雨が止むのを待ってなんかいられない

雨が止むのを待ってなんかいられない

作者 朝田 さやか

https://kakuyomu.jp/works/1177354054921729894


 付き合っていた蒼也が行方不明になって二年後、彼に似た秋月潤と高校で出会い、接していくうちに蒼也の思い出が薄れることに怖がっていると、蒼也の死を知り茫然自失となるが潤の励ましのメッセージを受けて、雨に濡れながら彼の元へ走る物語。

 


 切羽詰まった感じのあるタイトルが付いている。濡れてでも行かなくてはいけないところがあるのだろう。『走れメロス』のように、行き先は遥か彼方の夢を探しているのかしらん。読んでみなければわからない。


 コバルト文庫っぽさを感じた。

 主人公は高校生、岡下杏の一人称「私」で書かれた文体。描写も表現もしっかりしている。やや自分語りな説明が多い印象を受けるも、おかげで主人公の心情はわかりやすい。完成されているような出来である。


 前半、高校の入学式の日の朝、雨が嫌いだという主人公は二年前を思い出す。

 水曜日は決まって、蒼也が主人公に告白した場所である中「学校の近くの大きな公園」に二人は待ち合わせて一緒に帰る約束をしていた。だがある雨の降った水曜日の放課後、部活で遅れた主人公は待ち合わせ場所に行くも、彼の姿はなかった。「捜索願いが出され、警察が調べを進めること数日。公園の近くの防犯カメラが公園の方へ向かう蒼也を映して以降、蒼也の姿を見た者はいない」

 彼がいなくなって二年後。主人公は高校生となった。

 新しいクラスメイトに成長した蒼也の面影に似た秋月潤と出会い、隣の席になるも、性格は蒼也とは似ていない。

 彼の兄、秋月耀は生徒会長で「全国模試では一桁常連の天才」である。

 弟の秋月潤は「入試トップで入学し、兄には及ばずも秀才として名が知られている」「二人は陸上部に所属しており、蒼也と同じくスプリンターで全国大会に出場経験もあるほど有名な選手」「二人とも顔が整っている。二人は男女問わず、特に女子に大人気だった」

 ある雨の日、傘を忘れた潤に「濡れたい気分だから」と主人公は持っている傘を渡す。濡れながら帰る途中、コンビニで買ったと思われる傘をさして走って追いかけてきた。「折り畳み傘の柄を」もたせ、タオルを渡し、彼は走り去っていく。その後姿の「綺麗なフォームが記憶の中の蒼也のものと重なった」のだった。

 

 状況に受け身だった主人公が反対攻勢、自分で意思決定して行動を起こすことによって、主人公自身の抱え持っている小さな殻を破る瞬間がここにある。だからこそ、読者は今後の展開を感情的に楽しめるようになっている。

 ここから、主人公は行動的になっていく。


 後半、あの雨の日以来、主人公は秋月潤と目が合うようになる。一カ月後、彼の歩き方がおかしいことに気づく。かつて蒼也が同じように「怪我してるのに隠し」た結果、「逆の足を疲労骨折した」ことから主人公は、「蒼也にできなかったことを押し付けて、罪滅ぼし」のように数日休むようにとお願いする。

 彼は主人公の言葉を聞いて、部活を暫く休むことを顧問に伝えると、「『無理するな』って先生にも兄貴にも怒られた」という。

 梅雨になり、「クラスの女子が『秋月君と連絡先を交換できない』と嘆」く中、主人公は秋月潤と連絡先を交換する。 

「総体見に来てくんね?」と秋月潤からメッセージが届く。

 主人公は「蒼也が走る姿を見るのが好きだった」が彼はいない。秋月潤の走りも、「ずっと見ていたくなるような走り姿をしている」ので「素直に、行きたいと思」うも、「行けたら行くね」という典型的な断り文句を送る。

 秋月潤から「応援してくれたら嬉しい」の返信をみて、蒼也との思い出が蘇り、秋月潤を「応援してあげたいという気持ちが湧き上が」り、行くことにする。

 この辺りは、陸上競技場に応援に行っている場面から、回想で一週間前のことを思い出し、その中でさらに蒼也のことを思い出すということを説明的な場面だったので、競技場に応援に来ている部分を「行こう」と決めたあとに移すした方がすんなり行く気がした。

 秋月兄の「県記録を更新するほどの好タイム」をまえに、秋月弟はフォームが崩れて四位でゴール。うなだれる彼に、いつか雨の日に貸してくれたタオルを返す主人公。

「お前の声だけが聞こえたんだ。来てると思ってなくて、それで焦った」「潤って呼んでくれないか、杏」

 彼からしたら、告白である。

 大会で好成績を出したわけでもないし、いいところは兄が持っていってしまった。ある意味無様で醜態を晒している状態にもかかわらず、彼は告白する。これができるのは、兄と比較されながらも頑張って積み上げてきた成果があるからだ。


 それに対して主人公は「杏って呼ばないでよ!」と叫んでいた。潤は蒼也に似ていても、蒼也ではない。それはわかっているし、潤を潤としてもみている。彼と接していると、蒼也の思い出も薄れていくのだろう。それがたまらなく辛くて怖いから、叫んだのだ。

