第5話 巨人の願い
見渡す限り荒れた大地が広がっている。
轟音とともに、雄叫びが響き渡る。
大地の中央に大きな火柱が上がった。
西に集結しているのは帝国軍五万人、東には共和国軍六万人。
帝国軍は近年「科学と魔法」の力を使い急成長を続けている。
人類の繁栄と領土拡大を掲げ、周辺国へと侵略し、すでに大陸の四割を手中に収めていた。
一方の共和国はエルフやドワーフ、オーク、獣人などが集まったいわゆる亜人連合軍、魔法の力による世界の安定を目的とし、帝国軍に反旗をひるがえしている。
帝国と共和国の開戦からすでに十年。
両軍共に国力は疲弊しきっていた。
だが、十年の長きに渡る戦いで両軍はついに最終決戦兵器を開発したのだ。
爆音の響く大地に巨大な影が現れた。
人型の魔導兵器「魔導ゴーレム」
全長はどの王宮の宮殿よりも大きく。その足の太さだけでも五十人もの兵士が両腕をつなげてやっと囲めるほどだった。
魔導ゴーレムが一歩踏みしめる度に大地がゆれ、空気がうなった。
帝国軍は紅のゴーレム。手には剣と盾を持っていた。
共和国は白のゴーレム。手には槍と盾を持っていた。
ゴーレム同士の戦いが始まった。剣と槍がぶつかり合うたびに大地がめくれ、吹き荒れる風で両軍の兵が飛んだ。
両者互角の動きで、決着がつかない。
それは今回に限らず毎回同じように雌雄を決しないまま、魔導ゴーレムの活動限界をむかえてしまう。
警笛が鳴り響く。両者撤退の合図。
これで、今日の戦争が終わった。
●共和国軍
轟音を立てて魔道ゴーレムが共和国軍前線基地へと帰還する。
報告では、被害は軽微、パイロットも問題ないとの事だった。
魔道ゴーレムの整備兵の中を一人の少女が走り抜けていく。
「姫様お待ちください!」
姫様!と付き人を引き離し共和国の姫君、アレシアは息を切らして魔道ゴーレムのコクピットへと駆け寄っていく。
魔道ゴーレムの頭部が開き、中からひとりの少年が姿を現した。
黒髪、黒瞳の少年。そして一本の漆黒の角。
「ヒューエ!大丈夫?ケガはない?」
アレシアはヒューエに飛びつく。
「姫様!危険です!」
ヒューエに抱きついたアレシアを付き人と整備兵が引きはがす。
「ヒューエはこの国の英雄です。粗末にすることは私が許しません!」
「・・・ですが・・・」
「いいのです姫様」
ヒューエは淡々とコクピットから降りた。その両手は鎖でつながれ、足にもまた同じように鎖でつながれている。
「ヒューエの功績に対しての扱いはあまりにもひどいものです」
「今回の戦闘に巻き込まれ約五十人の兵士が命を落としました」
「しかし、それはヒューエが意図したものではありません」
「国民はそれを納得しないでしょう」
「しかし・・・」
「姫様。無理なものは無理なのです」
アレシアは更に言葉を続けようとするが、周りがそれを許さなかった。
「これは人ではございません。姫様にはそのことを今一度お考えいただかねばなりませんな」
「おお、これはハルマー老師」
付き人がハルマー老師を見つけて破顔する。
「姫様。魔族は悪です。我々とは決して相いれない存在なのです」
「ヒューエはこの国のために命をかけて戦ってくれています」
「戦わなければ処刑されるだけです。彼は殺されないために戦っている。彼の首輪には爆弾が仕掛けられています。彼が命令に従わなければ爆発させるだけのこと」
ハルマーはヒューエを蹴り飛ばした。
ヒューエはぐっと歯をかみしめそれに耐える。
「乱暴はいけません!」
アレシアはヒューエの蹴られた部分を優しくなでる。
「ああ、私のかわいいヒューエ。いつかあなたを自由にして差し上げます」
「それは叶わない願いですな」
「そんなことはありません。戦争が終われば彼は英雄です」
「ほほほ、戦争が終われば彼を自由にしてやってもかまいませんとも。それまで彼は我々の所有物ですぞ。つまり、何をしてもかまわないということです。ご理解いただけますかな?」
共和国のナンバーツーに言われてはアレシアも従うしかない。
「VIPルームへ連れていけ」
ヒューエが連れて行かれるのはVIPルームとは名ばかりの警戒厳しい地下の牢屋。
ヒューエは兵に引きずられるようにして連れていかれた。鎖のすれる音が石の通路に響く。
「薄汚い魔族めが!」
ハルマー老師の吐き捨てるような声が格納庫内に小さく響いた。
