、生き物ってたいしたものです、本当に!」


 ガブちゃん、天使の微笑でおつまみを食べはじめた。

 "きり"のいいところになったんだね。

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