第二十八話 ツバキの闘い
「斬れぬかどうか…試してみなければわかりません…!」
一歩も引かない剣戟少女の闘志を、セーラー服少女も認めた様子。
「いいだろう。なら、戦いの場所を選ぼう。この街の北側に、広い公園があると聞く。そこなら、誰にも迷惑は掛かるまい。ついて来るがいい」
と言って、朱いマントを翻して、先を歩くクーラ。
「あの~…そちらは 東方向ですが…」
と教えるコハク。
「えっ–あ、ああ、すまない。間違えた。こっちだ」
「そっちは西ですよ」
「あわわっ–し、失礼した! えっと…北の公園は…っ!」
方向音痴であり、しかも間違いをとっさに謝罪する金髪美女を、アルトは何だか敵認定し辛く想う。
「あ、それじゃあ 僕が先に行きますから。みんな、付いてきてー」
「は~い♪ アルト様♡」
「承知しました」
「す、すまない…」
そんな感じで、これから勝負をする空気も感じさせず、四人は北側の公園へと向かった。
コハクが道中で、気になった事をクーラに訊ねる。
「失礼ですが、随分と方向は苦手のご様子ですね」
問われた金髪賞金稼ぎは、素直に認めた。
「う、うむ…。たとえば宇宙空間などであれば、目的地は針の穴のように極めて一方向なので、特に迷う事もないのだが…地上ではな…」
最強生物であるプリクトン人の中に於いて、クーラはかなりの方向音痴らしい。
宇宙を俯瞰的に見る分には方向音痴でない分、地上の感覚は小さな生物が大きな地図の上を歩いているような感じらしい。
「つまり、僕たちが百倍スケールの地図の上で目的地に向かう…みたいな感じですか?」
「っそうそうっ、そんな感じだっ! アルト貴様、例えが上手いなぁっ–んんっ、そ、そのような甘言で、この私から逃れられるなどと、思うなよっ!」
喜んだり怒ったり、忙しいセーラー金髪少女だ。
到着した公園は、柵に囲まれて広いだけで特に公園らしい遊具もない、ただの草原という感じ。
数脚のベンチはあるものの、地元らしい子供たちが、適当に地面を掘って遊んだりしていた。
アルトたちと距離を取って、対峙するクーラである。
「さて、決闘の場に到着したな…。ああ、案内、ありがとう」
腕組みをして勝負宣言をした直後に、思い出したように綺麗な礼。
「…本当に、この人と戦うのかなぁ…?」
このままホノボノと、談笑でもして終わりたい。
そう思っているのはアルトとコハクだけで、一歩前に出たツバキは、殺意まんまんのイカれた眼光で、金髪少女を睨みつけていた。
「アルト、下がっていてください。これは侍としてぇ、避けられないっ、死闘っ、なのですぅ…ふひひひ」
とりあえず侍に謝った方が良いという感じに笑いながら、ツバキは腰を落として、刀に手を添える。
「…ツバキとやら、恨みっこは無しだ」
闘いを決意するクーラは、しかし特に身構える事もなく腕組みをしたまま、侍巫女を見据えていた。
草原に風が吹いて、赤いマントと黒い長髪が、激しく靡く。
決して油断はしていない最強少女と、殺意の気合が高まる侍巫女。
「…参るっ!」
「受けようっ!」
ツバキが素早く駆け出すと、クーラは両腕を開いて、受けと見られる姿勢を取った。
数舜と待たず、ツバキがクーラに急接近。
「ィヤアっ!」
すれ違う瞬間、目にも留まらぬツバキの抜刀が、クーラの腿を僅かに掠める。
ある意味、威嚇のような鋭い刃は、最強生物の腿の表面肌を浅く窪ませながら超高速で撫でただけで、白い肌には傷一つとして付いていなかった。
「くく…っ!」
腿を攻撃されて無傷のクーラが、しかし苦痛を感じたのかと思ったら、なんだかくすぐったさを堪えている感じ。
「…くすぐったいの?」
アルトの問いに、コハクが推論。
「傷にならなかった程度の撫で方、という感触なのだと演算されます。ですので仰る通り、くすぐったかったのではないでしょうか」
無敵生物にとっては、鋼鉄を断絶する鋭い抜刀も、痛みですらない。
という事か。
手応えを得られなかったツバキが、振り返って再度、刀を構える。
「なるほど…確かに、銀河最強のプリクトン人。今度は本気で恨みっこ無しの、断絶でえぇぇぇぇっすっ!」
「おうさっ!」
真剣勝負なのは解るけど、いかんせんツバキの口調と目が、完全に人斬りのアブナい感じだ。
「むしろクーラを応援しそうだ…」
再び対峙する二人。
剣戟少女は、金髪少女へと、再度のアタック。
「ハァァアアっ!」
「来いっ!」
二人ともノリノリな感じに燃える。
「桑畑流抜刀術奥義っ、斬っ!」
「おおっ、奥義とか、恰好良いっ!」
流派の必殺技を放つツバキの刃が、クーラの胴体を真横に走る。
–っっシュっっ!
