第二十三話 無機物の視点では


「アルト様~っ! お怪我は~っ!」

 ブリッジの天面からせり上がって出て来た女中少女が、背後から迫るドロイド軍団をネコ型航宙船の破壊光線でピンポイントに撃破しながら、航宙船の前部ハッチをオープン。

「ありがとうコハクっ! さ、ツバキもっ!」

 サムライ少女を招くも、少女はハッチの前で立ち留まり、黙って俯く。

「? 早くっ!」

 急かす少年に、ツバキは静かに自論を述べた。

「あのような形になったとはいえ、某とあなたは死合う関係…。あなたに命を助けて戴く理由はありません。またあなたも、某を助ける理由など–」

「いいから早くっ!」

「あわわっ–ひやあっ!」

 ツバキが述べる理由を聞いているヒマはなさそうで、アルトは黒髪少女を炎から護るように、バックのファイヤーを気にしつつ小さな背中を押して、航宙船へと走り込んだ。

 ハッチが閉じられて、二人の身は確実に確保される。

「アっ、アルトあなたっ、私の–っ!」

「コハクっ、出してっ!」

『了解しました。脱出を開始いたします』

 何やらの抗議を遮るように、艦内スピーカーで告げられた直後、接岸していた船が振動をして、急発進でコロニーから脱出。

 ウィンドウの外が僅かに赤く光っていて、既にコロニーが大気圏突入を開始していると解った。

「うわ~、危なかったなぁ!」

 心の底からホっとしていると、ブリッジからコハクが駆けてくる。

「アルト様~っ! ハグぅっ!」

 言いながら、嬉しそうに主へと抱き着く女中の少女。

「うわわっ、むぐ…コハク…っ!」

 女優の柔らかい胸に顔を埋められ、そんな初の体験に戸惑い、アルトはパニックになりながらも状況確認を急いだ。

「コ、コロニーはっ、どうなったのっ?」

 主の質問に、女中少女は安堵の笑顔で冷静に告げる。

「はい。現在、火星の地表に向かって落下中です。このままですと、一分と十二秒後には火星の大陸に落着。数百人から千人以内の規模での人災が発生すると予測されます」

「っ大変だ~っ!」

 聞かされると、甚大事故と言えるレベルだ。

「なっ、なんとか軌道を逸らすとかっ、出来ないっ!?」

「ハッキリと申しあげますが無理です。小判丸の攻撃能力を以てしても、コロニーの破壊に追い付かないか、あるいは火星表面により甚大な被害を発生させてしまうかの二択となります」

 何やら物騒な試算も出たけど、とにかく、コロニー落下は食い止められないし、大変な被害が出てしまう事は確定らしい。

「そ、そんな…」

 これでは大虐殺の犯罪者である。

 と考えて、顔面蒼白で現実逃避。

「あ、でもアレかな…落下地点の住人たちが、みんな極悪犯罪者とか…」

 そんな残念な想像も、さり気なく自らのお尻を押さえつつ少年をジロと睨むサムライ巫女によって、冷徹に真っ二つ。

「動揺しているのは理解しますが、あまりにもあり得ない希望ですね」

 つまり、大虐殺確定。

 ついでに。

「コロニーには、大気圏突入や軌道上からの落下にも耐えるブラックボックスが設置されてあります。きっと、ドン・マーズや某たちのヤリトリも記録されているでしょう。少なくとも、コロニー落下に関わる原因の一つとしては、考慮されてしまうと思われましょう」

「えええ…」

 それでも。

「で、でもさ…ああ、そもそも一人や二人が暴れたくらいで、コロニー…落下なんて、しないでしょ?」

 新たなる希望観測は、女中少女の計算能力で全否定。

「違法船との戦闘の際に、戦闘用ドローンを通じてコロニーのコンピューターをハッキングいたしましたが、コロニー落下の決定的な原因は、アルト様が使用した爆弾にあると推測されます。落下したコロニーから火星の防衛軍が原因を究明しますでしょうし、アルト様は火星に置いて、コロニー墜落のテロリストに認定される可能性が、九八%と推察されます」

「マジですか…」

 と言っている間に、コロニーは赤い星へ墜落をしてしまった。

 コロニー本体というよりも、大質量の落下による衝撃波が、煙と炎を撒き散らす。

 火星の表面に落着をして、爆発を起こしたコロニーの墜落痕を見ながら、アルトは肩を落とした。

 そんな少年に、抜刀少女が追い打ちをかける。

「コロニー墜落は、コロニー内での毒ガス使用と並ぶ最悪のテロ行為ですから、あなたは賞金首として大出世…と見て良いでしょう」

「嬉しくない~っ!」

 生前は警察官を目指していた正義の少年が、時空転移した未来世界ではコニー墜落の最悪テロリスト。

 落ち込む少年に、サムライ少女は考える。

「そうですね…『コロニー落としのアルト』とか、どうでしょう?」

「? なにそれ」

「あなたの通り名です。とても強そうですし、世の悪党たちも一目置くでしょう」

「えええ…?」

 人的被害については、みんなあまり考慮していない。

 染み出した記憶でも、この未来世界での命の軽さは、生前の時代とは全くと言っていい程、違うのだ。

 困惑する少年に、ツバキは語る。

「裏社会は、常に危険が付きまといます。普通の悪党から身の程知らずの小悪党まで、鬱陶しい相手も寄ってくる事が日常茶飯事ですし…通り名はハッタリが利くような名前のほうが、宜しいですよ」

