書よめば(宣長)
書読めば 詳しくぞ知る 天の下 行かぬ国々 四方の海山 > 本を読むと、世界中の行ったこともない国々や海や山のことを詳しく知ることができる。
書読めば こまもろこしの 国までも 心のうちの ものになりつつ > 本を読むと、海外の国までも、自分で直接見聞きして知り得るようだ。
書読めば 昔の人は なかりけり みな今もある 我が友にして > 本を読むと、死んだ人などいない。みな今いる私の友達のようだ。
書読めば 千里のよその ことまでも ただここにして 目に見るごとし > 本を読むと、遠く離れたよそのことも、今この場で目に見るようだ。
書読めば 花も紅葉も 月雪も いつとも分かず 見るここちして > 本を読むと、あらゆる季節のさまざまな気候のことを何でも見る気持ちになれる。
書読めば 心のうちに 時分かず 花も咲きけり 月もすみけり > 本を読むと、いつでも心の中で花が咲いたり月が澄み渡っていたりする。
書読めば 心にものの かなはぬも 憂き世のさがと 思ひ晴るけつ > 本を読むと、思い通りにならないことも、世の中とはそうしたものだと気持ちが晴れる。
書読めば 世の中のこと 下か上 上か下まで 知られぬはなし > 本を読むと、身分の高い人たちのことも、低い人たちのことも、わからないことはない。
書読めば 絶えて寂しき ことぞなき 人も問ひ来ず 酒も飲まねど > 本さえ読んでいれば、人が訪ねてこず、酒を飲まずにいても、決して寂しくはない。
書読めば おほやけ腹も 立たれけり ひとり笑ひも またせられけり > 本を読むと、人ごとながら腹が立つこともあり、一人笑いをすることもある。
書読まで なににつれづれ なぐさまむ 春雨の頃 秋の長き夜 > 本を読まなくては、春雨の頃や秋の長い夜、どうやって退屈しのぎができよう。
朝夕に 物食ふほども かたはらに ひろげおきてぞ 書はよむべき > 朝ご飯や夕ご飯のときにもそばに本を開いて読みたいものだ。
おもしろき 書読むときは 寝ることも もの食ふことも げに忘れけり > 面白い本を読むときは、寝ることも、食べることも、ほんとうに忘れてしまう。
読む書に 心移れば 世の中の 憂きもつらきも しばし忘れつ > 読書に熱中していると、世の中の憂鬱でつらいこともしばらく忘れてしまう。
世のわざの 濁りに染める 人心 書読むほどは 清くすみけり > 世俗の汚れに染まってしまった心も、本を読むときは清らかになる。
暑けれど 書読むほどは 忘られて 夏も扇は 取らむともせず > 本を読むときは、夏暑いのも忘れられて、扇も手にとろうとしない。
埋み火の もとに夜な夜な 起きゐつつ 寒さ忘れて 見る書ぞ良き > 火鉢にあたりながら冬の寒さを忘れて毎晩夜更かしして本を読むのが好き。
跡絶えて 深く降り積む 冬の日も 書見る道は 雪もさはらず > 足跡が消えるほどに深く降り積もった冬の日でも、雪は読書の妨げにはならない。
寝るうちも 道行くほども 書読まで 過ぐるぞ惜しき あたらいとまを > 寝ている間も旅行中も本を読まないのは時間が惜しい。
菅の根の 長き春日も 短きぞ 書読む人の 憂ひなりける > 春の日の長さも読書する人には短くて困る。
玉の緒の 長くもがなや 世の中に ありとある書を 読み尽くすまで > 世の中にありとあらゆる本を読み尽くすまで寿命が長く続くと良い。
読む書を しばし枕に 仮り寝して 憂しや覚えず あかつきの空 > 読んでいた本を枕に仮眠すると、そのまま悩み事も忘れて夜明けまで寝てしまった。
楽しみは くさぐさあれど 世の中に 書読むばかり 楽しきはなし > 世の中にはいろんな楽しみがあるが読書ほど楽しいものはない。
我がよはひ 残り少なし いくかへり 読めども飽かぬ 書はおほきに > 何度読んでも飽きない本がたくさんあるのに私の寿命は残り少ない。
花鳥の 世におもしろき 色も音も こもりて見聞く よむ書のうち > 花や鳥などの面白い色や声なども、読む本の中にこめられていて、見たり聞いたりすることができる。
水無月に 風に当つとして とり出でて 見れば読ままく ほしき書ども > 夏至の日に虫干ししようと取り出した本が読みたくなってしまう。
珍しく 飽かざる書は 長かれと 思ふに早く 終はるわりなさ > 珍しくて飽きない本ほど、短くてはやく読み終わってしまうのが、どうしようもなく耐えがたい。
今よりの 千歳の後や いかならむ 出で来る書の 数まさりつつ > 今から千年後には出版されている本の数はもっと増えているだろうなあ。
残りける 名を聞くたびに ゆかしきは 絶えて世になき いにしえの書 > 名前だけ伝わって現存しない本の名前を聞くと読みたくなる。
ひろはたの 神の御代にぞ 百済より ふみてふものは たてまつりける > 本というものは、広幡神が百済から初めて日本の欽明天皇に奉ったのだ。 「日本書紀」欽明天皇十三年冬十月に、「百済 聖明王、更名 聖王、遣 西部 姫氏、達率(だちそち)、怒唎斯致契(ぬりしちけい)等、献 釈迦仏 金銅像 一躯、幡蓋(ばんがい)若干、経論 若干巻」とあることによると思われる。広幡神とは「広幡乃八幡大神」、つまり八幡神の別称。宇佐の秦氏と同じか。
酒飲みて 歌ひ舞ひつつ 遊ぶより 書読むこそは 世に楽しけれ > 酒を飲んだり歌ったり舞ったりして遊ぶより、本を読むほうがまったく楽しい。