◆ ◆ ◆ ◆
地下牢は薄暗く、すえた臭いがした。
生まれてからずっと育った牢屋だ。自分の部屋だとさえ思っている。
親の顔は知らない。
いるのかどうかさえ知らないし、知りたいとも思わかなった。
ただ、今の自分の境遇を考えれば、親が生きているはずもないことは簡単に想像することができた。
オレは一人ではない。
そう思うことで、なんとか耐え忍ぶことができた。
「ヒューエまだ起きてる?」
壁の奥から小さな声がした。
ヒューエは周囲を見回し誰もいないことを確認して「起きてる」とだけ言った。
すると、牢屋の入り口。その向かい側の木の戸棚が横に開き、中からアレシアが顔を出した。
「姫様!」
ヒューエはとがめるように声を上げる。
戸棚の奥は王族専用の隠し通路だった。アレシアは度々この通路を通ってヒューエの所を訪れていたのだ。
「ここは危険ですと何度も!」
「あなたのことが心配なの」
「しかし・・・」
「私があなたの事を心配しちゃいけないのかしら?」
それは卑怯な言い方だとヒューエは思う。そういう言い方をされれば、何も言えなくなってしまう。
「今日は甘いお菓子を持ってきたのよ」
アレシアは後ろ手に持っていた袋を開けて自慢げに胸を張る。
「一緒に食べましょ!」
嬉しそうにお菓子を取り出すアレシアを見ながら、ヒューエは困ったような嬉しいような表情のままお菓子を口に運ぶ。
自分は魔族で、相手はエルフのお姫様だ。種族も違えば身分も違う。
それでも、アレシアは小さい頃から監視の兵士の目を盗んでは度々ヒューエの所に足を運んでいた。
自分にはもったいないことだ。
ヒューエは嬉しそうにお菓子を食べるアレシアを眺めながら何度もそう思った。
◆ ◆ ◆ ◆
魔法という未知の力は有史以前から存在し、その力は神々の時代より世界に恩恵を与え続けていた。
魔法とは力だ。力を得た者は人であれ亜人であれ結局は同じことを繰り返す。
すなわち戦である。
それぞれの生息圏の拡大のため人と亜人、時には人間同士、亜人同士で醜い争いが繰り広げられた。人と亜人の歴史は同時に戦の歴史である。
その歴史に突如として異分子が舞い込んできた。
魔族だ。
高い知能と身体能力、そして高度な魔法力を有する魔族の襲来によって、人間と亜人は追い詰められ、その数を急激に減らしていった。
人間も亜人も滅亡寸前となったその時、人間の中から勇者が、亜人の中から聖女が現れた。聖女はエルフだった。
帝国と共和国との共闘により、魔族を異界に撃退・封印することができた。
人間と亜人はこの戦を機に互いに親交を深めあうことはせず、あろうことか両者は互いに領土を求め争うまでになっていた。
長きにわたる人間と亜人との争い。
その長き戦いに終止符を打ったのは皮肉にもかつて世界を破滅へと導いた魔族の力だった。
魔道ゴーレム。
魔族の残した二冊の魔導書。その魔導書を解読し、かつての魔族の兵器を復活させたのだった。
捕虜としてまた実験体としてとらえられていた魔族の子供がその操縦者として選ばれた。魔道ゴーレムは魔族でしか動かすことができないからだ。
魔道ゴーレムの力は戦況を大きく変えた。
◆ ◆ ◆ ◆
アレシアは自分の部屋へと戻り椅子へと腰かけた。
窓からは暗いながらも森の様子が見て取れる。
警戒している兵士と焚火の小さな火が見えた。
「あらあら、お姫様あまり気分がすぐれないみたいね」
突然に背後から声をかけられアレシアは振り向いた。
そして、声の主を軽くにらみつける。
「これは死神様・・・突然どうしたんですの?」
アレシアの目の前には小さな死神の少女と獣人の男がいた。
「ちょっと様子を見に来たのよ」
ヒミコはにやりと笑った。
「あなたが頑張ってくれないと魂の回収ができないじゃない」
「またその話ですの?」
アレシアは冷たい目でヒミコをにらみつける。そこに先ほどまでの楚々とした態度はない。
「もう少しお待ちください。そうすれば、あの魔族のガキを使って人間どもを根絶やしにして差し上げますわ」
アレシアの目的はただ一つ。
共和国の繁栄だった。
そこには人間も魔族もいない理想の世界。
そのためならば、魔族の子供が一人死のうが何の問題もない。
兵士もすでに何千人と死んでいたが、理想のための尊い犠牲だ。
