僕が担任を受け持つ三年三組の児童は全員、探偵です。

僕が担任を受け持つ三年三組の児童は全員、探偵です。

作者 廻沼ラムネ

https://kakuyomu.jp/works/16816700426231697045


 クラスの全員が探偵しかいない白羽小学校三年三組の担任の持ち物である赤ペンが紛失、各々が推理する中、紛失したのが青ペンとわかり、犯人はクラス一算数が苦手で算数の宿題再提出者の鳥白摩訶だったという学園ミステリー。




 探偵学校の物語なのかしらん。タイトルからして、ミステリー好きでなくてもワクワクしてくるにちがいない。クラス全員探偵ってどういうこと? くわしく知りたいなら、「この謎を読んでみるがいい」と挑戦状をたたきつけられているようないないような気になるタイトルである。

 本編のあとに「登場人物一覧及び由来について」がついている。

 

 文書の書き方については目をつむる。


 白羽小学校三年三組を受け持つ担任が主人公の一人称「僕」で書かれた文体。

 各登場人物がどんな容姿なのか描写が乏しい。六千八百字、四百字詰め原稿用紙換算十七枚で登場人物は七人なので、もう少し欲しいところ。でもキャラクターは立っていて面白いのは、素直に褒めるべきところ。

 舞台は小学校なので、時間割に時限目をつかうのは北陸三県だけ。富山、福井、石川。とくに石川県は時限目と多く使われている。

 それはともかく、小学生は生徒でなく「児童」である。

 児童になおされたので、小学生の話なんだということがすぐにわかる。



 はっきりいって、本作は面白い。

 読み切り漫画でいけそう。他の子達はどんな探偵なのか、次々に登場していけば継続も可能だ。

 個性的なキャラクターたちが、実にいい味を出している。

 ミステリーのセオリーを押さえているところもいい。ノックスの十戒の一つ、「犯人は物語の始めに登場していなければならない」を守っている。



 先生の持ち物である赤ペンが紛失するという「被害届」が提出された瞬間、「クラスの空気が一変」し、「ある者はおもむろに眼鏡をかけ」「ある者は不敵に微笑」み、「ある者は2Bの鉛筆を指の上で一回転させ」「そして、皆は口を揃えて、一言一句違わず、同じ台詞を吐いた。『先生、この中に犯人がいます』」と。

 このシーンは、コマ割りが目に浮かぶ。

 そもそもなぜ、クラス全員探偵なのだろう。残念ながらその謎が明かされることはない。だが、クラスに犯人がいるということは、探偵の中に犯人がいるということ。

 被害届を出すなら警察だろ、というツッコミは、ここでいれてはいけない。

 犯罪捜査規範第六十一条に規定されているように、建前としては被害届に不受理は許されない。だが、実情は被害届を受理しないケースも数多く存在する。

 申告内容が趣旨不明だったり、民事事件を有利に導くためだったり、悪戯や嫌がらせ、不純な動機で被害届が出されるケースも珍しくない。単純に「仕事を増やしたくない」という警察組織的な動機の場合も考えられる。

 なにはともあれ、今回の紛失事件を警察に被害届を出しても、おそらく受理されないだろう。そこで担任の先生は、良い子ばかりのクラスの子達に助けを求めたにちがいない。


 担任の先生の他に、登場する探偵はつぎの五人。

『取調べの申し子』鳥白摩訶。

『雰囲気探偵』阿可河何歌。

『逆張り探偵』酒坂逆。

『否定探偵』否宵定。

『天井人』吃上堂露。

『宝の持ち腐れ』勿忘さん。

 独特な名前と二つ名を持った面々である。

 親は一体どういうつもりでこんな名前をつけたのだろう、などと考えてはいけない。本作の謎とは関係ないことである。


『取調べの申し子』鳥白摩訶は、その名の通り取り調べはできても推理には至らない。果たして彼女は探偵と呼べるのかしらん。探偵よりも警察に向いているのでは、と思わざる得ないけれども、彼女も探偵。

