青空に広がった音は、どこまでも澄んでいた

青空に広がった音は、どこまでも澄んでいた

作者 SAM-L

https://kakuyomu.jp/works/16816700426260526531


 湘南地域の藤沢を舞台に、高校生の奏、瑞季、琴葉の三人でバンド『天色SUNSET』を結成し、バンド活動に邁進した約三年間の物語。



 小説の最後の一文みたいなタイトルが付いている。

 どんな音なのだろう。読んでみないとわからない。


 文章の書き方については目をつむる。

 

 立身出世ものの作りをしている。爽やかで、青春を駆け抜けた感じ。

 書き出しがいい。これからはじまる物語へと誘ってくれている。

 潮の香りが漂ってきそう。作品に雰囲気がある。

 主人公は高校一年生、海沿いに住むエレキギターを弾く奏の一人称「僕」、ドラムを叩く綾瀬瑞季の一人称「俺」、ベースとボーカルの葵琴葉の一人称「私」で書かれた文体。各話ごとで主人公が変わる。主な主人公は奏の一人称「僕」で書かれている。

 バンド活動で高校生活を過ごした三人の日々が綴られている。実在する地名や名称が用いられている所が良い。フィクションの設定には飛躍が、展開には正確が求められるので、望ましい在り方をしている。

 

 前半。七月。片瀬西浜でエレキギターを弾く高校一年の奏は、弦が切れたため、片瀬江ノ島駅から小田急江ノ島線に乗って藤沢駅へ行き、和泉楽器店で弦の張り替えをしてもらう。


 冒頭の書き出しがいい。「水が染み込んで、泥の様になった砂の上を裸足で歩く。砂が足を掴んで離さず、少し歩きにくい。この感覚が好きだ」砂浜の波打ち際を裸足で歩いたことがある人は、情景やそのとき感じたものとかも思い出されてくるのではないかしらん。仮に歩いたことがなくても、浮かんでくるように書かれている。


 登場する楽器店は、若泉楽器店をモチーフにしているのかもしれない。違うかもしれない。


 掲示板にバンド募集広告を見つけ、ツイッターでDMを送る。三日後、バンド募集した、藤沢市の南東部にある片瀬山に住む高校一年の綾瀬瑞季と藤沢のファミレスで会う。音楽をシャッフル再生してバンド名を『天色SUNSET』に決め、互いに残りメンバーを探すことにした。


 瑞季が電子ドラムを叩いている。「ドンチ、タチ ドンチ、タチ ドンチ、タチ」「ゆっくりと八ビートを刻む。心地良いリズムになって来たところで、十六ビートを力強く叩く」「ドン、パン ドドドン、パン ドン、パン ドドドン」「テンションが上がって来た」「ドンドンドンドンドンドン、シャン〜」音の表現がわかりやすくおもしろい。

 叩いたあとで母親に「ミズキ、朝からうるさい! どうしたの急に!」と言われている。電子ドラムは通常のドラムよりも若干音が小さいものの、防音設備がないと振動もするし、かなりうるさく迷惑がかかる。親の影響で小学低学年からドラムを叩いているので、ひょっとしたら防音設備のある部屋があるかもしれない。でも叱られているので、彼の部屋は防音設備はないのだろう。

 奏でからのDMが届いたのは、きっと前日ではないかしらん。


 帰宅して早々、瑞季からインスタの弾き語り動画からすごくいい声で歌う子を見つけて連絡し、ベースも弾ける横浜の女子高に通う葵琴葉がメンバーに加わる。

 中学のころから作詞作曲をしていた奏では『はじまりのうた』という曲を作り上げる。


 展開が早い。でもそれでいい。バンドを結成して活動していくところが読み手は読んでいきたいのだから。ネットのおかげで発信と交流が容易になっている。ネットがなければ、同じ学校に通っている人を当たって探さなくてはいけなかっただろう。


 八月、スタジオも併設されている和泉楽器店で三人は初演奏する。一カ月に一曲のペースで作曲して録音、ネット配信とYouTube公開していく。十月に『茜音色』を作る。年が明け、初詣で『私たちの音楽が沢山の人に届きますように』と琴葉が達筆な文字で書き、瑞季が絵馬を掛け、三人で手を合わせる。


 スタジオを借りるのに費用がかかるとおもうのだけれども、彼らはバイトをしていたかもしれない。ライブ配信して投げ銭で報酬を稼ぐ方法もあるけど、自作曲の販売や配信だけで稼げるほどにはまだなっていないのではないかしらん。


 四月、高校二年生になり、ライブハウスで四組のバンドで共演することとなる。三人は手応えを感じ頑張っていこうと気持ちを新たにする。奏では『季節を巡って』の歌詞を帰りの電車内で書くのだった。