 それはつまり、主人公は潤のことが好きってことかしらん。それを認めたくないから、叫んだのだ。


 潤はそういうことを一切知らないので、兄は活躍し、自分は無様な結果を出して落ち込んで慰めてほしいのに、相手からは拒否されてきっとますます惨めになる。結果、放課後に彼と会わなくなる。

 ここでうまくいかないのは、彼は主人公に慰めて欲しくて告白したからだろう。その点については、彼なりに反省したに違いない。


 だがある放課後、潤と再会する。潤は兄と比較され、「必死に頑張ったところで絶対に敵わねえし。秋月耀の弟じゃなかったら、俺に価値なんてない。だから、俺はみんなの求める兄貴の弟の枠にはまり続けるしかない」と自虐に陥りながらも主人公に自分のことを分かってもらおうと話している。


 主人公は彼に、「秋月君は秋月君だよ」と声をかける。


 彼は主人公だけが、自分を秋月の弟ではなく、秋月潤として見てくれていると思っているから告白する。だけど主人公は「蒼也が帰ってくると信じて」いるから、潤に「二年前にこの県内で起こった、私たちと同い年の子が行方不明になった事件。いなくなったのは私の彼氏だったの。私は秋月君をずっと、蒼也に重ねて見てただけ」と告げてしまう。

 ますます彼は絶望していく。

 ある意味、彼は失恋したのだ。


 その夜、「蒼也の遺骨と一緒に」「蒼也を連れ去った犯人が見つかった」という連絡が入る。

「食事も喉を通らず、蒼也のお葬式にも参列でき」ず、「学校も一週間丸々休んで」「自室に籠もって何をするわけでもなく時間だけが過ぎていった」

 でも、思い浮かぶのは蒼也ではなく、秋月潤の顔だった。


 スマホに届く秋月潤からのメッセージ。

「俺はそいつに似てるんだろ?」

「これまで以上に俺をそいつと重ねて見ればいい」

「連絡してこいよ」

「俺、合わせる演技も上手いから心配すんな」

「兄貴の弟として、型にはまって生きてきたから」

 潤なりの言い方で、主人公を励ましているのだ。好きだった蒼也に似ている自分にしか、主人公を助けることが出来ないとさえ思っているにちがいない。

 蒼也と似ているからといって、潤にとっては「秋月の弟」という見方以外で自分をみてくれたのは、おそらく主人公の杏だけだったのだろう。そのときから彼女のことが気になり、好きになっていった。好きな人が落ち込んでいるなら力になりたいと思うのは自然なことだろう。


 主人公は「秋月君は蒼也じゃない」といい切る。「外見が似ていても、同じスプリンターでも、強がりなところも、努力家なところが似ていても。蒼也みたいに優等生じゃないし、いつも優しいわけじゃないし、寂しがり屋だし、不器用だし」と、似てるけど違うところをあげていく。

 それだけ、主人公は潤のことをこれまでずっと見てきたのだ。

「似ているから気づかなかっただけ」「もうずっと前から秋月君に変わっていた」「私の中の時計の針は、秋月君によって動かされていた」「だから、代わりにしろなんて言わないで欲しい」「蒼也を忘れさせてくれるのは、秋月君しかいないのに」


 男子は引きずるけれど、今に生きている女子は「次」に行ける。だから彼の元へ走れるのだ。


 主人公は「今すぐ教室に向かうから、待ってて」彼にメッセージを送り、傘もささず雨に打たれながらペダルを漕いで、自転車で学校へ向かう。

「潤が好きなんだって言おう」

「私の名前を何度でも呼んで欲しい」

「最初は蒼也を重ねて見ていたこともきちんと謝ろう」

「蒼也を失った苦しさは全て、潤に慰めてもらうんだ」

「雨が止むのを待つ間に、潤も私も死なない保証なんてない」「もう、二度と失いたくない。後悔したくない。だって、潤が好きだから」

 と、脳内ダダ漏れしながら彼に会いにむかうのだった。


 蒼也くんはどうして殺されたのだろう。

 犯人が遺骨を持っていたのか、犯人の遺骨とともに発見されたのか。そのへんがはっきり書かれていないのでよくわからない。誘拐事件なら身代金目的など目的がある。そうでなかったようなので、考えられるのは、犯人が運転していた車に蒼也がはねられ、犯人が彼の遺体を車に入れて運び去ったのかもしれない。あの日は雨が降っていて、視界も悪かったにちがいないから。はねた時の痕跡も、雨が洗い流してしまった可能性もある。


 読後、「雨が止むのを待つ間に、潤も私も死なない保証なんてない」なんて、フラグを立てるような不吉なことをいうから、無事にたどり着けたか気になった。

 雨の中の自転車走行は滑りやすく、視界も悪く、時期にもよるがかなり寒くなる日もある。なにより、持ち物や衣服が汚れてしまう。おまけに晴れの日にくらべ時間がかかりやすく、疲労も普段に比べて大きくなるから。


 それでも二人の行末には晴れ間が広がりますように。


 


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