第57話

すると、さっきまで無言のままだった本が僕の腕からするりと抜けだした。



「あ!」



と、叫んで捕まえようとしたが、本は逃げるつもりはないらしく、その場でカエルとのコントが始まったのだ。



「俺の事は忘れろと言っただろう」



本が低く渋い声でカエルに言う。



カエルは切ない表情を作り、「そんなことできない!」と、返した。



そのやり取り見ながらプッと噴き出してしまう僕。



2人とも渾身の演技をしていてそれだけでも十分に面白いのに、そこにプロのコントネタが加わって更に面白さが加速していた。



「あたしよりもあの女を取るのね……」



ついにカエルが本から身を離した。



あれ?



と、僕は思う。



あのコントネタのラストは『やっぱりお前の事がすっきゃねぇん!』と言って終わるはずだ。



そのセリフが当時の流行語大賞にもノミネートされていたから、間違いない。



そう思っていると、途端に本が動きを止めてカエルを見た。



「なんで、ミサの事をしってる?」



本がぽつりとつぶやいた。



ミサ……?



「こいつの持ち主はミサという名前らしいな。聞き覚えはあるか?」



自分の役目は終わったとでもいうようにカエルは元の声に戻ってそう聞いて来た。



「え? あ、うん……」



僕は何度も頷いた。



ミサは僕のクラスメートの女子の名前だ。



大高ミサ。



ショートカットの陽気で元気な女の子。



思い出して胸の奥がモヤモヤとしてくるのを感じた。



「え? お前、ミサが持ち主だったのか?」



僕がそう聞くと、本がビクリと身を震わせた。



さっきまで饒舌にコントを繰り広げていたのに、また無言になってしまった。



「ここは【捨てられた町】だ。捨てられた物の魂が生前に覚えのある匂いを元にルキに寄って来る」



「じゃぁ間違いないな」



僕は大きく息を吐き出した。



この本の持ち主の事も、僕はよく知っていた。

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