第二十六話 追跡者

 アルトたちの一件は、すでに土星のギルドでも、ちょっとした話題となっていた。

「見ろよ。あのドン・マーズを討ち取った、賞金稼ぎだぜ!」

「マジか! あんな若造がなぁ!」

(なんか、ちょっと注目されてる…?)

 賞金首でもあるし、性格的にも目立ちたくないアルトだけど、強者と認識される事は、少年心として嬉しかったり。

 自然と顔がニヤニヤして、ハっと気づいて油断のない男みたいな表情を気取ったりしている。

「アルト、ニヤニヤと締まらない顔で、どうかしたのですか?」

「ハっ–いやいや、何でもないよぉ」

 女の子二人に護られている実態も、逆に女の子を従えているような、勇者な気分である。

 ギルドに出入りしている男たちが、アルトの事をどんなふうに話しているのか、ちょっと気になり、密かに聞き耳を立ててみたら。

「あんなの討ち取るために、火星にコロニー落としたんだろ?」

「無謀っちゅーか、アホみたいだよなー」

「それでわざわざ 自分の懸賞金を吊り上げちまうとか、自縄自縛もいいトコだよなー」

「……はぁ…」

 畏怖どころか同情に等しい男たちの評判を聞いて、少年はガックりと肩を落とした。


 火星のギルドで、クーラは一悶着を起こしていた。

「なぜだっ? 私は、コロニーを落下させた凶悪極まりない犯罪者を捕らえようというのだぞっ!」

 窓口で、男性の係官へと詰め寄る金髪セーラー少女。

 周りの男たちに対して正体を隠す為なのか、目元はパーティーマスクで隠されてはいた。

「で、ですから…私たちに犯罪者の位置情報など、わかりませんし…。仮に知っていたとしても、賞金稼ぎである以上 個人情報ですので、本人の許可なしに開示はできません…っ!」

 ギルドに加入している人間でも、賞金稼ぎであり賞金首である者は、珍しくない。

 悪人であれ悪人を退治してくれるなら御の字だし、悪人同士で潰し合ってくれれば尚良しというのは、行政側の本音でもある。

 なので、ギルドに賞金稼ぎとして登録をして、ある程度の手柄を立てた賞金首は特に、色々な思惑で個人情報が保護されるという事例でもあった。

「私はっ、賞金もいらぬと言っているのにっ! ただ、コロニーを落下させたあの大罪人アルトをっ、許せないだけだっ!」

 クーラがたまたま火星の近くを通りかかった際の事件だけど、正義の少女としては、見過ごせない。

「わ、わかりますが…これも、規則ですので…」

「ぐぬぬ…なんという、犯罪者保護制度なのだ…っ!」

 イノシシのような性格なのか、思い込んだらソコしか見えないセーラーマントの少女である。

「こうなったら、誰か情報屋でも紹介してくっ–」

 と係官に申し出たタイミングで、クーラ他ギルドに集まっている賞金稼ぎたちの免許から、コミュニケーション情報が立体映像が映し出された。

『ドン・マーズを討ち取ったコロニー落としのアルト見た。まだガキみたいだけど女の子二人をはべらかせて結構な金額を手にしてる。羨ましい! 高評価ヨロシク☆』

「何っ–場所は…土星のステーションだとっ!」

 土星のギルドにいた賞金稼ぎ兼ネット職人の誰かが、太陽系内で密かな話題となっているアルトを見て、閲覧数稼ぎの拡散をしたらしい。

 映し出された映像には、ギルドの片隅で賞金を分けているアルトたちの後ろ姿が。

「見つけたぞっ! コロニー落としのアルト一味めっ!」

 正義の瞳を怒りに燃やし、クーラは急いでギルドを飛び出した。

 火星の大地から空を見上げると、予備動作もなく超高速で、成層圏へと飛び上がる。

「ハっ!」

 –ドンっ!

