『あい』とは

『あい』とは

作者 ハレルヤ

https://kakuyomu.jp/works/16816700426246599771


 苦しんでいる顔を永遠に留めていたい羽田結愛と笑顔を永遠に留めていたい桐嶋愛斗、異常性癖をもった二人の『あい』の物語。



 愛、哀、藍、相、I、AI、EYE……いろいろ考えられる。読んでみなければわからない。


 文章の書き方には目をつむる。


 本作は一応、ハッピエンドなのかもしれない。

 主人公は高校一年生、桐嶋愛斗の一人称「僕」で書かれた文体。一部、羽田結愛の一人称「私」で書かれた文体。自分語りで淡々と話が進む。重い話を扱っているため、描写も少なく全体的に軽い感じに書かれ、バランスが取れている。ミステリーかつサスペンス。また、どんでん返しが出てくる意欲作だ。

 

 東京都のとある小学校に通っていた小学三年生の主人公は、榎本結愛に恋をした。初恋の彼女に誕生日プレゼントを贈ったある日の放課後、クラスメイトの坂東猛に呼び出され、「お前なんかがどうして結愛と仲良くしてんだよ。身の程をわきまえろよ」「結愛がお前の事好きな訳ないだろ」といわれる。「そんなこと、分からないじゃないか」と言ってしまった主人公は、彼に暴行を受ける。そこに榎本結愛が現れ、「もっとやってよ。私もっと桐嶋君の苦しんでる顔が見たい」と満面の笑みでいったのだ。


 このときの彼女の笑顔が、主人公の心に焼き付き、好きな人の笑顔を留めておきたい衝動をおぼえたのかもしれない。


 次の日には転校し、以来、主人公は心を閉ざし、人と接するのを避けてきた。

 だが、再び心を開く人と高校で出会う。

 彼女の名は、羽田結愛。親が離婚して名字が変わった榎本結愛だった。


 小学三年生のとき、坂東猛たちに暴行を受けた際、警察に被害届を出さなかったのだろうか。

 近年、中学や高校では校内暴力は沈静化しつつあるが、小学生では異常に増えている傾向がある。朝食を食べず、早寝早起きの生活習慣が乱れているため授業に集中できず、基礎となる読み書き計算が出来ていないため、学年が上がるほど授業についていけなくなる。結果、授業がわからず、焦りや疎外感を生み、生活習慣の乱れから学力低下を招き、学級崩壊へとつながっていくという。

 坂東たちも、生活環境が乱れた日常を過ごしていたのかもしれない。結愛のことは些末なきっかけに過ぎなかったのではないかしらん。


 主人公が好きだった榎本結愛は、暴行を振るわないでほしいと飛び出したとき、苦しんでいる彼が好きだと気づく。坂東たちにいじめさせ、苦しむ主人公を見て悦に浸っていたが、彼は転校してしまう。罪悪感に囚われるも、異常性癖の持ち主だと自覚して父親に告げると激怒し、離婚。かばってくれた母と暮らしながら普通になろうと努力した。高校生になったとき、運命的な出会いをする。

 桐嶋愛斗と再会したのだ。

 

 冒頭、「人は誰でも、誰にも言えない過去や秘密がある。もちろん、僕にも彼女にも」とある。これから始まる物語のヒントのような答えのようなものが最初に明示されている。


 前半、夏休みだというのに中学からの仲良し八人組にまきこまれるように主人公は文化祭の準備をしに学校に来ていた。彼らと接するのは得意ではなかったが、クラスのマドンナ的存在の羽田結愛と仲がいいのが唯一の救いだった。

