第三十四話 幹部の使命


 コハクのビームシールドで体当たりをしてみても、扉はほぼ傷つかなかった。

「頑丈でございます」

 ブリッジの扉の前で、アルトは自分のウッカリを思い返す。

「このアルティメット・ナンブは、精神反応銃でもあったんだ! あの赤いゴリラに驚いて忘れていたけど、意識を集中すれば…っ!」

 扉に銃を向けて、強く思う。

「この扉くらいっ、破壊出来る…っ!」

 と思った瞬間に引き金を引くと、小さいけれど強力な、眩い閃光のエネルギー弾が発射される。

 –ッッギュォォオオオオオオオンっ!

 大きな反動で発射されたエネルギーの塊が、頑丈な扉を凹ませながら融解をさせて、人ひとりが入れるくらいの穴が開けられた。

「お先に入ります」

 女中ロイドが素早くブリッジへと飛び込むと、間髪入れずに銃弾の雨あられ。

 ブリッジ要員たちも、銃撃の訓練は受けているのだろう。

 コハクがビームシールドで防御をしながら、背後の空間から転がり込んだアルトが、素早く迎撃隊を撃破してゆく。

「ハっ!」

 –ギュキュギュキュギュキュウウゥンンっ!

「ぐわっ!」

「ぅげぇっ!」

 コンソールを受け持っていた迎撃メンバーを、転がりながらの銃撃で全滅させると、急いでキャプテンシートへと銃を向ける。

 アルトの前に、コハクが盾となって立ち、ビームシールドを展開する防御を怠らなかった。

 対面した艦長は、通信で見た画像よりも、よりイノシシっぽく感じられる。

 きっと体臭のせいだろう。

「あなたが、シッシ・カバブーですね!」

「ああ…その通りだ」

 ブリッジの戦闘要員を全滅させた賞金稼ぎに銃を向けられて、シートに座ったまま追い詰められた格好なのに、悪の幹部には余裕がありそうだ。

 悪のメンツとして、そういう芝居なのかもしれないけれど。

「あなたに、訊きたい事があります!」

 アルトは、この男の言葉の中に、どうしても気になっていた事があった。

「あなたが僕を狙う理由は、火星のドン・マーズの落とし前…と言いましたよね?」

 強く見据える少年に、キャプテンシートのイノシシ男は、少し楽しそうに興味を持った様子。

「ああ、その通りだが?」

 上からの座席と態度で、少年を見据える。

「おかしいですよね。火星でコロニーを持っていたとはいえ、ドン・マーズはあなたの配下の一人にすぎません。それなのに、部下任せではなく、わざわざあなたご自身が仇討ちに出るなんて…むしろ、そんな派手な行動をする方が、あなたの威厳に傷が付くと思いますが…?」

 銀河の魔王を自称する組織の、八幹部の一人が、コロニー落としをしたとはいえただ一人の、しかもデビューしたての賞金稼ぎを直々に討ちに来ているのだ。

 メンツを重んじる裏世界の人物として、あまりにも不自然だろう。

「くくく…それで?」

 アルトの推測に、シッシ・カバブーは笑って耳を傾ける。

「ツバキやクーラが仲間である事も、あなたはさっき知ったばかりのようでした…つまり。僕を狙ってくる意思は、あなたではないのでは…?」

「では、誰がお前さんなんかを…狙っているって…?」

 アルトには、そう思える理由が、他にもあった。

「僕を殺そうとした三人組の殺し屋は、あなたが手下とかに命じて、その手下たちに雇われたのかもしれません。でも問題は、そんな事じゃない。どうして、僕を殺そうとしたのか…です!」