 と、標準的なプロポーションの少女からは想像できないほど、空気が振動。

 クーラは十秒と待たずに火星軌道まで飛翔をすると、土星に向かって進路を変更する。

「待っていろ、大罪人アルト! 今この私、正義のクーラが、お前を捕らえて銀河警察に突き出してやるぞっ!」

 セーラーマントのポニテ少女は、まるで航宙ロケットのような超高速で、光の軌跡を残しながら土星へと飛び去った。


 土星のステーションで賞金を受け取ったアルトたちは、そのまま土星の衛星まで下りて、必要な食料や日用雑貨を買いに出る。

 衛星の街は、火星よりは発展しているけれど、どこかイナカというか、あか抜けない感じがある。

 町全体はビルも少なく、二階建てな建築物が多いのも、その要因だろう。

 重力制御は行き届いてるから、上空に大きな土星が見えていても、その引力に引かれる事は無かった。

 特にギルドとか関係のないイナカっぽい街を歩きながら、しかし賞金首のアルトを訴える人など、誰もいないないっぽい。

 生前の少年の感覚では、街で指名手配犯や不審な人物を見かけたら、警察に通報するのが当たり前であったけれど。

「…なんで、僕たちは平気で歩けるの?」

 こういう事は、裏社会にいたツバキに訊くのが一番だろうと思い、訊ねてみる。

「平たく言えば、みな関わりたくないのです」

「?」

 賞金首になる輩など、知人でもない限り、信用できなくて当たり前なのだろう。

 しかも賞金首の中には、通報されて捕らえに来た警察官を排除して仕返しに来るという、ガラの悪いのもいるらしい。

「賞金首は賞金首で、銀河警察と騒ぎを起こしても 良い事など一つもありません。なので街中では大人しく、一般の方々には迷惑などかけず、黙って買い物などを済ませるのが、賢い賞金稼ぎや賞金首なのです」

「へぇ…悪党どもめぇ! みたいなワケでもないんだなぁ」

 犯罪者の相手は犯罪者がする。

 その為の賞金制度。

 警察の主な目的は、あくまで一般人の安全を護る事であり、力での解決は最後の手段。

 警察でも手に負えない事件には、各惑星の軍隊や、更には銀河最強の惑星連合が行動をする。

「まあ、大体ですが、そのような流れのようです」

 アルトの生前の時代とは感覚が違うたけで、この時代にはこの時代なりに、バランスが取れているのだ。

「なるほど。なら買い物程度は、安心して出来るワケだ」

 ちょっとホっとした。

 歩きながら、ツバキとコハクがアルトを路地裏へと、さり気なく誘導。

 そして。

「ですがその分、自分たちの身は自分たちで護らなければ…フンっ!」

 裂帛の気合で、ツバキは背後に刀を振るう。

「ッギャアアアアッ!」

 デカい悲鳴を上げて、後ろの男が一刀両断されていた。

「ひぃっ–な、なになになにっ?」

 動揺するアルトに、ツバキは冷静なまま刀を鞘へと納めつつ、答える。

「ギルドから、ずっと付けて来ていた男です。おおかた、アルトを討って名を上げようとでも考えた、駆け出しの賞金稼ぎでしょう」

 真っ二つに斬られた異星の男は、賞金稼ぎの免許を持っていて、既に中型の銃を抜いていた。

 どうやら後を付けて、どこかのタイミングで、背後からアルトを射殺しようとしていたらしい。

「ぼ、僕はっ、狙われていたのっ?」

「アルト様、この賞金稼ぎを、免許でご照会ください」

 答えを知っているけどアルトに解かせる。

 みたいな笑顔で、コハクが薦めてくる。

「? う、うん。えっと…」

 免許からの立体映像のフレームに、襲撃者の顔を重ねると、男の情報が開示された。

「なになに…名前はゴルダー。ドリマス星人の男性…犯罪歴は無し…」

「つまり、まさに単なる駆け出し賞金稼ぎ…という事ですね」

「これでは、アルト様の経歴には 特別な役には立たないですね」

 まだ心臓がドキドキしているアルトに比して、女子二人は買い物ついでのウィンドウ観察。くらいな感じ。

「えっと…殺しちゃったけど、いいの?」

 大体のシステムは理解しているけれど、やっぱり気になったので、訊いてみた。

「賞金首も賞金稼ぎも、全ては自己責任です。誰かの命を狙う以上、自分の命も狙われる…。それは、この男も理解している事でしょう」

 とりあえずギルドに報告はしたので、亡骸はギルド経由で警察が引き取りに来るだろう。

 賞金稼ぎが命を落としても、街の人たちは、ほぼ動じていない。

「………南無…」

 宇宙時代では当たり前の日常なのだろうけれど、アルトはそれでも、自分の命を狙って来た知らない男の、冥福を祈る。

「………」

「………」

 女中少女も用心棒も、主に倣って手を合わせた。


 その頃、土星の上空に、金髪と赤マントを靡かせたセーラー服の少女が、周回している衛星を見つめていた。

「宇宙ステーションにはいなかったようだし、きっとこの衛星のどこかに隠れているのだなっ、大罪人アルトっ!」

 クーラの瞳は、正義に燃えていた。


                    ~第二十六話 終わり~

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