 阪井夕汰と親しげに会話した翌日、彼は何者かの暴行を受けて寝たきりになっていた。彼と一緒に花火を見に行くつもりだった主人公は、羽田を誘うことにした。

 八人グループの一人、クラスカースト最上位に位置する織田海城は主人公と羽田が付き合っていると疑っていた。

 織田と仲のいい根津大知に呼び出され、織田をはじめとする男子連中から吊し上げを受ける。昔のことを思い出す中、羽田が助けに来る。


 警察沙汰になるような気がする。

 ラストで、主人公がベッドで寝ている愛だ彼女が毎訪ねているという話がでてくるので、教室内で暴行を受けたあと救急車で入院したと推測。同じクラスの阪井が数日前に暴行を受けて入院しているので、警察が事情を聞きに動く気がする。病院関係者も不審がらなかったのかしらん。見えない圧力でもあったのだろうか。それとも職務怠慢? 最近は警察も教師も不祥事を起こすことが多いので、そういう地域の物語なのかしらん。

 

「私約束する。これから私は、何があっても、どんな時でも絶対に桐嶋君を守る」

 主人公は自分の見方でいてくれることが嬉しく、「僕も何があっても君のそばにいるよ」と答えた。そして彼女の下の名前が「結愛」だと知るのだった。

 傷が癒えた一週間後、主人公が学校へ行くと織田たちは羽田に怒られて顔を出していなかった。羽田との仲のいい天野さんと波多野旭、二人と話すようになる。

 自室にいるとき、小学三年生のときのアルバムを見るも、名前を思い出せない子がいた。波多野とメッセージを合わす中、「結愛って中学生の時に両親が離婚しているんだよ」というメッセージを受け取る。結愛の本当の苗字は羽田ではなかったと知る。


 おそらく、ここで主人公は結愛が榎本結愛だと、思い出したのだろう。名前を思い出せなくとも、顔は覚えているはず。思い出したくない過去だとしても、思い出したくない、ということを思い出すもの。

 相手の顔よりも、笑顔にしか主人公は興味がなさそうなので、アルバムに写っていた写真の彼女は笑顔ではなかったのかもしれない。

 

 羽田が主人公の家に来たいというので迎え入れ、アルバムを見せる。小学三年生の写真の中、主人公の隣に写る子の名前を聞かれるが、「おぼえてない」と答える。


 彼女は、主人公がどこまで自分のことに気がついているか、確かめに来たのだろう。なにかを感じ取った彼女は、波多野を手に掛けたのだろう。


 後半、主人公が阪井の退院の前日に病院を訪ね、「明日の花火、羽田さんも誘ったんだけど」というと、彼の顔色が代わり、「行けない」と断られる。しかも病室のつけっぱなしのテレビに「今日午前、遺体で発見された波多野旭さんは……」と夕方のニュースが流れる。


 暴力団グループの犯行と報道されたらしい。阪井のときもそうだった。主人公たちが暮らしている地域は、日常的に暴力団グループが抗争しているのかしらん。なんと治安の悪い地域なのだろう。


 花火大会当日。先に来ていた主人公は、赤い浴衣をきた羽田と出店を回る。阪井が来ていないことを聞かない彼女になぜなにもいわないのか、と彼女に尋ねるも「なんだか来ない気がしてたから」と答え「凄い綺麗に花火が見れるとこ知ってるんだ、そっちに行かない?」と主人公の手を引き、歩きだした。

 ひと気のない原っぱで二人きりとなり、波多野が遺体で見つかったニュースを聞いてどう思ったのか尋ねられる。驚いたと答える主人公に、「波多野さんは私が殺したの」と告げる。


 主人公は驚かなかった。ということは、このときには確実にわかっていたということだ。


 花火が上がる中、主人公は「過去に一度出会った事があるよね?」と口にし、出会ったときに懐かしい感じがしたのと、波多野さんから羽田の両親が離婚した話をいいたと告げる。「どうしてこんな事するの?」

