10-7 予感

 帰宅した梨穂は、早速ペロに報告した。


「もうー、最悪!痴漢にあうなんて……。どうしてだれも捕まえてくれないの。……無視よ、無視」


 それを言うと、スマホが梨穂の右臀部に動き出した。


「何してんの。ペロ!痴漢のマネ? もうー、笑えないよ」



 次の日、痴漢を警戒した梨穂は、女性専用車両に乗って帰った。


 無事駅に着き、プラットホームに降りると、後方から男性の叫び声が聞こえた。


「うわー、何だ!やめてくれ!……ううう」


 その男を見た梨穂は一目で昨日の痴漢だと分かった。


「この人痴漢です」


 周りに人だかりができ、梨穂の声はかき消された。男を見ると、ズボンの下半分が、どういうわけか血だらけになっていた。


 痴漢男は、尻餅をつき、顔を手で庇うように覆っていた。


「うわー!やめてくれ!」


 悲鳴をあげる痴漢男の腕にいくつもの歯型が浮かび上がり、血だらけになった。


 警備員も駆けつけて、声をかけたが、もがくようにして立ち上がった男は、僅かな血痕を残しながら、走り去っていった。



 帰った梨穂はペロに報告しようと、アプリを開いた。


 そこに映ったペロの口の周りは赤く染まっていた。


「嘘でしょう、ペロ。あれはもしかしてーー」


 梨穂はタオルでペロの口周りを拭いた。本当に拭いたのではない。あくまでイメージの中で拭いたのだが、タオルには、その血痕を拭いた跡がついていた。


 梨穂は一つの仮説を立てた。


 ベロは昨夜、男の触った臀部の匂いをかぎ、痴漢の男を特定した。そして梨穂の意思を反映したペロは、男を攻撃した。それが帰りのプラットホームで痴漢男の身に起きた目に見えない傷害事件ではないか。


 梨穂は興奮し、震えた。


「このアプリって、デスノートじゃない!…いや、デスノートだと悪者っぽいわね。私は痴漢や意地悪おばさんを懲らしめるスーパーヒーローだわ」


 梨穂は立ち上がり、ゴミ袋を探った。


「あった!」


(ゴミ出し忘れててよかった)

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