順番違いの恋?いいえ計画通りの愛です。

内山 すみれ

順番違いの恋?いいえ計画通りの愛です。


 足元に敷かれた罠はとても細く、気付くことなく私は足を踏み入れてしまった。動けば動くほどに罠は私を絡めとって、目の前の怪物を前に私はなす術もなく地面に転がることしかできなかった。あの時、気付いていれば。糸はまだ細かった。私の力でも逃げることが出来たのに。幾多にも重なった糸は絡み合い、逃げることなど不可能だということを悟った。






「……え?莉緒(りお)先輩?」


 待ち合わせ場所にいたのは、バイトの先輩だった。莉緒先輩はバイトに入ったばかりの私にとても優しく教えてくれた。バイトに慣れた今でも先輩はとても優しい。それに……正直、容姿が好みど真ん中なのだ。黒髪で短髪、襟足が短い所謂ツーブロックの清潔感のある髪。背が高く、優し気な顔。真顔だと少し怖いけれど、笑うと柔和な顔つきに変わる。正直なところ私は先輩のことが好き、なのだと思う。けれど伝えて関係が壊れるのは嫌だった。バイトは楽しいし、告白してギクシャクするくらいなら胸の内に仕舞っておこう。そう思っていた。


「あれ、香苗ちゃん?」


 よりにもよってこんな場所で出会ってしまうなんて。私は今、出会い系サイトで知り合った男と寝ようとしていた。これはちょっとしたストレス発散だ。気持ちいいことをして片想いのモヤモヤを解消したい。衝動的な行動は彼を前に、しぼんでいく。本名も分からない男には悪いが、この話はなかったことにさせてもらおう。そう思いながら、私は平然を装って先輩に笑顔を向けた。


「……先輩、奇遇ですね。こんなところで会うなんて」

「奇遇ではないと思うよ」

「え?」

「うさぎのストラップに白のワンピース。香苗ちゃんのことだよね?」


 私は血の気が引いてゆくを感じた。うさぎのストラップに白のワンピースは、私が出会い系サイトで目印として男に送ったメールに記載した特徴だった。


「え?えっと、もしかして……」

「君が出会い系サイトを使っていたなんて、びっくりだなあ」

「!!」


 まさか。先輩が出会い系サイトを使っていて、私とマッチングしてしまうなんて。


「まあ、僕も使ってるから人のこと言えないけどね」


 出会い系サイトを使うような女だって、先輩に軽蔑されただろう。俯いた私に、そう言って笑う先輩。


「……あ、あはは、軽蔑……しましたよね?出会い系サイトを使うような女だって」


 私は半ばヤケになって笑う。キョトンとした先輩は吹き出した。


「っはは、もしかして香苗ちゃんは僕に軽蔑されたって思ってる?」

「……はい」

「そんなこと思ってないよ。それに香苗ちゃん、こういうことするの初めてでしょ?」

「え……?」

「だってメールがぎこちなかったし、文面だけでもこの子初めてなんだなって思ったよ」


 先輩の言葉に少しだけ心が軽くなったような気がした。


「良かった……。ありがとうございます」

「どういたしまして」


 先輩はにこりと笑って、私の手を取った。


「え?先輩……?」

「折角だから二人で出かけようよ」


 二人で出かける。それってデートなのでは?私は頬に熱が集まるのを感じる。返事の代わりに手を握り返す。先輩は嬉しそうに私の手を取って歩きだす。私達は先輩のオススメだという映画を見て、喫茶店に入り話に花を咲かせた。胸はトクトクといつもより早く脈を打つ。目の前に先輩がいて、笑っている。これではまるで、恋人のようだ。期待、してもいいのかな……。夕方になり、先輩は家まで送ってくれた。


「じゃ、またバイトで会おうね」

「はい。今日はありがとうございました」


 先輩にお礼を言って、彼の背中が見えなくなるまで見送った。ああ、こんなに幸せでいいのだろうか。私は先輩のことが大好きなのだと自覚してしまった。






「香苗!水臭いじゃない!」

「え?どうしたの?」


 バイト仲間の百合が出会い頭に声を上げた。心当たりのない私は首を傾げる。


「莉緒先輩と付き合ってるなら言ってよ!」

「……え?」


 一瞬、思考が止まる。百合は今、なんて言った?莉緒先輩と付き合ってる?誰が?……私?


「えっ、何それ?!」

「え?だって莉緒先輩言ってたよ。付き合ってるって」


 一体これはどういうことだろう。正直なところ嬉しいけれど、困惑している。昨日、私は先輩と出かけたけれど、告白したわけでも、されたわけでもない。困惑しながら私はいつものように働く先輩に声をかけた。


「あ、あの……莉緒先輩?」

「うん?どうしたの?」

「ちょ、ちょっと来てください」


 私は先輩を人気のないところに連れて行く。


「付き合ってるってどういうことですか?」


 私が問い詰めると、先輩は柔和な笑みを浮かべた。


「そのほうがいいでしょ?『出会い系サイトを使って会いました』なんて言いたくないでしょ、香苗ちゃん」

「そ、そうですけど……」

「それにね、僕は香苗ちゃんが好きなんだ」

「えっ?」

「……順番は違うけど、僕じゃだめかな?」

「駄目だなんて……!」

「ありがとう、香苗ちゃん!」


 ぎゅう、と先輩に抱きしめられる。先輩の心臓が忙しないのを感じて、私もつられてドキドキと胸を高鳴らせる。順番は違うけど、先輩と付き合えるなんて。私は目を閉じて彼の広い背中に腕を回した。


Fin.

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順番違いの恋?いいえ計画通りの愛です。 内山 すみれ @ucysmr

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