 彼女は「好きな人のためにするの」と答え、見せたいものがあるといってボロボロの民家につれていく。そこにいたのは、鎖に繋がれた主人公をいじめていた織田達だった。

 彼女はいう、小学生の主人公をみたとき「苦しんでいる顔が、とてつもなく愛おしく思え」「愛斗君の苦しんでる顔を見るために虐めるようになった」なのに転校してしまった。だが「偶然高校の同じクラスに愛斗君がいた」「織田君達に虐められてる愛斗君の顔を見て、また私の心が動き出した。もっと愛斗君が苦しんでる顔が見たいと思った」から、一連の事件を起こしたのだと。

 主人公は地面に落ちていたナイフを手に「僕は結愛の事が好きだ。だから、これ以上結愛に苦しい思いをして欲しくないんだ」といって、織田たちをナイフで刺していく。

 彼女は主人公が自分のことを理解してくれると思い、「幸せだよ」と答えるも、主人公は彼女をナイフで刺した。

「なんでこんな事するの? 私の事、好きじゃないの?」

 問いかけに、主人公は答える。「好きだよ。殺してしまいたいほどに」

 二カ月後、羽田だけが生き残った。主人公と彼女は被害者という形で、事件は片付いたという。


「雨によってDNAや指紋などの物的証拠が採れなかったため」云々とある。花火が終わったあと、雨が降ったらしい。だが、屋根のないボロボロの民家だった。仮に大雨が降って流されたと仮定する。

 それでも、どこをどう説明したら、主人公と彼女が被害者ということになるのだろう。鎖で繋がれていた織田達をみたら、軟禁されていたのは彼らで被害者だと思うはず。おそらく、学校に姿を見せなくなったときから、彼らはボロボロの民家に軟禁されていたのではないだろうか。だとしたら捜索願等が出されていてもおかしくない。それとも、彼らは出されないほど普段から素行が悪かったのだろうか。

 そもそも、そんなところに放置されていたら、大声あげたら誰かに気づかれると思う。その前に、花火大会の五日前から彼らは学校に来ていない。

 屋根のないボロボロの民家に木陰はなかったかもしれない。夏の暑い日、そんなところに五日間も放置されたら、脱水症状と熱中症により、四日で亡くなる。羽田がこっそり水を差し入れしていたのだろうか。

 「重要参考人として警察に事情聴取されたが」主人公たちは被害者という形で事件が片付くのは、どういう力が働いたのだろう。羽田が彼らを軟禁してナイフで刺したので、止めようとして揉めた際に主人公が彼女を刺してしまったのなら、主人公は正当防衛がみとめられるかもしれない。でもこの場合、彼女は犯罪者だ。

 織田が主人公をいじめらていて、彼女は主人公をかばって刺されてしまった。それを目の当たりにした主人公は彼らと乱闘騒ぎを起こし、彼らを刺殺させてしまった。とするのがまだ、筋は通りそうだけれども、織田達が軟禁されていた説明ができない。仮に、食事を与えられていたと仮定しても、鎖で縛られているのはどう説明をしたのだろう。チェーンデスマッチでもした、ということにしたのかしらん。

 警察が間抜けだったのかもしれない。


 二人は付き合うこととなる。彼女が主人公の苦しむ顔を見たくなったら、主人公は彼女を殺すだけ。なぜなら「結愛の事が殺したいほど好きなんだから」


 主人公が彼女の目の中に見たものものは、瞳に映る主人公自身だろう。

 彼のいう「あい」とは、彼の中にあった愛憎にちがいない。


 どんでん返しの構造は、「敵はAだと思わせて、最後にBとばらす」もの。

 本作は、敵は主人公の外部に存在する恐怖だとおもったら、主人公の内部に潜む恐怖だったというパターンだと思われる。

 羽田と再会するまでは、主人公はおそらく自覚していなかったと思われる。

 なので、主人公が彼女を刺し「好きだよ。殺してしまいたいほどに」と蔓延の笑みを浮かべてしまうまでになったのは、彼女との再会がきっかけにあったのは間違いない。それは彼女にも言えることだ。

 もし二人が再会しなければ、すくなくとも織田たちは死ぬことはなかっただろう。

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