書はしも 常に朝暮れ 夜昼と 読めども飽かぬ ものにぞありける > 本というものは朝昼夕夜と一日中いつも読んでいても飽きないものである。
さはりありて 一日一夜も 書見ねば 千歳も読まぬ ここちこそすれ > 用事があって一日中本を読まないと、千年読まない気持ちがする。
昼夜と 読めども書は 飽かなくに 読まで世を経る 人もありけり > 昼も夜も本を読んでも飽きないのに、全然本を読まないで済ます人も世間にはいるものだ。
暗くとも ほどもなく夜は 明けぬべし ふみ見る道の やみな歎きそ > 本を読んでわからなくても諦めるな。そのうちわかるようになる。
行き行けば つひには至り 着くものぞ ふみ見る道は 足遅くても > だんだんにわかるようになる。
なづむなよ 書見る道に 朝霜の 解けぬ所は さても過ぎ行け > 細部にこだわるな。途中わからないところはとばしなさい。
書見るに けはしき道は 避きて行け またき心の 馬疲らすな > 難しいところはよけて、学びたいという純真な心が疲れないようにせよ。
書見ずば よそには知らじ 神路山 たかくも見えて 高き心は > 本を読まないでいては、実際何が書かれているのかわからない。
書読まぬ 人はいろはの 文字をだに え知らぬ人と 何か異なる > 本を読まないのは字を知らないのと同じ。
いろはだに え知らぬ人を はかなしと 見つつ書見ぬ 人のはかなさ > 字を知らない人をばかにしつつ本を読まないおろかさ。
いざ読まむと 思へば誰も 読まるるを 書読むいとま なしといふめり > よし読むぞと思えば誰でも読めるのに、本を読むヒマがないというのだ。
ちよろづの 書も年経て おこたらず 読めば読み得る ものにぞありける > 万巻の書も怠けず読めば読破できる。
書読むを ただむつかしき こととのみ 思ふは読まぬ 故にこそあれ > 本を読むのは難しいというのはただ本を読んでないせいだ。
書読むを ふさはしからぬ わざとのみ 思ふは読まぬ 故にこそあれ > 読書なんて自分にふさわしくないことだと思うのは、ただ読んだことがないからだ。
書読むは またたぐひなき 楽しみを 読み見ぬ人は 知らぬなりけり > 本を読むのは他と比べようのないくらい楽しいことなのに、読まない人はそれを知らない。
夜昼の ただしばらくの いとまをも いたづらにせで 書を読むべし > 一日の少しの時間も無駄にせず本を読むべきだ。
いたづらに 過ぐる月日の 惜しとだに 思はでやふる 書読まぬ人 > 歳月が無駄に過ぎていくのを惜しいとは思わないのだろうか、本を読まない人は。
いとまなき 人こそあらめ いとまある 人はなにすと 書読まざらむ > 時間の無い人はともかくとして、時間のある人はなにをするからと、本を読まないのか。
をりをりに 遊ぶいとまは ある人の いとまなしとて 書よまぬかな > ときどき遊ぶ時間はあるのに、ヒマがないといって本を読まない人よ。
大かたは いとまなき身も しばらくの いとましあらば 書を読むべし > あんまり時間の無い人も、少しでもヒマがあれば本を読むべきだ。
あしびきの 山とし高く 積み添へて 書見よ人は 道広き世に > 山のように本を積み上げて、世間のさまざまなことを読みなさい。
あだ言も 読めば読むかひ あるものを いづれの書か 読まで捨つべき > 日本以外の本も読めば読む甲斐はある。無駄だと読まずに捨てる本などない。
仏ふみ 読めばをかしき ことおほみ ひとりわらひも せられけるかな > 仏典にはおもしろいことが多い。一人笑いすることもある。
からふみも 見ればおかしき ふしおほし 物のことわり こちたけれども > 漢文もなかなか面白いところがある。理屈っぽいが。
読まねども やまともろこし もろもろの 書を集めて おくもたのしみ > たとえ読まなくとも世界中の本を蒐集するのは楽しい。
世に見えぬ 珍しき書 得てしあらば 良くわきまえよ まこといつはり > 珍しい本を手に入れたら本物かにせものか良く吟味せよ。
いつはりの 人惑はしの えせ書も 世に多かるを 謀らるなゆめ > 世の中には人をまどわせる偽書も多い。決してだまされるな。
いつはりの 書をつくりて 人謀る 人はいかなる こころなるらむ > 偽書を作って人をだまそうとする人の気持ちというのはどんなものか。
あぢきなく いつはり書を つくり出づる あたらいとまに 真書読みなて > つまらぬ偽書を作るひまがあったら本当の本を読めばいいのに。
いかなれば 代々のかしこき 人々の そらごと書に 惑ひ来ぬらむ > どういうわけで、昔から、頭の良い人たちがずっと偽書に騙されてきたのだろう。
そらごとの 教えの書を 神のごと 斎き尊む 人のおろかさ > 嘘の教えの本を神のように大事にし尊ぶ人たちのおろかさよ。
あともなき そらごと書に 謀られて 身をも誤る 人のはかなさ > なんの根拠も無い偽書にだまされて身をあやまる人のはかなさよ。
昔より そらごと書を そらごとと 悟れる人の なきぞあやしき > どうして昔から偽書をうそと悟る人がいないのだろう。不思議だ。
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