第二十四話 乙女心と武士の魂


 中型の航宙船としては、大きな浴室スペースらしい。

「とりあえず、ツバキが先に、シャワー浴びてよ」

「某は、アルトの後でも…」

「ま、僕は銃の手入れとか したいから」

 そう言い残して、アルトは小判丸の自室へと向かう。

 銃のお手入れと聞いて、女中少女が僅かに不機嫌になるのを、ツバキは悟った。

「それでは、お言葉に甘えまして…」

 脱衣室で巫女服を脱いで、壁に設置されているクリーニングマシンへと収める。

 下着姿のツバキは、大きな双乳を純白のサラシで締め付けて隠していた。

 いわゆるショーツに該当する白い布は極めて小さく、左右は細い紐で、中心部分はハイレグ&ローライズという、女子フンドシ。

 丸いお尻はほぼ剥き出しなTバックで、フロントはギリギリで隠れている感じ。

 これが、桑畑流抜刀術・女型の正式道着である。

 下着類も脱いでクリーラングマシンに収めると、油断する事なく刀を携えたまま、シャワールームへ。

 長く艶々な黒髪をサラりと流し、美童顔に小柄な身体に、爆乳と括れと巨尻という、アンバランスギリギリだけど超絶的に魅惑的な抜刀ボディーだ。

 暖かいシャワーを頭から浴びて、ツバキは脱出戦の疲れを洗い流した。

「……ふぅ」

 全身を石鹸で洗いながら、死合いの事も思い出す。

「あの、アルトという男…予想以上の使い手と見ました」

 ツバキは、幼少の頃からの鍛錬と、武者修行を始めたばかりの実戦で刀を避けられた事はあったけれど、それ以外では一刀のもとに伏してきた。

「私の刀が、二手三手と避けられるなんて…」

 それは、抜刀者にとって敗北に等しい。

「しかも某は…アルトに、命まで救われて…」

 あの脱出の際、本来であれば死合いに敗北したと言える自分は、宇宙の塵と化していても、おかしくない。

 むしろこうして、死合いの勝利者に助けられて生きているなど、生き恥に他ならない。

 本家の現当主である母に知れたら、きっと切腹を命じられて、当たり前だ。

 ついでに、脱出の際、必死なアルトの手で押されたのは、背中ではなくお尻だった。

「あの男…!」

 思い出すとムカムカするものの「もしアルトが短刀でも隠していたら、私は背後から刺殺されていた」とも考えてしまう、サムライ脳だ。

「……私は…」

 魅惑的な肢体に湯を浴びせながら、ツバキは己と己の心について、考えさせられていた。


 アルトの部屋では、少年自身の手で、アルティメット・ナンブの手入れが行われている。

「えっと…ここのバネの調子を確かめて…」

 ツバキがシャワーから上がったらコハクが呼んでくれるから、それまでは小判丸のメモリーにあった銃の設計図などを参考に、自分で手入れが出来るように訓練をしていた。

 抜刀少女をアルトの繁殖相手と認識していながら嬉しそうなコハクなのに、銃の手入れを始めると言ったらやや不機嫌になった事に、アルトは気づいていない。

 艦内通信で、女中少女から報告が届いた。

『アルト様、ツバキ様が シャワーを終えられました』

「あぁ ありがと」

 バネの調子に問題もなく、アルトはアルティメット・ナンブの木製グリップをネジ留めすると、シャワーを浴びて、食堂へと向かった。


 小判丸の食堂は、乗組員だけで一杯になるくらいの広さで、六人ほどが座れるテーブル席と、コハクが使用するキッチンが完備されている。

 食堂に入ると、洗濯された巫女服を纏ったツバキと、女中さんの本領発揮みたいに割烹着姿のコハクが待っていた。

「おお~、良い匂いがする~!」

 艦内時間的に夕食で、炊き立てのご飯とみそ汁と肉じゃがなど。和風料理が美味しそうに湯気を立てて、並べられている。

「アルト様、こちらでございます」

 上座に座らされたアルトの正面席に、ツバキが座る。

「今、ご飯をよそいますね♪」

 アルトとツバキの茶碗に、白くてホカホカな炊き立てご飯が盛られた。

「おお~、宇宙でお米が食べられるなんて!」

「? アルトには、珍しいのですか?」

「ああ、いやまぁ…あはは」

 昔の人間の転移だとか、遺伝子違反の可能性とか考えると、ウッカリでもバラせない気がする。

「それでは、お召し上がりください」

「「戴きます」」

 二人でご飯を頂く。

「んふ~っ、ご飯、美味しい~っ!」

「このお味噌汁も、絶品です!」

「えへ~、ありがとうございます~♡」

 料理を褒められて、調理をしたマシンとしては嬉しいらしい。

 傍らに立つ女中少女に、アルトはフと気づく。

「あれ? コハクは食べないの?」

「私は、暗黒物質を取り込んで駆動しておりますので、食事は必要と致しません。アルト様が食事をしろとご命令をされれば、食事機能は使用可能ですが…」

