終わりなき地獄に終止符を

花藤

終わりなき地獄に終止符を




 マスクをして、息を殺し自分を殺し楽にする。そうするとその場での苦しみから解放される。物事には代償があり、その後の日常でも酸素を取り込めなくなる。そんなことに気が付いていないふりをして、また息を止める。今の"楽"が欲しいから。明日のプラスより今のマイナスをゼロに。静かで生ぬるい夜は私を拒みも受け入れもしない。

 無数にあるはずの星は一つも見えない。見えるのはただ人工的な明かりだけ。無数にあるはずの感情は一つも見えず、表面的なキャラクターだけが浮かんでいる。数多くの本心は自分にさえもバレないように海の底に埋まっている。太陽が反射する水面だけをレンズに写して。



-ピピピピピ-

 目覚ましを止め、二度寝したい気持ちを抑え布団をめくる。カーテンを開け、ベッドから出てリビングへ向かう。

「馨、さっさと朝ごはん食べなさい!遅刻するよ!」

「大丈夫だよ…まだ時間じゃないよ」

「大丈夫って…早く学校行って塾のテストの勉強しなさいって言ってるよね!あんた前回のテストの点数悪かったんだよ!このままじゃ十和高行けないよ!いいの?それで?」

 別にいい…

そんなことに言えるはずがないが。

 十和高、この辺り1番のトップ校だ。お母さんは私に十和高に入って欲しいと願ってる。

 中3になってからお母さんは学歴厨なのかもしれないと気がついた。学歴はあったに越したことはない。高い方がいいに決まってる。分かってる。お母さんの言ってることは正しい。だから十和高に行けるように努力しないといけない。

 でもなんだろう。この違和感は。どうして素直にはい!頑張ります!と言えないのだろう。

「行ってきます。」

「朝ごはんは?食べていきなさい!」

「いらない。時間ない。」

「ほら!早く起きないから!お姉ちゃんでしょ!琴美の見本になるようにしてよ!」

 2年早く産まれただけのプレッシャー。お母さんは私にだけ期待をしすぎている。気がする。

 ただの反抗期だ。カッコ悪い。そんなの自分が1番分かっている。




昼休み。

 廊下は男子が騒いでおり、教室は女子が騒いでいる。

 私にも友だちは何人かいて、休み時間や移動教室のとき、1人になることはない。

 しかし、たくさん人がいる教室の中で、数人の友だちと話しながら私は独りぼっちだ。

息が吸えない。

苦しい。

 作り笑いでいじりなのかいじめなのか分からない話を乗りきる。

 いじめをしてはいけない。大人たちはよくそう言っていた。いじめを受けたりいじめを見かけたら相談しなさいと。

 でも、いじめはどういうものなのかは教えてくれなかった。

 例えばあそこで少しぽっちゃりした彼がデブだと笑われているがそれはいじめだろうか。彼は笑っているが。

 相手が傷ついていたらいじめだと言うが、他人がどう思っているかなんて分からない。本心から笑っているかもしれないし、実際は悲しんでいるかもしれない。でも、人の前では笑っていだけれど本心は悲しんでいたからいじめだというのは少しずるいじゃないか。    エスパーじゃないんだから。

やめよう。私には関係のないことだ。こんなこと考えたって何にもならない。

「ごめんね。今日は塾の宿題やらないとだから」

友だちからの放課後の誘いを断る。

 今日はあそこへ行こう。




 財布と手帳と本を1冊持って家を出る。スマホは居場所がバレるから置いていく。向かった先は図書館の裏の廃ビル。今にも崩れそうな錆び付いた階段を登って屋上へ向かう。夏も終わりに近づいて夕陽の見える時間が早くなった。

 正解と善意で満ち溢れ過ぎている私の恵まれた世界で唯一呼吸ができる場所だ。

 夕陽を見ながら考えた。

もし、自分に才能があったら。もし、自分が特別だったら。

 ずっと特別になりたかった。自分は物語の主人公であって欲しかった。

 目標があって仲間がいて紆余曲折を経ながらも努力をして最後には幸せになる。

 自分と対称的だ。

分かってる。素敵なヒーローである彼ら彼女らは自分と比べ物にならないくらい努力をしている。

 心底羨ましい。

努力するべき内容が決まってるなんて。何者が何かも知らないまま何者かになりたいと叫ぶ自分と違い、理想の目標形態が決まっていて、勉強も日常も捨ててでも理想を追い求めることができる人たちがいるなんて。

 諦めよう。主役になれる側の人間となれない側の人間がいる。それだけだ。

 階段を降りて図書館に向かった。借りていた本を返さないといけない。カウンターに本を返してふと掲示板を見た。

 諦めた。諦めたはずだった。でも、望んでしまった。来るはずのない未来に一瞬期待してしまった。

掲示板に貼ってあったのは1枚のポスター。文学コンクールの応募作品を募集していた。

 本はよく読むが小説なんて書いたことはない。小3の時に始めた日記は3週間ももたなかった。でも、でも、もしかしたら。もしかしたら。

 何か変われるかもしれない。

 急いで手帳に募集要項をメモし家に帰った。いける。私は謎の自信に溢れていた。

 パソコンは持ってないからスマホで書こう。

 起承転結を考えよう。

 ファンタジーにするかミステリーにするかそれともコメディにするか。

 わくわくが止まらない。

 できる。

 今なら面白い作品が作れる。

 私も特別になれる。

ペンを持ってノートを広げた。

さぁ、書こ…

「馨?ご飯よ!さっさとリビングに来なさい!」




 ベッドの中で考える。本当に書くのか。仮にも受験生だ。そんなことするなら勉強するべき。母ならそう言うだろう。そしてそれが   正しい。

 でも、それでも、

       

