第三十六話 イノシシ狩りの裏側で


 アルトがシッシ・カバブーに勝利する、少し前。


「ぁああっ、先刻からっ、この卑怯者どもはっ!」

 単純に多勢に無勢であれば、ツバキはイライラなどしていない。

 敵が多ければ多いほど、それだけ斬れる対象が多いからだ。

 しかし今の敵は、侍巫女を取り囲む大勢の武装した悪党どもではなく、敵性侵入者を撃滅するために設置されている、防衛システムである。

 組織にとっての味方識別を発信している悪党どもではなく、発信していないツバキを排除対象と認定し、高い天井や柱などに設置された可動式の小型ビーム砲で、ランダムなタイミングで攻撃をしてきているのだ。

 攻撃してくる戦闘員のビームを避けて斬り伏せようとすると、どこからか防衛のビームが放たれて、避けるかビームを斬るかしかなくなる。

 戦闘員たちを斬り捨てられないわけではないのだけれど、攻撃をするタイミングで邪魔をされるのは、ひどく癇に障るのだ。

「しかも悪党どもっ、こちらが疲弊するのを待っているとか…っ!」

 小悪党っぷりにも程がある。

 ついでに、敵軍の中に、大物らしい戦士もいない。

 こんなザコの群れを相手に、イライラする戦闘をさせられる事そのものにも、イライラする。

「いっそ一時撤退を…いや、ドコに行っても、防衛システムの範囲内…おや?」

 現状打破というか現実逃避の方法を模索していたら、防衛システムの攻撃が止まった。

 一時的とはいえ、侍巫女だけでなく悪の戦闘員たちも、動揺をして、天井などをキョロキョロ。

『ツバキさん、聞こえますか?』

 敵艦内で突然の放送は、良く知る女中ロイドの声だ。

「コハクではないですか、ハっ–よもやアルトに何かっ!?」

 万が一の事態を想像して、ツバキは焦る。

『こちらは大丈夫です。それより、アルト様のご命令により、この宇宙船の防衛システムをハッキング致しました。私たちへの敵認証は書き換えましたし、多少ですが色々と乗っ取りましたので、いかなる防衛システムにも邪魔をされる事なく、戦えます』

「おおお…っ! コハク、感謝します! …ひふふふふ」

 女中ロイドに礼を告げると、侍巫女の人斬りモードが遠慮なく開花をする。

 まずは手頃に、一歩踏み出して届く範囲の悪党どもを、一閃で纏め斬り。

「うわあっ! 一撃で十人っ、斬られたぞぉっ!」

 驚いた戦闘員たちが見たのは、暗くて狂気な眼差しで歓喜している、人斬りロリ爆乳の侍巫女だった。

「お前たちいぃ…一人たりともぉ、逃さず生かさず真っ二つううううっ!」

「うっ、撃て撃てぇっ!」

 ツバキの目ではなく狂った雰囲気が恐ろしい悪党どもが、滅多やたらとビームガンを乱射する。

「ふひひひひいぃっ、もっと撃ってきなさいいいっ! もっと敵意をぉっ、もっと血いいいいいいいいいっ!」

 狂った人斬り魔よりも恐ろしい、刃の竜巻みたいなツバキが。目を光らせて笑いながら、殺しにかかる。

「ぎゃあっ!」

「うげぇっ!」

「どぅわっ!」

 なかなかの絶命っぷりに、人斬りの飢餓感が癒されてゆくらしい。

「もっと斬らせなさいいっ! まだまだいるでしょぉおおおおおおおおっ!」

 侍巫女は、戦闘員の群れの中へと、小さな身体を踊り込ませる。

「くっ、くそおおっ–ぎゃあっ!」

 –っずばどしゅずしゃじゃきぶしゅきんどびゅすばびゅんびしゃりっっ!

「ぐわっ!」

「ひぃっ!」

「ぐへっ!」

「ぐぅおっ!」

 敵を前に逃げたらボスに殺されるしかない戦闘員たちは、命を捨てる覚悟でロリ爆乳へと襲い掛かり、次々と命を落としてゆく。

 通路は死屍累々。


 同じく、別の通路でも。

「くらえっ、うぐぅっ!」

 筋肉の巨人ハルキーと肉弾戦を演じているクーラも、やはりイライラしていた。

 強者同士の力と力の激突であれば、勝っても負けても納得が出来る。

 しかし、やはり組織にとっての敵認定をされているクーラは、防衛システムがアチコチから狙撃をしてくる小型のビーム弾に、鬱陶しさを感じていた。

「ああもぅっ、いい加減にしろっ!」

 ハルキーの攻撃を避けた途端にお尻を撃たれたり、パンチを浴びせようとしたらホッペタを撃たれたり。

 最強生物としてはダメージにならない攻撃だけど、いちいちチクチク攻撃をされるのは、実にイライラさせられていた。

「このっ…もういっその事、ハルキーを引っ張って、宇宙船の外に…っ!」

 しかし、通路を破壊してアルトたちの逃走経路に支障が出るのも、困る。

 更に、金髪美少女が焦っているのは、無とも言える身体へのダメージではなく、お気に入りのセーラー服が、耐久性としてはごく普通でしかないから、ビームで穴が開けられている事にもあった。