アレシアにとっては、同族のエルフさえ無事であれば他の種族すら犠牲にしてもかまわないとさえ思っていた。
「もうすでに最終兵器は完成しています」
アレシアの元には先ほど魔導ゴーレムの最終兵器が完成したとの報告が届いていた。
明日には決着がつく。今までの因縁の対決。人間を根絶やしにする野望の第一歩をいよいよ踏み出すのだ。
その為には、あの魔族の子供・・・ヒューエの力が必要だった。
「そう簡単にうまく行くの?」
ヒミコにとっては魂の回収さえできればそれでいい。結果がどうなろうと、それはこの世界の話であり死神にとってはどうでもいい事だった。
「私はあなたに多くの魂を捧げます」
「分かってるわ。その代わりにあなたは死の運命から開放される」
ヒミコの言葉にアレシアはうなずく。
アレシアとヒミコの出会いはつい一ヶ月前。
エルフの姫の元に、死神が死の宣告をするために現れ、姫は多くの命を差し出すことで己の死を回避する。
ただそれだけの話だった。
「私には夢がある。そのために今死ぬわけにはいかないの」
大きな野望を果たすため、ここで死ぬことはできない。死んでしまえば今までの苦労が水の泡だ。
「ここまで来て失敗なんてできない」
「期待しているわよ。お姫様」
言葉と共にヒミコの姿が闇に溶ける。
「・・・わかってるわよ」
アレシアは小さくつぶやいた。
◆ ◆ ◆ ◆
「いい、決して無理はしないでね」
魔導ゴーレムのコクピットへと向かうヒューエにアレシアは心配そうに声をかけた。
「今回は魔導ゴーレムに新しい兵器を搭載している」
整備兵が兵器の説明を始めた。
それは魔導書を解読して考案されたものだった。
魔力の暴発を起こし、その爆発力で敵にダメージを与えるというものだった。強大な魔力の暴走と破壊。魔導ゴーレムすら破壊しうる力。
帝国軍の魔導ゴーレムと帝国軍兵士を殺すための兵器。
もちろん。こちらもただではすまない。
絶大な破壊力には当然のことながら代償が必要となる。それは「操縦者の命」だ。
「いいか、敵の魔導ゴーレムとの戦闘になったらこちらのタイミングで兵器を作動させる。お前は何も考えなくていい」
司令官はヒューエに作戦の説明をしていた。なんのことはない。やることは今までと変わらないということだ。
「今まで通り。戦えばいいんだな」
「そうだ。もちろん逃げ出そうなんて考えるなよ」
逃げ出せば命はない。司令官の顔を見ればわかる。
どいつもこいつも魔族の命など道端のゴミ程度にしか考えていない。
「分かった。今まで通り戦う」
ヒューエの言葉に満足したように司令官がうなづいた。
「気をつけてね。ヒューエ」
アレシアにうなづいてヒューエは魔導ゴーレムに乗りこむ。
魔導ゴーレムは飛びたち、帝国軍の魔導ゴーレムの前に着地した。
対峙する両国軍の魔導ゴーレム。
先に動いたのは帝国軍の魔導ゴーレムだった。
空気を切り裂き巨大な剣が迫る。盾で剣をさばき槍を突きいれた。槍は盾で弾かれ、両者は再び剣と槍を構えて対峙する。
両者が武器を構えた。
しかし・・・
「なぜ・・・動かない?」
司令官は困惑した。戦時中において動くことこそ最大の防御。それは魔導ゴーレムだとしても変わらない。
「ヒューエどうした?」
「オレはこいつとは戦わない」
「なんだと!」
「こいつは同族だ」
紅と白の魔導ゴーレムは互いに向き合い、そして、互いにコクピットが開いた。
帝国のコクピットからは軍服に身を包んだ少女が姿を現す。一方の共和国は鎖につながれた姿。両国の操縦者に対する扱いの違いは明らかだった。しかし、それぞれの首には爆破術式付きの首輪がつけられていた。
「はじめましてかしら、弟よ」
「はじめましてらしいな、姉さん」
「ずいぶんと丁寧に扱われているみたいね」
「豪華な部屋に可愛い姫様がついて、毎日お菓子を食べさせてもらってる」
「あら、私のところも毎日色んな将校が訪れるわよ」
二人の会話は両軍につつ抜けだ。それをわかっていながら二人は会話をしている。
「今日は姉さんにお土産を持ってきたんだ」
「あら偶然ね。私もよ」
両軍共動かない。いや、動けない。
「姫様!ご決断を!」
司令官がアレシアに指示を求める。
アレシアの目の前には首輪を爆破するスイッチと、最終兵器を爆破するスイッチが用意されていた。
今、このスイッチを押せばすべてが終わる。