 でも、探偵らしくない。

 もやもやする。


 こういうときは何かしら作者の意図があるにちがいない。


 幼馴染である『逆張り探偵』酒坂逆と『否定探偵』否宵定は、「否定の否定は肯定である。何という奇跡の名コンビ」であり、相性がいい。他の人にくらべたら、事件解決に進展していきそうに思える。でも互いに足を引っ張ると、前に進めなさそう。

 この二人は、「嫌よ嫌よも好きのうち」という関係なのかもしれない。お互いが素直になれたとき、優秀な探偵に成長するのだろうか。


『天井人』吃上堂露なんて、江戸川乱歩の『屋根裏の散歩者』を想起させる。

 人の裏側を盗み見るような位置にいるからこそ、「犯人にとって何かしらのメリットが存在しなければ、動機とはなり得ない。赤ペンが無かったら困ること、これを考えてみれば、答えに近づくだろう」と言えるのだ。

 欠点は、コミュニケーション障害。これでは自身の推理を披露するのもままならない。

 そもそも彼女は、「白線の上しか歩いちゃダメ」の究極形で、小学校の天井裏を移動しているらしい。けれど、建物の構造上、廊下と教室の天井裏は人が通れるような空間でつながっていないと思われる。どうやって教室の出入りをしているのだろう。

 出入りは、スパイダーマンのように天井を這うように移動しているのかもしれない。服はホコリまみれになるだろうし、歩いたほうが楽な気もするのだけれども仕方ない。


 さらに優秀な探偵がもうひとり。『宝の持ち腐れ』勿忘さんである。

 記憶が一日でリセットされてしまう忘却探偵『掟上今日子の備忘録』を連想させるほどのキャラクターだ。なにせ、「比類なき頭脳を持って」いながら「物忘れが尋常」ではないからだ。

 自分の名前すら忘れてしまうという。それなのに、言語や言葉の意味を忘れないし、挨拶することも「席」「せんせー」「宿題」などの名称はおぼえている。忘れているというより、覚えていることをうまく引き出せないのかもしれない。

 感情とセットで覚えたり、関連する他の情報とセットにしたり、エピソード記憶を使う方法、場所とセットで憶える方法、反復やタグ付けしてカテゴリー分けして覚えたり、定期的に過去の記憶を思い出すなど引き出す練習をしていけば、ひょっとすると物忘れも改善され、優秀な探偵へと成長するかもしれない。


 勿忘さんの発した「宿題」を拾って『天井人』吃上堂露がなにか言いかけるも、恥ずかしさから「話し掛けないで」と逃げてしまう。

 代わりに口を出したのが、『雰囲気探偵』阿可河何歌。

 個人的にいちばん面白いと感じた探偵だ。アニメ『おそ松さん』に出てきた、なごみ探偵おそ松を彷彿させる働きぶり。いちばん探偵らしいのに、「算数の時間から怪しい雰囲気がプンプンしますね。まあ僕はあくまで雰囲気なので、それくらいしか分かりませんけれど」彼だけでは真相にたどり着けない。

 後押ししたのが、やはりこの二人。

『逆張り探偵』酒坂逆と『否定探偵』否宵定。

 二人のやり取りから、「犯人は赤ペンを盗むことでメリットのある人物ではなく、青ペンを盗むことでメリットのある人物」であると、確信へと迫っていく。


 ここまで来て、本作主人公の担任の先生が総括し、真相にたどり着く。

「鳥白、盗んだ青ペンを持って、後で職員室に来なさい」

 実に見事な解決である。

 ここで終わっているところもいい。

 グダグダ書いては興が削がれてしまう。

「僕は探偵ではないけれど、しかし子供達に負けるほど情けなくはない」と主人公の担任の先生はいっているけれど、充分彼も探偵だ。こういう彼だからこそ、全員が探偵のクラスを受け持つことができるのだろう。

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