「うぅ…ちなみに、ツバキは…?」

 脱出の際に名前で呼んでしまった影響なのか、今さら名字呼びとかさん付けも、恥ずかしい気がした。

「某ですか? 某の通り名は…やはり誰かが呼び始めたのですが…こほん『人斬りツバキ』です」

少し恥ずかしそうに、少女自らの通り名を紹介。

「人斬りツバキ…なんか古風だね」

「ですね…しかし、我が桑畑流抜刀術の後継者候補としては、なかなか悪くない通り名だと感じております」

 嬉しそうに日本刀へと頬すりをする、愛らしい人斬り。

「通り名かぁ…せめて『悪党屠り』~とかなら、まだ格好良いけどなぁ…」

 ブツクサ言う主に、女中少女は気分転換を促す。

「それよりアルト様、お召し物がボロボロです…って、み、右の肩にっ、銃撃の傷がっ!」

 主の負傷に、コハクはショックを受けたらしい。

「あ、その…ゴメン。でもホラ、緊急スプレーのおかげで、もう傷も塞がってるし。ああそうだ、ツバキがさ、傷の手当てもしてくれたんだ!」

「ツバキ様が…」

 女中少女は、主の気遣いに涙を堪え、サムライ巫女へと頭を垂れる。

「主の命をお救い下さり、感謝いたします…。コハクが至らないばかりに、アルト様のみならず、ツバキ様にまでご迷惑を…」

 シュンと落ち込む女中少女だ。

「ぃいやいやっ、コハクの忠告があったからこそ、僕はボスのところまで辿り着けたんだしっ、生き残れたんだしっ! 怪我は僕のドジだしっ、むしろ優秀メイドなコハクと剣豪ツバキには、感謝してもっ、し足りないくらいだよっ!」 

「アルト様…!」

「剣豪…」

 少年の必死な慰めと本音は、少女たちに届いた様子。

 コハクは涙を拭いて、二人に休息を勧めた。

「それでは、アルト様の新しいお召し物とお食事を、ご用意いたします」

「ホ…」

「その間に、シャワーでお体とお気持ちをお休め戴き、サッパリされてはいかがでしょう。ツバキ様も、ぜひ」

 女中のご機嫌と提案に、ホっとしてから、気づく。

「そうだね…って、ツバキもっ!?」

 言われて、抜刀少女もキョトンとしている。

 驚く少年に、女中少女は、解ったうえでの「?」媚顔。

「はい。船内シャワーは浴室レベルで広く造られておりますし、お二人で使用されても、何の不自由も御座いませんが…」

「某も一緒なのですか? そうなのですか…っ!」

 何やら、決意と共に納得している様子のツバキ。

「いやいやいやいやちょっと待ってっ! ツバキもシャワーを浴びるのはともかく、なんで一緒っ!?

 恥ずかしがる少年の質問に、女中少女は、当たり前の認識で答える。

「はい? ツバキ様をお助けしたのは、アルト様のボディーガードを兼ねた繁殖相手として、ではないのですか?」

「繁殖相手…」

 言われて、剣戟少女は耳まで真っ赤に染まる。

「そっ、そんな事っ、考えて連れて来たワケじゃないよっ! ただあのままっ、見捨てて逃げるなんてっ、出来ないしっ!」

「そうなんですか?」

「そうなのですか?」

 女中少女もサムライ巫女も、アルトの認識が理解できていないらしい。

 これも、時代の波なのだろうか。

「それにっ、あの場でそんな意味の助け方とかしたらっ、弱味に付け込んだみたいでっ、あり得ないでしょっ!」

「そうですか? 生物の繁殖理由としては、特に異質ではないと考察されますが…」

「いやこの時代の常識とかっ、知らないけどっ! とにかく僕は、ツバキの意思を尊重しますからっ!」

「わかりました。それでは、とにかくお二人をシャワー室へご案内いします」

「うん…って言うか、この船 そんな設備もあったんだ…」

「はい♪」

 主の感心が嬉しいらしい、宇宙船少女だ。

「こちらで御座います♪」

 女中少女に付いて歩く、アルトとツバキ。

「ツ、ツバキが、先に浴びていいから」

「どうも…」

 賞金首の少年なのに、賞金稼ぎでもある抜刀少女に、隙だらけの背中を無自覚にも見せている。

「…普通ならば、対決再開を宣言して 死合う処なのですが…」

「ん? 何か言った?」

「いえ…何でも…」

 ツバキは気が抜けたように、小さな溜息を吐いた。


                    ~第二十三話 終わり~

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