空気を切り裂く気合の居合いが、セーラー少女のお腹を撫でた。
「くふぅ…っ!」
苦痛ではなく、やはり、くすぐったいらしい。
金髪少女は緊張感の薄れる笑いを必死に堪え、最強の刃を跳ね返し続けていた。
クーラの傍らを通り過ぎたツバキが、自分の日本刀を見て、驚かされる。
「こ、このような…っ!」
見ると、鋭い刃は強力な圧力で撫でられたかのように、刃の部分が滑らかに、潰れているというか削られているというか。
最強生物の肌を撫でた影響で、相手を斬るよりも刃が潰されてしまったのだろう。
ガクりと膝をつくツバキ。
勝負は決した。
「負けました…っ!」
跪いて、自らの刀を手に震えている、侍巫女。
「ツバキ…」
かける言葉も見つからない少年だ。
「この私に斬れぬ者…ふふ、ふふふふふ…」
暗い笑いは、敗北の悔しさとは違う感じだと、アルトは直感する。
「噂のプリクトン人の異様っぷり、確かに堪能しました! ぁあの、プリクトン人を斬れるくらい、私が強くなればぁっ、まさにその時こそっ、我が刃に斬れぬ物なしですうぅぅぁぁああああああっ!」
敗北に涙しながら、人斬りとしての高みが見えて、泣き笑っている複雑なツバキである。
「うわぁ…」
気持ちを察しようとした自分が愚かしい。
ツバキは刀を鞘に納めると、勝負の心得らしく、クーラに向かって一礼をする。
「ありがとう御座いました。またいずれ、勝負を挑みます」
「こちらこそだ」
爽やかな感じの空気になって、アルトはチャンスと感じる。
「いやぁ~、二人とも、怪我とかなくて良かったよね。さぁさ、お互いの健闘を称え合う意味でもさ、そろそろお昼だし、みんなでランチでも–」
「「何を言っているのだ?」ですか?」
「え…」
なんかツバキとクーラの息が合って、アルトの提案に反意を示している。
「私は貴様を捕らえる為に来たのだ! ツバキとの勝負も決した以上、あとは貴様とコハクを、銀河警察まで引っ立てるだけだ!」
ビシっと指さすクーラ。
「アルト、某は敗北しました。今の某に出来る事と言えば、某の命を捨ててもあなたを護れと命令を受けぬかぎり、このまま、共に銀河警察へ突き出されるのみです」
「えぇ~…」
なぜマイナス方向で共鳴しているのか。
「と、とにかくクーラ、僕を捕らえる前に、話だけでも–」
「悪党の言い訳など、ドブのヘドロよりも価値はない!」
「ド、ドブですか」
冷たい視線のクーラだ。
ツバキも、アルトの命令を待っているようなコハクをチラと見つつ、思う。
「アルト…某の命の恩人が、たとえ宇宙船の端末とはいえ少女を盾にして逃走するような、そのような卑劣な振る舞いをしたとあっては、某の生き恥…。ならば、この場で斬りますっ…ふひひひ」
侍の矜持を惜しげもなく口にする人斬りだ。
アルトは予想外の状況で、追い詰められてしまう。
「うぐぐ…よぅし、解った!」
少年は、決意をする。
「クーラ、僕はお前に、勝負を申し込むっ!」
「…ほほぉ」
アルトの宣言に、クーラは少しだけ、見直したという笑顔を見せた。
「言っては何だが…一味の中で、貴様が最も弱いと解る…。それでも、この私と戦うのか?」
「そうだ…っ!」
「ア、アルト様…!」
主の身を案じる女中少女に、少年は応える。
「どのみちクーラに勝てなければ、銀河警察に引き渡されて、僕は遺伝子的に極刑だからね…。大丈夫。僕は、負けない!」
その瞳は、危険に飛び込む少年らしいドキドキと僅かに見つけた勝算で、輝いていた。
~第二十八話 終わり~
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