第9話 ドライブ

「こんな音楽聴くんですね!」

 山下さんの声が隣の助手席から聞こえた。ドライブ中の車のステレオからはサザンの曲が流れているのだが、僕のイメージと違うのかな?


「ごめんね、あんまりミュージシャンとか知らないし、考えてみるといろいろあるね、この車には…」


 ハードディスクにはチューブやプリプリ(プリンセス・プリンセス)チャゲあすとならんで、加山雄三やワイルドワンズ、ジブリの映画音楽集や、スメタナのモルダウ、スタンダードジャズのオムニバスもあれば、この前来た姪っ子用に「おかあさんといっしょ」まで入れてある。


 勿論、浜田省吾や尾崎豊のファンなので、それもあるが、なんかね、昼間からはちょっとと思うので、しかも海に行くし…。


「なんか、ある意味小杉さんらしいです。とくにこれは…」

 と彼女がモニターの画面で指さしたのは、オールデイズ、特に60年代のポップミュージック集で、ニールセダカやポールアンカ、エルビスが入ったものだった。


「好きなんだ…、特にその辺りが好きなんだよね、きっと一度は聴いているよ、若い山下さんも…」

「どうでしょう?なにせ、“わかい“ですからね~」

 と言ったあと、ヘヘ、と笑われた。

「好きなCD持ってきてよ、次回から」

 小首をかしげる、かわいいしぐさなのだが、今回はちょっといたずらっぽく笑っている。

「いいですけれど…、小杉さんに気にいって頂けるかどうか…」

 その後また、ふふっと笑っている。そんなに変な趣味かな、僕は…。


 通いなれた、海への道。第三京浜から、デートなのでちゃんと高速道路を使って横浜横須賀道路を抜ける。学生時代はその料金の高さについつい敬遠したが、今は社会人だし、デートだし。


 三崎港のこれまた通いなれたお店でネギトロ丼を食べて、城ヶ島の灯台まで。


 我々ヨット部が使い慣れたデートコース。何しろ昔は毎週のように船に乗りにきたし、先輩がくればネギトロ丼をねだって連れてきてもらったし、近くの油壺マリンパークなんて何度行ったか…。


 それにいくら渋滞にはまろうとも我々は地元の人しから知らない抜け道を駆使し、夏も冬も縦横無尽に買出し、出迎え、合宿生活の息抜きのドライブなんかに行ったものだった。


「この辺、詳しいんですか?」

 ナビも見ない僕に、ほんのほんの少しだけ尊敬の眼差しを向けながら山下さんが訊く。


「まあね…」

 と言って、いつもなら混みはじめる国道をいきなりそれて助手席を驚かすものだが、今日は気味の悪いくらい空いている。何だか…。

「今日はさ…、なんか渋滞ないんだよね」

「へへ…、きっと私の普段の行いですよ」


 山下さんが上機嫌なら言うことないね、でも腕の見せ所だったのに。まあ、順調なのが一番だし、景色はさすがに国道のほうがいいし。


 城ヶ島の灯台に一番近い駐車場は混みやすいので、少し遠くに停めようと思ったが、なんか行けそうな気がしたのでそのままつっきる。


 ほら、一台出てきた。


 お土産屋さんが並ぶ道を抜け、灯台が建つ丘に上がる。ちょうどいい時間だ…、右手に夕日に映えた富士山があって、目の前には三浦半島突端の海が広がっている。風が強いのは仕方ないとしても、まあまあだ…。


「いいところですね!きれい!」

 喜んでくれたかな?でも風が強いな…。

「うん、でも気を付けてね、あ!大丈夫?」

 いきなりの強い風にあおられて山下さんがよろける。この時だけ特に強い突風がこの辺りを通ったようだ。勿論男子としては女性に手を貸す。山下さんの腕を取ってあげ、倒れないようにささえてあげた。


「うん!大丈夫です。へへ…」

 とそのまま山下さんは僕の腕にしがみついた。風はあいかわらず強いが、以前ほどでもない。丘を降りても彼女の腕は僕の腕に巻かれたままだった。


 やっぱりツイているね。

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