       

       書きたい




 もともと続けることは苦手だった。だから誘惑は全部消した。ルビーを貯めていたスマホゲームもTwitterも。書いた。ただ書き続けた。

 4000字がこんなにも長いなんて知らなかった。書いても書いても話はまとまらないばかりか、どんな話か自分でも分からなくなる。普段読んでいる小説の平均は10万字。  比べ物にならない。

 昔、驚きの15歳でデビュー!とポップに書かれていた本を読んだ。つまらない。これなら私だって小説家になれる。そう思った。

 実際、絵のコンクールじゃなくて小説のコンクールに参加したのは字を書くということを舐めていたからだろう。

  つらい。辞めたい。

 誰にやれと言われた訳じゃない。いつでも辞めることはできる。

 でも、それでも手を止めることはできなかった。初めて自分から挑戦したもの。何者でもない私が特別になれるチャンス。

 絶対に逃したくない。

ストーリーはラストに迫りあとは犯人を暴くだけだ。

「馨~ちょっとおつかい行ってきて!」

いいところなのに。

「分かった行ってくるよ!」

「すぐそこなんだからスマホなんて置いていきなさい!」

「はい」

 アプリを閉じてスマホをダイニングテーブルに置く。

「いってきます」

「いってらっしゃ~い」

 ソファで寝っ転がっている琴美から返事が来た。




「ただいま」

「ねぇ馨~こんなの書いてるの?」

 ニヤニヤしながら琴美は私のスマホをつき出してくる。画面に映っているのは私の書いた小説。

「馨センス無いし受験生なのにこんなことしてていいの~?」

 顔が真っ赤になるのを感じる。

「やめてよ!人のスマホ勝手に見ないで!」

「え~そこに置いとく馨が悪いんじゃん!」

「こら!何してるの!夕飯にするよ!」

「お母さん~馨がさぁ受験生なのにこんなことしてるんだよ!下手くそだし」

 あぁもうダメだ。

「馨!最近部屋にこもってると思ってたら勉強もせず何してるの!何これ?小説?」

「勝手に見ないでよ!」 

 私の声が2人に届くはずがない。届いたことなんて一度もない。

「変なの。おかしいよこれ。」

「琴美は黙ってなさい。でもまぁね~馨は琴美に比べて昔からセンスないからねぇ。そんなことしてないでさっさと勉強しなさい。」

 ごめんなさい。私は静かに部屋に戻った。

そうだ。しょうがない。私にはセンスがないんだ。昔から琴美はセンスがあると言われ褒められ私はおかしい気持ち悪い変だと言われ続けてきた。

 才能がない。

知ってたじゃないか。特別になんてなれないんだ。ああ特別になりたかったな。私も才能があって褒められる人になりたかったな。

 それからの私の日常に大きな変化はなかった。ただ、昼休みに図書室で小説を書いていたのを昼寝に変えて家では勉強し続けた。 お母さんはたくさん褒めてくれた。

 これでいいんだ。私が褒められるには勉強するしかない。琴美は勉強が少し苦手で私は少し得意だった。勉強する理由なんて知らない。考えない。ただ、誉めてくれさえすればいい。そう言って心を押し込めた。




 シャーペンを置いて何気なくカレンダーを見た。

「あっ」

 12時間後がコンクールの応募締め切りだった。勉強する気が起きなかったのでゲームをやろうとスマホを手に取った。

 そうだ。ゲーム消したんだった。

暇だったので自分の書いた小説を読んでみた。下手くそだ。おもしろくない。

 でも、いとおしかった。そして完結されていないことが登場人物に申し訳なくなってきた。

 もう、下手だって、おもしろくなくたって、私が特別になれなくたっていい。ただ、この物語を完結させてあげたい。

 お母さんでも琴美でも他の誰かのためではなく私のためにこの物語を完結したい。

 書こう。

 話も大詰め、犯人の行いが探偵の手によって暴かれていく。それは正しいのか。どんな過去があっても行ったことは許されない。それじゃあ犯人はどこで救われればよかったのか。

どんどんスマホに言葉を打ち込んでいく。

「おわり!」

書き上げた。書き上げることができた。私も何か作れるんだ。

 急に疲労が襲ってきた。一眠りする前に応募しなきゃ。虚ろ虚ろな目でサイトを開き応募情報を入れる。

できた。

 私にも字が書ける。作品が作れる。できることがある。自分から動ける。

胸がいっぱいになった。

キッチンから麦茶を持ってくる。

 あくびをしながらまた、カレンダーを見る。結果が分かるのはまだまだ先だ。それまでは勉強を頑張ろう。おもしろい小説を書くには私には知識量が足りなすぎる。

 

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