一課の思惑

〈山下課長、河村 勇輝という男を調べてみてください〉


〈佐味、そいつがどうしたんだ〉


〈河村はあれと繋がりがある詐欺グループの一員かもしれません〉


〈それは確かな情報なのか〉


〈まだ確かと言える情報ではないのですが、これから確かめてみます〉


〈こっちでも調べてみるが間違いだとわかったらすぐに連絡をしなさい〉


〈承知しました、山下課長〉


 捜査第一課長の山下 哲男との電話を終えた佐味は佳子の取調べの再開に向けて佳子のいる取調室へと向かった。



取調室、


「南 佳子さん、あなたには河村 勇斗という小学校から一緒の同級生がいますね」


「はい、、一緒です、クラスも」


「その河村 勇斗の兄、河村 勇輝は知ってますか」


「いや、それは、、、」


 佐味の目の色が狼へと一変する。それを察した那古は少し後ずさりをする。


「南 佳子さん、あなた、いい加減答えなさい」 

 

 佳子はより一層怯えだした。そこを佐味は逃さず更に突き詰める。


「あなたが河村 勇輝に脅されて詐欺グループに加担させられていたことはわかっている、だから河村の居場所を言え」


「いや、でも、、」


「あなたに報復が無いように私達があなたを守るから、大丈夫、安心して言って」


 佳子は落ち着き、じっと佐味の目を見る。この人が本当に信頼できるのか確かめているのだろう。大勢の人を惹き付けてしまう彼女が身につけた信頼できるかどうか瞬時に見分ける能力である。これに関してはほどんどの人はできない。そして、佳子は瞼を閉じて話し始めた。


「河村 勇輝は週に一度、私がいた詐欺グループに訪れます」


「それはいつなんだ」


「大体、金曜日ですかね、お金を集めに来ていました」


「ありがとう、話してくれて」


 佐味は那古に“後はよろしく”と言って取調室を駆け出していった。残された那古は佳子の犯した罪についての取調べを再開させた。


「南 佳子さん、詐欺の辺からもう一度話してくれますか」


「はい、わかりました」



 詐欺を始めたのは河村 勇輝さんに万引きをしていることがバレたのがきっかけです。万引きを辞めたのはバレたことが一番の原因です。嘘をついてごめんなさい、あの人の報復が怖かったので言えませんでした。


 大丈夫です、正直に言ってくれてありがとう。それでいつぐらいまで詐欺はやっていたの


 高2の終わりまでやっていました。口止め料とその詐欺グループを抜けるのに必要なお金が溜まったのがその頃でした。抜けたあとも毎月一定額をそこに払わされてました。警察にお前の犯したこと言ってやると脅されていました。


 その河村 勇輝という男はどんな人なの


 えっ、知っているんじゃないんですか。


 さっきの刑事は一課の人で、自分は三課なんです。


 あっ、なんとなくわかりました。一課の皆さんは河村さんを調べていて、三課の皆さんは私ってことですね。


 多分、そうなんだと思う。それで、その人は何なの


 河村さんは私がいた詐欺グループをまとめているボス的存在の人です。暴力団の関係者だと思います。本当に怖い人です。その詐欺グループも恐怖で支配しているようなものなので。そこにいた人みんな、彼に弱みを握られていました。


 詐欺の後は他の犯罪は犯したの


 いいえ、犯していません。それ以上に河村さんが怖くて、どこかで見られているのではないかとか色々考えてしまったので学校も休みがちになって家から出るのも怖くなっていきました。


 よく大学に進学できたね


 はい、学校側がオンラインの授業など私のために用意してくださって、なんとか単位を落とすことなくいけました。 



「南 佳子さん、これで取調べは終わりです」


 取調べが終わった。佳子の様子は逮捕されたときのような表情になっている。やはり、自分の未来を案じているのだろうか。


「私はこの後、どうなりますか」


「ほぼ確実に起訴されて裁判になると思います」


「家には帰れませんか」


「いや、ちょっと待ってて」


 那古はここではっと気づいた。佐味さんが送致を拒んでいた理由を。送致してしまうと検察側が勾留請求をしなかった場合、佳子を家に返さなければならなくなり、取調べをするにも面倒になる。やはり、次世代エースと呼ばれる人は自分よりも先を見ていると感じ、那古は少しばかり自分に呆れた。


「南 佳子さん、検察は勾留請求をしなかったので、これで家に帰ることができます」


「本当ですか!」


 目を潤せて喜ぶ佳子を見て、那古はいくつも罪を重ねて今までの自分が失われようとまだ一人の女子高校生であると思った。



南家にて、


「ただいま、、」


 佳子が気まずそうに自宅の扉を開く。そこに心配した様子で佳恵が玄関めがけて走ってきた。


 そして、佳恵は優しく佳子を包み込んだ。


「お母さん、ごめんなさい、こんな言葉だけじゃ足りないのはわかっています、だけど、今の私ができるのはこの言葉をお母さんに伝えることだけです」


家中に佳子の謝罪の言葉が響き渡る。そして佳恵の心にも重く響いた。


「佳子、お父さんも心配してたわよ、これから今までの自分を見直しなさい」


「お、お母さん、、」


 目に涙を浮かべた佳子に玄関に戻ってきた佳恵が温かく抱擁する。


「お腹、空いたでしょ、ご飯、食べよ」


 佳恵の目からは大粒の涙がコロコロもこぼれ落ちる。


「うん!」








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