大賞

世界は日高色に染まる。

世界は日高色に染まる。

作者 占冠 愁

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891905327


 捨てられた少年と日高本線を走っていたキハ40系気動車の精霊少女とが出会い、過ごし、別れ、再会し、やがて廃線を迎える二〇二一年四月一日の前日に再び日高色の夢に向かって西へ走っていく物語。



 日高本線――かつては様似郡様似町の様似駅までの路線だったが、全線の約八割にあたる鵡川駅以南は、二〇一五年一月に発生した高波で線路が被災して列車が運休。復旧費用に加え高波対策費がかさむため、以降復旧することなく二〇二一年四月一日に鉄道事業が廃止された。現在は、北海道苫小牧市の苫小牧駅から勇払郡むかわ町の鵡川駅を結ぶ北海道旅客鉄道の鉄道路線である。

 走行する列車は、外板塗装は白地に青とピンクを配し「優駿浪漫」の愛称のあるキハ40形350番台が充当されている。そんな色に世界は染まるのかしらん。それとも山と海の恵みに囲まれた日高町を舞台にした物語かしらん。読んでみなければわからない。

 サブタイトルには、「始発 棄てられた僕らは」「2232D」「2236D」「2238D」「終発 奇跡の汽車」「執筆後記」とある。

「2232D」「2236D」「2238D」は、日高本線を走っていた国鉄型キハ40系気動車である。

 


 文章の書き方には目をつむる。


 悲劇や感動の要素を含んだ、泣けるゲームを彷彿させるような作品。

 作者によれば、*Luna さんの『8.32』という歌に影響を受けて書いた小説らしい。ストーリーが歌詞に類似するのも、精霊少女が白いワンピースを着ているのもそのせいだろう。 

 主人公、一人称「僕」で書かれた文体。体験したことを日記につづったような書き方をしている。やや説明寄り。ジャンルは現代ファンタジー。日高本線を走るキハ40系ディーゼルカーを擬人化した、泣けるセカイ系っぽい雰囲気を感じる。鉄道好き、あるいは鉄道オタク、日高本線を利用し、こよなく愛する人達には感じ入りやすいかもしれない。

 

 前半、十歳になる前の雪の降る冬、片親に捨てられた主人公はJR日高本線の浦河駅に迷い込んでいたところを保護され、無人駅で住むこととなる。主人公にだけ、日高本線を走るキハ40系ディーゼルカーの「純白のワンピースと、透き通るような肌。瑞々しい淡桃色の唇。瑠璃色の瞳」の日高色をした精霊少女が見えている。主人公は精霊少女を「君」と呼ぶようになっていた。

 毎朝、浦河駅から襟裳岬方面にある日高本線終点の様似駅行にのって小学校に通う。蝦夷梅雨のあとに迎えた夏、苫小牧行に乗って、浦河駅より先にある新冠駅や大狩部駅へと向かい、汽車から見える風景を精霊少女と一緒に眺めていく。


 主人公といっしょに日高本線に広がる光景をみていくシチュエーションは本作にとっても重要なシーン。もっと描写に力をいれてもらえると、訪れたことのない人にも素晴らしさがより伝わったと思う。


 短い夏が終わり、秋が来て、雪に閉ざされる冬を迎えながら、たくさんの景色を見て、三年の時が過ぎていく。

 二〇一五年一月七日の暴風雪で太平洋の荒れ狂う夜、「定刻になっても浦河の駅に最終の汽車は現れなかった」

 護岸が崩れ汽車が脱線してしまった。この日を境に汽車は来なくなる。「線路復旧には抜本的な再建を要し、莫大な費用が想定された。通年大赤字のJR北海道にこんな辺境の盲腸線へ割くお金など出ない。鵡川以南、この浦河を含む百十六キロメートルに及ぶ区間が『不通』になった」のだ。

 駅はバスの待合室に改装され、被災した汽車は浦河駅に捨て置かれる。「路は錆びた。駅舎は寂れ」「放置された汽車は動か」ず、いつしか日高本線は「忘れられた鉄路」と呼ばれるようになっていく。


 後半、主人王は募金活動をしようとするも、周囲は精霊なんて見えない。「そういうのから卒業しろよ、見捨てられるぞ?」友人の言葉により、捨てられたトラウマから幻覚を見てきたと悟った主人公は、大元である浦河駅に放置されているキハ40系汽車に別れを告げる。

