第二十一話 決闘!


 剣戟少女の視線は鋭く、一分の隙も感じられないだけでなく、強い殺意と威圧感を放っている。

 そして、ほんのわずかな哀しみも、アルトには感じられた。

「できれば、裏社会では会いたくなかったのですが…」

『ガハハハッ、先生、殺っちまってください!』

 ビームシールドに囲まれた安全地帯で、ドン・マーズはソファーに寛ぎながら、ワインを煽る。

「…あなたに、恨みはありませんが…!」

 蓑と陣笠を脱いだツバキは、豊かに艶めく黒髪をサラりと流し、腰の刀に手を掛けた。

「!」

 思わず銃を向けるアルトだけど、アルトだって、この少女に恨みなど無い。

「あ、あのさ、僕と協力して、この犯罪者を討ち取らない?」

 出来れば聞き入れてくれないかなと思いつつ、提案するも。

「侍は義に生きる者…。裏切りは、闇討ちよりも醜いと知ります」

 厄介な言い方だけど、裏切りは拒絶するらしい。

(つまり…裏切りじゃなければアリって事かな?)

 そう曲解をして、少女との殺し合いなんてしたくない自分を、納得させる。

「僕の狙いは、僕の命を狙って来たドン・マーズだけなんだ。つまり、ドン・マーズを討ったら僕の勝ち…って事で、良いはずだよね?」

 無理矢理な理屈だけど、サムライ少女の心意気なら、納得せざるを得ないだろう。

 という考えもあった。

「…仰る通りです」

『ぉおいっ!』

「もっとも…あなたに遅れを取るつもりは ありませんが…っ!」

 ビームシールドの中でホっと胸を撫で下ろしている、醜男ボス。

「条件揃った!」

 アルトとしては、とにかくドン・マーズを倒せば、ツバキと戦わなくて済む。

「それじゃあ…っ!」

「死合いですっ!」

 アルトが気合を入れた瞬間、それを見越したかのような一瞬で、サムライ少女が素早く接近をしてくる。

「うわっ!」

 気づいたら目の前、みたいな瞬く間の俊足に、少年は慌ててバックステップ。

 –っヒュンっ!

 目にも留まらぬ抜刀を避けたつもりが、マントと衣服の胸をバッサリと切り裂かれる。

「すっ、凄い…っ!」

 心の中で思った事が、無意識に言葉となっていた。

 飛び退った少年を、更に遅れず追撃してくる、サムライ少女。

「ハっ! ヤァっ!」

「うわっ、ひゃっ!」

 素早い抜刀、二の太刀三の太刀を、アルトは反射神経だけでなんとか避け続ける。

 そのたびに、マントが切り裂かれ学ランが切り裂かれ、浅い切り傷も増えてくる。

『ガッハハハッ! 賞金稼ぎのガキめっ、逃げるばかりではないかっ!』

 ソファーに身を沈めるドン・マーズは、見世物を肴にワインをガブ呑みだ。

 アルトは剣戟巫女へと銃を向けながら、距離を保つしか出来ない。

 避けるだけで攻撃をしてこない賞金稼ぎに、サムライ少女が怒りを向けた。

「撃ってこないのは、某を小馬鹿にしている…と考えて、宜しいのですか?」

 睨む眼差しには、冷静ながらさっきよりも殺意が増大しているのが、解る。

「せ、戦法っていうのが、あるんだよ」

「そうですか…ならばっ!」

 裂帛の気合いを放ったツバキは、さっきよりも素早く深い踏み込みで、少年の懐まで飛び込んできた。

「やばっ!」

 思わず全身を折り畳んで身を沈めたアルトのすぐ上を、胴体斬りの刀が通り過ぎる。

「!」

 踏み込んできた脚が目の前で、アルトは思わず、ツバキの軸足に頭突きを喰らわせた。

「でいっ!」

「うわっ!」

 意外な攻撃で体勢を崩されたツバキは、しかし一瞬で油断も無く全身でバックジャンプをして、攻撃者から距離を取る。

 そしてアルトが立ち上がると同時のタイミングで、再び攻撃を仕掛けて来た。

 相手を斬る自信があったのだろう。

「覚悟っ!」

 アルトの首を狙った刀が、横なぎに襲い掛かる。

「ひえっ!」

 身を縮めたアルトのブーツの先がスッパリと切られるタイミングで、少年の身体が天井へと、高速で吊り上げられた。

「!」

 見上げると、五メートル以上と高い天井にはワイヤーガンの先端が吸着していて、それはすばしっこいアルトが、ツバキがバックステップで後退している一瞬に、撃ち出していたのだ。

