第16話 気味が悪い
「やっぱりな…」
ある朝、朝刊の宝くじの当選番号を見て僕はつぶやいた。
吉沢と二人で買った宝くじ、僕のが当たっていた。まあね、一万円だけど…
今日はこれで吉沢と二人、ちょっと贅沢に飲もう…。
でもよかったよ、百万円とか一千万円とかじゃなくて…。
そう思う僕も変だよな。
スーパーのレジに並ぶと、僕の列だけ数倍他の列より速く流れ、床屋に行けば、すでに僕より前に並んでいた三人男性の携帯がいっせいに鳴り出し、彼らが順番を抜けてすぐに僕の頭が刈られた。
大学時代のヨット部の先輩からいきなり連絡があり、
「祝勝会やるぞ!3位入賞だそうだ!」
と弱小だった後輩たちが、なぜかそんな結果まで残している。
あいかわらずジャイアンツは強く、ちょっと好きなホークスも強く、ほんのちょっと好きだった平幕の相撲取りも先場所優勝して、あとは会社の同僚が好きな浦和レッズまで首位を走ってしまっている…。
怖いくらいだ…、いや、怖い。
いつだったか帰りがけに薬局の前を通った。そういえば最近水虫の薬が切れていた。うん…、でも家に帰って確認してからにしよう。僕は歯磨き粉だけ買って家に帰り、シャワーを浴びるついでに足を確認した。
やっぱり、いつのまにか治っている。
***********
「え…、僕のデスクは…?」
朝、部署に入りいつもの自分のデスクに着くと、PCが消え、お気に入りの卓上カレンダーが消え、前のパーテーションに貼ってあったメモが全部消えている。
「まさか…、ねえ、異動になったとか…」
最近いいことがあり過ぎた…、ついに揺り返しが来たんだ…。このあとどうゆう不幸が降ってくるんだろう。いいことがありすぎても自重していて、天狗にはなっていなかったはずなのにな~。あ~あ…。でも、いきなり異動はひどいよな。辞令だって昼間に出すだろうし、当然その前に内示があってもいいもんだよ。課長も係長もひどいよな~。心の準備だってあるんだからさ…。
僕は途方にくれて今は誰のかわからないデスクに座り込んだ。僕はどこに行くんだろう、いや行ったんだろう…。
「何やっているんだよ、どけよ」
言葉の内容とは裏腹に、吉沢がニコニコしながら僕の肩に手をおいてそう言った。
「吉沢か…、そうかこの愛着のあるデスクは吉沢のものになったんだね…」
「バカ、忘れたのかふざけているのか知らねえけれど、さっさと自分の席に行けよ!ほら朝礼はじまるぞ!」
「だってさ…、自分の席どっかいっちゃったんだよ…」
「いつまでふざけてんだよ。あっちだろ」
吉沢が指さしたほうには、係長のデスクがある。ちょうどT字がたの横線の位置、お誕生日席だ…。
「本当にさ、僕の席はどこなんだよ…」
僕は渋々立ち上がり、とりあえず事情を訊くため、係長の席に向かった。
あれ、僕のPCだ…。メモも手前のパーテーションに貼りつけてあるぞ…。
うん…、悪ふざけだったら、いくらおとなしい僕でも怒るぞ!いや、待てよ、待て…。
これも最近の変なことのせいか…。
落ち着け、そうだ、名刺だ…。見ればわかる。デスクの引き出しを開け、いつも名刺の束を入れている山桜の箱を開ける。まさかね、これが変わっていたらショックだよな~。
「情報システム室」
ここまでは変わってないな、異動にはなってないらしいな…良かった、良かったよ。
「係長補佐」
………、
「小杉 一寿」
………………………………………。
僕は座りこんだ。両手をだらりと下げるつもりが、何かに当たった。肘掛がついているじゃないか!クッションもいいぞ!
「名刺はさっき人事が届けてきたんで、引き出しに入れておいてやったよ…。で、どうよ係長の椅子は?」
吉沢が笑いながら問い掛けてきた。吉沢はいい奴だな、同期の肩書きが変わっても笑っている。ああゆうやつがここに座ればいいのに…。
「なんか…、いろいろな意味で落ち着かないよ…。そっちがいいな、その席がいいよ…」
そう、落ち着かない…、気味が悪い。
「いずれ慣れるさ、大丈夫、当分のあいだみんなで新米係長補佐をフォローするよ!大丈夫落ち着けよ…」
部署のみんなが笑っている…。お願いします、本当にさ。
「でも変だよな、昨日は小杉、けっこう落ち着いて辞令受けていたのに、なんで今日そんなにうろたえているんだ…。まるで今日はじめて係長補佐になったみたいだぜ…」。
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