長かった悲願がようやく叶うのだ。
「姫様!」
アレシアは動かない。
ヒューエの命など何とも思っていない。そう思っていたはずなのに・・・
魔族の命など消耗品なのだとずっと自分を信じ込ませていたというのに・・・
アレシアの前にあるのは命を奪うことしかできないスイッチしかなかった。
「姫様・・・スイッチを押してください」
ヒューエの声が司令室に響く。
「すべてを終わらせます」
「でも、押してしまえばあなたが死んでしまう」
アレシアの言葉にヒューエは驚いたようだった。
「あなたは私の命など何とも思っていないのでは?」
皮肉るような声。全てわかっていた。見透かされていたのだとアレシアはその時初めて気がついた。それでいて、ヒューエはアレシアの茶番に付き合っていたのだ。自分がだまされていると気づきなら。
「私は魔族が嫌いです。すべての元凶。世界の影」
「それなら、押してください」
アレシアは首をふった。
「できない・・・そんなことできないよ!」
気づいてしまった。自分の心に、自分に気持ちに。
「ヒューエ私は・・・」
「姫様御免!」
司令官がアレシアを突き飛ばす。
そして。
兵器の起動スイッチを押した。
◆ ◆ ◆ ◆
両軍の魔導ゴーレムが光りだす。
両国の決断も同じだったようだ。
「やっぱり最後はこうなるのね」
「仕方ないよ。結局これは戦争なんだ。相手を殺し尽くすまで終わらないよ」
「あの世とやらがあるのなら、向こうで色々と話を聞かせてちょうだい」
魔導ゴーレムの輝きが高まっていく。操縦者の魔力を吸い上げ、圧縮していく。
単体の威力だけでも爆発はかなりの規模になる。それがニ機ともなるとその威力ははかりしれない。
「そうだね・・・きっと楽しいと思うよ」
両国の魔導ゴーレムが光に包まれた。
◆ ◆ ◆ ◆
黒い炎が広がっていく。
爆発的に広がるそれは両国の兵士たちを飲みこみ、大地と空を焼き尽くした。
「司令官!黒い炎がこちらに向かってきます!」
言われなくても分かっている。
目の前には巨大な黒い壁。
振動が襲う。もう、立つこともできない。
司令室のあるこの地まで被害がおよぶとは。
伝わってくる被害は甚大なものだった。おそらくは帝国軍も同じような状況だろう。
「帝国はこれでおしまいよ。姫様の思い通りになったわね」
アレシアの前にヒミコが現れた。
帝国どころか、共和国もおしまいだ。
「あなたには二つの選択肢がるわ」
何を言っているのだとアレシアは思った。
目の前に迫っているのは「死」そのもの。それ以外の選択肢などないではないか。
「これからこの世界は滅ぶ。あなたのせいで」
爆心地の映像は魔法の力でまだ見ることができた。そこには巨大な黒い門。
「あの門から、魔族が現れる。永きにわたり封印されていた魔族があの門からあふれ出すのよ」
そうなれば世界は終わりだ。
もう、人間だの亜人だのといっている場合ではない。
「あなた達の使った最終兵器。あれは魔族によって計画されていたものだったの」
魔導ゴーレムも最終兵器も全ては仕組まれていたものだったのだ。
「選びなさい。ここで死ぬか、それとも私の従者になるか」
「従者?」
「そう、死神の従者として、私に身も心も捧げるの。あなたが従者になるのなら、あなたの魂に見合った願いを叶えてあげる」
これは契約なの。と、ヒミコは続ける。
「さあ、あなたの願いはなに?」
アレシアはヒミコの前に立った。
「私の願いは・・・・」
◆ ◆ ◆ ◆
黒い炎が大地をなめつくす。
豊かな大地はひび割れ、森は燃え尽きた。
命ある生き物は魔族に襲われ、都市も壊滅した。
生きとし生けるものの終焉。
世界は闇に包まれたのだ。
その光景をヒューエは黙ってながめていた。
「生きているわね」
「ああ、生き返ったというのが正解かな」
なんとなくそう思う。何者かの力によって二人は生き返った。
それがいかなるものなのか。
どうしてそうなったのかを二人は知らない。
「どう。世界が魔族のものになった感想は?」
もう、この世界には二人を虐げる者などいない。
アレシアもいない。
「・・・最悪だよ。姉さん」
それが、暗黒時代の始まりだった。
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