 後半、六月に二度目のバンド共演をし、年末に行われる大型フェス出演のためのオーディションに曲を提出する。

 バンド結成して二度目の夏。三人で海沿いを自転車で走る。奏での家に集合し、片瀬海岸沿いを進み、湘南大橋を渡って、大磯まで行く。瑞季がサイダーが苦手なことを知る。江ノ島近くまで戻り、三人は夕日を見たり写真を撮ったりして過ごす。奏ではこの日の体験から『サイダー・ワールド』を書き上げる。


 葵琴葉は、横浜にある中高一貫の女子校に通っている。だからといって横浜市に住んでいるとは限らない。横浜市でも鎌倉市よりかもしれない。自転車で片瀬海岸まで来るのは大変だろう。行きはいいとしても彼女は同じ道を通って帰らなくてはならないから。


 その後、超大物バンドのボーカルがTikTokで流れてきた『サイダー・ワールド』を絶賛し、大バズりし、自分たちの宣伝写真やミュージックビデオにも顔を出していないため「現役高校生覆面バンド」という扱いでテレビでも特集される様になり、自分たちの他の曲の再生数も軒並み伸びていく。


 この辺から稼げるようになっていったかもしれない。

 スタジオ代や交通費等で消えていくだろうけれど。


 業界から東京にあるライブハウス、スタジオゴーストでワンマンライブの話が来る。三人は十月頃に横浜の小さなライブハウスでワンマンライブをやろうと計画していたため困惑するも、奏では「やってみないか」と提案。二人も賛同した。


 東京都江東区の新木場駅前にある大型イベントホール、ユウセン スタジオコーストを参考にしているかもしれない。(定期借地契約満了に伴い、二〇二二年一月の営業をもって閉館する運びとなった)

 

 十月、スタジオゴーストでワンマンライブをするも、会場の雰囲気に飲まれ納得いく演奏ができなかった。演奏後、大型フェスの一次審査が通過し、ライブ審査に進んだと連絡が入る。三人は暇さえあれば練習に励んでいく。夏フェス参加のオファーが届く。

 ライブ審査でグランプリを獲得し、フェスの出演権を獲得。一番小さなステージの前座出演と決まり、演奏。瑞季の提案で受験より音楽活動に専念することを決める。


 大型フェスとは、千葉県千葉市美浜区にある日本最大級のコンベンション施設、幕張メッセ国際展示場で開催される国内最大の年越しロック&JPOPフェスティバル「COUNTDOWN JAPAN 」のことかもしれない。


 高校三年になっても三人は学校に通いながら、曲を作っては練習し、レコーディングをし、リリースする日々を過ごしていく。奏は「家族のような存在」である「バンドに向けて、出会ってくれたことへの感謝」をこめて『home』という曲を作る。

 三度目の夏。夏フェスのステージに立つこととなる。二番目に大きなステージのトリを務めることとなった。


 日本各地で夏フェスは行われている。その中でも夏の四大フェスといわれるのが、新潟県湯沢町のフジロック、茨城県ひたちなか市のロック・イン・ジャパン・フェスティバル、北海道石狩市のライジングサンロックフェスティバル、千葉と大阪で開催されるサマーソニック。奏たちはフジロックに出演したのかしらん。


 秋を迎えても相変わらずの日常が続いていた。自分たちの曲がカラオケで流れる中、ヒットアーティストとなった実感をおぼえる瑞季。同時に違和感をおぼえた。

 十一月、瑞季は「今年度いっぱいで解散しようと思うんだ」と打ち明ける。「バンドが嫌になったとかじゃない。今だって大好きだ。ただ、だからこそこの辺りで辞めておくべきだと思ったんだ」「奏がつくって、俺らで奏でる音楽を沢山の人に聴いて欲しいってことだった。けど、それはもう達成してしまった」このまま続けていったとしても「今と同じクオリティでできるとは思えないんだ」彼の言葉に二人も賛同し、高校卒業と当時にバンドを終わらせることとなる。


 辞め時を決めるのは難しい。けれど、やりたいことやりきってスパッと辞めるほうが、苦しいことを引きずって嫌になってやめるよりも遥かにいい。彼らにはやりきった感があった。だから三人とも、意見が一致したのだろう。それだけ全力で三年間をバンド活動に費やしてきたのだ。

 

 卒業式のあった三月一日、『卒業のうた』をリリースし、片瀬海岸の特設ステージにて行われる解散ライブが行われた。

 卒業とバンド解散して約五年が経過。一浪してからそれぞれ大学に進学し、それぞれの道へ進んでいまは就職活動中。会うことはほぼないけれど、誰かがバンドという居場所を求めたときに再結成するかもしれない。いつかまた会うその日まで、で終わる。

 

 読後、海を見に行きたくなった。歩いていける距離に海がないのが非常に残念。

 せめて夕日が見たくなる。

 素敵な青春だ。




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