「なら、一緒に食べようよ。火星でも話したけど、食事はみんなで食べる事! これからもずっとね!」

 そう命じられたコハクは、嬉しそうな笑顔を輝かせる。

「はい。アルト様の御命令とあれば」

 という感じで、三人の食卓で夕食を戴いた。

 食後の緑茶を戴きながら、アルトは尋ねる。

「ツバキは、これからどうするの?」

 もし目的の星とかあるなら、送ってあげよう。

 とか考えていたら、アルトにとっては予想外な返答があった。

「某は、コロニーの落下よりアルトに助けられた命…。この命は、もはやアルトの為にあると言っても、過言ではありません」

「? つまり…?」

「某は、アルトの用心棒として、この命を費やす覚悟です」

「え…ええっ?」

 命の恩義は命で返す。

 それが、ツバキのサムライ魂らしい。

「い、いやそんなっ…恩とか感じなくていいっていうか。そもそも僕も、ドン・マーズの一撃とか その後の脱出の時に助けられてるしっ!」

 コハクみたいに宇宙船の端末だと解っている女の子なら、まだなんとなく平気を装えるけれど、ツバキは人間の女の子だ。

 これからメンバーとして一緒に過ごすとか、恥ずかしい。

 という主の気持ちを察する様子も無く、女中少女が進言をする。

「ですがアルト様、脱出の際の戦闘という意味では、アルト様もツバキ様を援護されてますし、いわゆるお互い様なのでは?」

「そういう事はシーっ!」

 ツバキは、媚顔をやや俯かせて、静かに話す。

「アルトが某を従えない…某を自由にすると言うのでしたら…某はもう一つの選択肢を選ぶしか、なくなりましょう」

「もう一つの選択肢?」

「はい」

 言いながら立ち上がると、ツバキは日本刀を腰に携える。

「今すぐこの場で、死合いの続きを…。某はまだ、あの決着が着いたなどと、考えてはおりませぬ…っ!」

 裂帛の気合でアルトを見据える、サムライ巫女。

 その視線には、抜刀者の覚悟と同時に、何か危険極まりない欲求みたいなモノが、不気味に輝いている。

「それに…某はアルトに、お尻も触られてしまっております…」

 その責任も取らせると言わんばかりだ。

「ひぃ…っ!」

 アルトの背筋が、強者と対峙した時とは違う感じでも、ゾクっと冷える。

 死合いの時は、部屋の広さもあってツバキの刀を避けられたけれど、この船の中では、絶対に無理だと本能で解る。

(だ、だからって…)

 あの脱出戦を思い出すに、どこか広い場所で戦って勝てるとも、思えない。

 それになにより、アルト自身がツバキを撃ち殺すなんて、想像もしたくなかった。

「ま、待って! わ解ったっ! 無自覚とは、いえお尻を触った事は謝るよっ! それとっ、ツバキにはそのっ、僕の用心棒というかっ、仲間になって貰うからっ!」

 と、命乞いをする雇い主。

 アルトの決定に、ツバキは闘気を収めて、あらためてアルトの前に正座をする。

「承知いたしました。某、桑畑椿は、アルトの用心棒として、この命を捧げます」

 その表情には、真面目な侍の意思が、ハッキリと輝いていた。

「は、はい…よろしく…お願いいたします…」

 アルトの仲間として、侍巫女のツバキが加わった。

「それではアルト様、ツバキ様、こういう時は乾杯です♪」

 穏便に主の下僕が増えた事が、コハクには嬉しいらしい。

 三人は湯飲みを手に、コハクが音頭。

「それでは、アルト様の用心棒兼繁殖相手の加入に、カンパイです!」

「やはり、某は繁殖相手なのですか」

「だからそっちはっ–っ!」

「カンパーイ♪」

 三つの湯飲みがケンっと鳴った。

「ところで、アルト様」

「ん?」

 穏やかな女中少女の笑顔が、あきらかな心配で曇る。

「…右の肩の具合は、如何ですか?」

「え、ああ。もうすっかり大丈夫だよ。痛みもないし、傷口も完璧に塞がってるし」

 という主の言葉に対しても、コハクはまだ安心していない様子だ。

「ご主人様にお怪我をさせてしまって…コハクは何もできないダメ女中です…っ!」

 主を負傷させてしまった事に、切ない悲しみの女中ロイド。

「そっ、そんな事ないからっ!」

「やはりコハクが護衛を務めるベキでしたあぁっ! アルト様ああっ!」

「あわわっ–つっ、次から気を付けるからっ! っていうか、コハクはベストなタイミングで救出に来てくれたじゃないか! ねえ!」

 と慰める主の背中に抱き付いて、主人の無事に安堵するコハク。

 主想いの感情を隠さない端末少女に、ツバキは微笑ましい暖かさを感じた。


                    ~第二十四話 終わり~

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