「うわぁっ、ワイヤーくっついて良かったぁっ!」

 本当にラッキー。

 アルトから見て、床の左側に見上げるツバキ。

 右側にドン・マーズという位置関係だ。

 高所にぶら下がる賞金稼ぎを、ツバキはジロと睨み上げる。

「そんな場所から銃撃をしたところで、某は射抜けません!」

 油断なく抜刀姿勢となるツバキに、アルトは告げる。

「言ったはずだよ。僕の狙いは、ドン・マーズだって!」

 言いながら、手元に残っていた三個の爆弾を、ビームバリヤーの縁へと投げ落とす。

「桑畑さんっ、爆発させるよっ!」

「なにっ!?」

 忠告をした直後に、アルトは手元のスイッチをオン。

 ビームバリヤーの縁だけでなく、これまでコロニーの各所に仕掛けて来た爆弾が、一斉に爆発をする。

 –っっドドドドドオオオオオオオオオオオオオオオンンンっ!

「あわわっ!」

 激しい振動でコロニー全体が揺れて、爆風を避けたツバキも思わず転ぶ。

『げわわわっ! このガキゃあっ、何してくれやがるっ!』

 結構なダメージを与えられたコロニーが、セキュリティーのサイレンを鳴らして、危険を警告。

 それでも、ビームバリヤーは解除されないものの、爆発によって床には大きなダメージも与えていた。

 安普請な床板が壊れて捲れて、床下の機器や配線が剥き出しになっている。

「まあ、爆弾だけじゃ無理かも、とは思っていたけどね!」

 爆弾を使用したのは。ツバキを遠ざけたい意味もあった。

「とにかくっ、バリヤーを破壊しないとっ!」

 グラグラ揺れるワイヤーにぶら下がりながら、アルティメット・ナンブの破壊力を頼りに、アルトは破壊された床下のメカを集中攻撃する。

 –ギュゥンギュゥンギュウウウゥゥゥンっ!

 ビームバリヤーには通用しないエネルギー弾でも、ビームバリヤー発生器そのものには、通用するだろう。

 というアルトの考えは、当たり前に有効。

 床下に設置されて隠されていたバリヤー発生器は、アルティメット・ナンブの強力な破壊エネルギーを連射されて破壊され、ビームバリヤーが消滅をした。

『ゲゲッ、なんて事しやがるっ!』

 ピームの盾が消失をすると、さすがにソファーでワインを煽っている余裕などなくなる。

 ドン・マーズは、ワイングラスを床に投げ捨て、慌ててハンディ・ライフルを手にすると、天井のアルトへ向けた。

「うわっ–あれっ!」

 ワイヤーガンをベルトから外したアルトだけど、爆発の衝撃で、切り裂かれた衣服とワイヤーが絡まってしまっていた。

「うわ嘘っ、やばいやばいやばいっ!」

 このままでは、吊り下げられた的である。

「ゲッヘヘッ、ドジなガキだぁっ!」

 ドン・マーズはアルトの背後に廻ると、胴体に狙いを定める。

 狙われている感覚が、ジリと灼けるような感覚で解った。

「!」

「間抜けな死に様だなぁオイ」

 引き金が引かれる。

 –ビュウウウンッ!

 その直前、アルトは自らワイヤーを撃って、高所から床へと落下して、銃撃を避けた。

「っ痛ったああっ!」

 五メートル以上も高い場所から落下して背中を打って、思わぬ衝撃で息が止まる。

「っ–はぁああっ!」

 深く息を吸って、転がりながら片膝立ちの姿勢になって、ドン・マーズへと銃を向けたら、一瞬だけ遅かった。

「しぶといガキがっ!」

 –ビュウウウンッ!

「うわっ!」

 ドン・マーズの一撃で、アルトの剥き出しな右肩が貫かれる。

 熱い激痛で身体が屈んで、思わず銃を落としてしまった。

「ぐうぅ…っ!」

 うずくまるアルトが銃を拾おうとするも、ドン・マーズの脚で、掌ごと踏みつけられてしまう。

「痛たっ!」

 頭に直接、銃が突き付けられた。

「!」

「賞金稼ぎにゃあ向かない自分を、呪うんだなぁ。ゲッハハハッ!」

 勝ち誇って笑うドン・マーズを睨み上げるも、打つ手がない。

(殺されるのか…っ!)

 そう意識したアルトの目の前で、ドン・マーズの首が、スッパリと断絶される。

「!」

「て、てめぇ…」

 生首で呻くドン・マーズの背後には。刀を振り切ったサムライ巫女の姿があった。


                    ~第二十一話 終わり~

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