 主人公は高校に入学すると、「某国立大学の工学部目指して工学系の勉強を始めた」が、時折かつて車窓からみた風景を夢で見るようになる。


 主人公は、親戚の家から高校に通っている。

 であるならば、前半の浦河駅に住む設定はなくてもよかったと考える。捨てられて浦河駅に迷い込み、日高色をした精霊少女と会い、通学するのに日高本線を使うことでともに過ごして話を勧めても良かったのではないかしらん。


 初冬、「JR日高本線を巡り最終合意」の地元新聞の記事を見つける。

「百十六キロメートルにも及ぶ区間の再開断念」「路線長100kmを超える廃線は平成7年の深名線以来」「『本線』を名乗る路線の廃止は全国三例目」「JR北海道は本線の維持すら難しい」「鵡川-様似の不通区間、来年四月一日にも廃止」

 主人公は思い出す。

「白色の車体に、上半分を群青で塗って、桃色の帯を入れた列車」「日高本線のためだけに用意されたイメージカラー。その名を――『日高色』」

 彼の目には鮮やかに「ずっとむかしに手放してしまった色が、脳裏へ一気に返り咲」いたのだった。

 廃線となった浦河駅にたどり着いた主人公は、「五年前は現役だった」「塗装も剥げて、車体も錆び切って」しまったキハ40系汽車の中へ入り、精霊少女と再会する。「もう一度ふたりで走ろうよ、この線路の上を。汽車で」

「受験勉強は真っ先に捨てた」主人公は「夜な夜なあの留置線へ通」い、冬の終わりにようやく直した。


 一人で直すのはかなり無理がある気がする。

 床下機器には、エンジン、トランスミッション、ラジエーター、コンプレッサー、発電機、燃料タンク、プロペラシャフト、終減速機、台車などたくさんついている。これらの中で一つでも欠けたなら、気動車は走ることができない。

 エンジンは手を加えているけれども、台車は触らなかったのかしらん。車体を持ち上げて車輪を交換するにしてもクレーンなど重機が必要となってくる。脱線したはずなので、損傷があるかもしれない。完璧でなくていいからもう一度走らせるためにとりあえず動けばいい、という考えではじめた修理だった可能性もある。


 二〇二一年三月三十一日、二十三時三十分。廃止になる三十分前に汽車は動き出し、「日高本線を、西へ、西へ」と走り出す。

 春立駅を通りすぎ、静内駅を抜けて新冠駅へ。廃線の四月一日を迎えると「単行列車は光と共に消え」ながら、やがて大狩部駅のホームを過ぎ、護岸が崩れて傾いたままの線路の先へと日高色の夢とともに落ちていった。

 日高本線沿いに咲き誇るルピナスだけが、在りし日の面影を残している。


 本作を読んで、ひょっとすると鉄道好きな人は公共交通機関の車両を擬人化してみているのではと考えた。アニメや漫画の二次元キャラや二・五次元、あるいは声優、アイドル、俳優などに熱狂し応援し、同じ時間を共有する気持ちと根本は同じなのではないだろうか。

 推しが生きる意味を与えてくれる。現実での仕事はしんどい、辛いことばかり。だけど、推しのために、推しに会えるから元気になり、生きていける。

 そんな推しがなくなったら、人は生きる意味をなくしてしまう。

 読後、主人公は最後どうなったのかと考える。精霊少女とともに消えてしまったのかもしれない。そこは読者の想像に委ねられているのだろう。


 本作は、弔いかもしれない。

 もっと走りたかった。

 もっと乗っていたかった。

 そんな思いに感謝とお礼を込めて、お別れをしたかったのだ。


 路線が廃線となっていくのは、そこを利用していた人達の移動手段も失われいくのを意味している。体験は思い出になって残っても、寂しいしこりとなってはやるせない。

 栄枯盛衰、変わらないものなどありはしない。汽車や鉄道もそうだけれども、日本の鉄道駅の約半分は無人駅である。人口減少により地方鉄道の財政が厳しくなり、鉄道収益の悪化と人員削減、合理化が進み、少子高齢化とともにやがて廃線へとつながっていく。有人駅は鉄道事業者にとって必要な業務を行う係員がいる駅のことだ。

 現在、アニメ映画の聖地や郵便局との一体化、漆器の販売やものづくりの拠点など、無人駅を使った地域活性を目指す新たな取り組みが行われている。

 駅員がいない無人駅なら、自治体や地域住民が駅を活用し、駅や鉄道を持続可能な場所にする好機と捉えていく視点がこれからの時代、必要になっていくのではないかしらん。

 

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