11-13 姉

 浴室に入ると、梢女が義弘を待っていた。


「行きましょうか。太田さん」


 義弘が梢女について歩こうとすると、目の前に突然、里見が現れた。口をへの字にして、梢女を睨みつけていた。


「梢女さん!私のいないところで、義君を誘導するのはやめてください」


「誘導だなんて、していませんよ! 失礼な……私はお客様の悩みを解決しているだけです。あなたこそ、私の邪魔するのはやめなさい」


「何ですってえ、その結果、現世に転生させられるのは、私でしょう?しかもその後、弟の面倒を見続けるなんて真っ平ゴメンですからね」


 里見は二人に近づくと、義弘の胸を左手で押した。


「義君も何考えてるのよ?別の人の体で、生き返るなんて、気持ち悪いでしょう。少しはお姉ちゃんのこと考えなさいよ」


 お姉ちゃんのこと。……そう言われた義弘は複雑な気持ちになった。女性として見ていた人から、弟としてしか認識されていない。そんな気がしたからだ。


 義弘を押した手を梢女は掴んだ。


「お客様に何するんですか。勝手に浴室まで入ってきて……営業妨害ですよ。立ち去りなさい」


 里見は梢女の腕を強引に引き離した。


「命令しないでください。弟が諦めるまで、私はここをどきませんよ。力ずくでも阻止しますから」


 梢女の右手が緑色に変化し、二倍の太さになった。


「私を舐めていると、魂ごと消去しますよ」


 慌てた義弘は、二人の間に入った。


「も、もうやめてください」


 義弘は里見の顔を見た。


「姉さんもやめて、もう分かったから、僕の気持ちばかりでここまできてしまって、姉さんの気持ちを考えてなかったよ。……ゴメン」


 里見の顔が笑顔になった。


「分かればいいのよ。義君は義君の人生をしっかり生きなさい」


 里見は消え、振り向くと、梢女もいなくなっていた。義弘は、風呂に長い時間浸かり、那楽華を後にした。心の穴はふさがっていなかったが、次に向かって進めそうな気もしてきた。



「成功でしたね。里見さん」


 那楽華を出る義弘を遠くから見ていた里見に梢女が声をかけた。


「ありがとう。梢女さん。これで諦めてくれるといいのですが」


「それにしても、あの方、本当に里見さんことを愛してらっしゃいましたね。一瞬、本当に黄泉の風呂に入れてあげようかと思いましたよ」


「そんなことしたら、一生恨みますよ」


「フフフ、面白いことを。霊の一生って、何年ですの」


 二人は笑顔で義弘を見送った。

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