 タイムリープをした時に、神様みたいな存在が「犯人を捜すも探さないも良し」みたいな事を、言っていた。

 少年の推測に、悪の幹部は笑う。

「くく…ハッハッハ! アルトってぇのは偽名だろうが…いやいや、噂なんてぇアテにゃあならねぇなぁ。聞いてたよりも、よっぽど頭が回るじゃあねぇか!」

 本当に感心した様子だ。

 アルトが転生する前のこの身体の持ち主は、相当バカにされていたらしい。

 シッシ・カバブーはキャプテンシートから立ち上がりながら、ゆっくりと話す。

「たしかに、お前さん程度のガキを相手に、オレ様が出張る必要なんて…ま、無ぇんだけどなぁ。とか、さっきまでは思っていたさ」

 イノシシ男は、強い敵意の眼差しを向けてくる。

「だがお前…オレ様の船にも傷付けてくれてぇ、ついでにブリッジまで入り込みやがったよなぁ。部下たちも、随分と殺されちまったぁなぁあ!」

 怒りのボルテージを上げているらしいけれど、アルトの質問には答えていない。

「ちょっかいを出したのは、あなたですよねっ!」

 危険な雰囲気を感じながら、あらためて強く銃を握り込む。

「ああ…だからオレ様はぁ、お前さんを責めちゃあいないし、落とし前も、オレ様自身が付けてぇってぇ話だあっ!」

「! 生命反応が増大しています」

 女中ロイドが、敵幹部の生命力に異変をキャッチ。

 よく見ると、シッシ・カバブーの両眼が、まるで内部に炎を宿しているかの如く、赤く輝いていた。

「お前さんの推測通り、お前さんの殺しの命令を下されたのはぁ、宇宙の魔王ゼムバイト様に他ならねぇ!」

「魔王、ゼムバイト…!」

 銀河の魔王が、アルト抹殺を命令したらしい。

 なんで?

 地球の片隅で人生敗北してたっぽい少年を?

 わざわざ暗殺命令?

「なんで、銀河の魔王なんて人が、僕の命なんてっ!」

 まったく解らないし、記憶を探ってみても、当たり前だけど思い当る節が無い。

 少年の戸惑いを、イノシシ男は呆れたように理解したように、笑う。

「魔王様のお考えを、お前なんぞに理解できるわけ、ねぇだろうが。八本槍であるオレ様にだってぇ、魔王様の深淵なるお考えの、ほんの一欠けらでも思い当らんのだからなぁ…ククク」

 言葉から察するに、魔王を尊敬して付き従っている事は、想像できる。

「とにかくだぁ。お前を殺せという魔王様のご意思をぉ、オレ様が直々に実行しようってぇっ、ワケだああああああああっ!」

「生体反応、異常増大が続いています!」

 というコハクの報告を聞きながら、目の前で変化してゆくシッシ・カバブーの身体に、驚かされるアルト。

「な、なんか…身体が、大きくなってない…?」

 一応とはいえ人型だった悪の幹部の全身が肥大化をして、お腹あたりが更に前方へと膨らんでくる。

「な、なになになになにっ!?」

 増大してゆく生命力の気に圧倒されて、アルトはコハクに護られながら、ブリッジの扉へと後ずさる。

「どこにも逃がさねぇぜぇっ!」

 アルトちを視線で追いながら、シッシ・カバブーの脚が獣のように折れ曲がり、膨れたお腹からも獣脚が出現。

 更に、お腹の先端から牙が生えて、現れた邪眼が輝く。

「こ、これは…!」

「そぅだぁあ。これがオレ様のぉ、本当の姿だああっ!」

 宇宙船のブリッジで完成したのは、巨大なイノシシの腰の上に、筋骨隆々なマッチョイノシシ男の上半身が合体をしたような、半獣半人イノシシマンだった。

 ケンタウロスとかを想像させるこの怪物は、本体のイノシシが毛深くて、しかも。

「うわっ、獣臭いっ!」

 思わず鼻を抓んでしまう程の、獣臭だった。

「どおだああっ、臭いだろおおおっ! オレ様のイノシシ臭はぁっ、どんな屈強な賞金稼ぎでもガマン出来ない程らしいぃっ、からなああっ!」

 ズシンっと、筋肉溢れる前脚を踏み出す、イノシシ男。

 その腕力とか強引さだけでなく、匂いも暴力的だった。

「コロニー落としのアルトおおっ! 今ここがぁっ、お前の墓場だあああっ!」

 イノシシ男が突撃をしてきた。


                    ~第三十四話 終わり~

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