「こ、このままでは…っ!」

 衣服が焼かれ、裸にされてしまう。

「ぐぅっふっふっふううううんんっ! 最強のぉっ、プリクトン人の女の裸あぁっ、ジッッッックリとぉっ、楽しませて貰うぜえええっ!」

 ハルキーは、最強同士の宿敵であるプリクトン人の少女の裸を、勝利の証みたいに楽しみとしている感じだ。

「イヤらしい男めっ! こうなったら…」

 ヌード覚悟で決着をするしかない。

 と思ったタイミングで、周囲からのビームがピタリと止む。

「な、なんだどうしたああっ!?」

「攻撃が止まった…?」

 クーラもキョロキョロしていたら、コハクからの艦内放送が届いた。

『クーラさん、聞こえますか?』

「おお、コハクか。って、まさかアルトに何かあったのかっ!?」

 と、お嫁さんとしての心配が先に出るクーラ。

『こちらは大丈夫です。それより、アルト様のご命令により、この宇宙船の防衛システムをハッキングいたしました。私たちへの敵認証は書き換えましたし、多少ですが色々と乗っ取りましたので、防衛システムに邪魔をされる事もなく、戦えます』

「そ、そうか! 感謝するぞ、コハクっ!」

 通信相手の女中ロイドに礼をすると、クーラはこれまでのイライラを発散させるように、自分の拳同士を打ち合わせながら、満面の笑みでハルキーへと歩み寄る。

「ふっふっふ…これで漸く、貴様とまともに、決着を付けられるなあ…っ!」

「むっふふうううううんっ! 通じないビーム攻撃などぉっ、最初っから期待などぉっ、しておらぬわあああっ!」

 あくまでビームは服脱がしだけだと言わんばかりに、ハルキーが巨拳を振りかざして、攻撃をしてきた。

「砕け散れえぃっ、ぬぁぁああああああっ!」

 前方の敵に安心して集中できるクーラは、全力でぶつかれる喜びの笑顔を輝かせて、力の応戦に出る。

「勝負っ! るぁぁぁああああああああああっ!」

 クーラの上半身ほどもある巨大なハルキーの拳を、標準的なサイズである金髪セーラー美少女の小さな拳が、ガシんっと正面で迎撃。

「ッヌガアアアアアアアアッ!」

 パンチの中では最も堅いと思われる、中指の付け根の出っ張った骨を砕かれて、ハルキーは絶叫。

「こ、こんなああっ!」

 力の勝負で打ち勝った金髪少女が、満面の笑みで勝利宣言をする。

「見たかっ! やはり宇宙最強種族はっ、私たちっ、プリクトン人なのだあああっ!」

 勝利を確信しながら、クーラはハルキーの顔面へと、全力の一撃とも言える両脚飛び蹴りを叩き込む。

 –っドヅウウウウウウウウンンっっ!

「っぶへあああああぁぁぁぁぁぁ…っ!」

 顔面を蹴り飛ばされた筋肉の巨人が、長い通路を凄い速さで、見えなくなるまで蹴り飛ばされた。

「ふぅ…正義は勝つっ! あはははは!」


 二人への邪魔を排除した頃。

 ブリッジでは、コハクがアルト救援へと向かう。

「システムはOK。アルト様、いまコハクがお助けに参ります! それっ!」

 主の命令を完遂した女中ロイドが、アルトの落とされた床の穴を再開させて飛び込んだ瞬間、穴から盛大な爆風が吹き出して、飛び込んだコハクが穴から放り出された。

「きゃわわっ–な、何が!? まさか、アルト様の御身に…っ!」

 と、昔のコントみたいな爆発ヘアになって全身が煤汚れて、正座で着地をした女中少女が困惑をしていたら、開いた穴からボロボロになった少年が這い出て来る。

「ごほっごほっ…コハク、穴を開けてくれて 助かったよ…状況は?」

「ア、アルト様ぁっ!」

 主の無事に、女中ロイドは思わず抱き着いて、喜びに涙する。

「わわっ–ぁあのっ、ぼ僕はっ、大丈夫だから…っ!」

 女の子の抱擁に全く慣れていない少年は、ただ焦って赤くなっていた。


                     ~第三十六話 終わり~

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