第62話 水族館

 優香が電車に乗りたいというので、今回は電車で行く。


 母さんが、きちんと手を繋いでいるの安心だ。


「電車はどこにいく〜? どっからくる〜? わかんない〜」


「そうねーわかんないねー」


「ん、優香ちゃん。今から乗る電車は向こうから来る。それに乗れば良い。そして、電車っていうのは……」


 説明しに行こうとする綾崎さんを引きとめる。


「いや、綾崎さん。多分、そういうことじゃないから」


「ん? 違うの? どういうこと?」


「ち、近いから……! そんなたいそうな意味はないってことだよ」


「そうなの?」


「ほら、優香を見てよ」


 その間にも、優香の歌は変わっていた。


「水族館はどこにいく〜水族館は〜」


「ん……優香ちゃん、楽しそう」


「まあ、それは間違いないね」


「それを見てると私も楽しい……どうして?」


 これを彼女に言うのは酷かもしれない。


 でも、知らないままの方が彼女のためにならない気がする。


 何より、俺が知ってほしいから。


「別に変なことじゃないよ。本来なら……大事な人や好きな人が笑ってたら、こっちも嬉しくなるものだから」


「そう……そういうもの……じゃあ、私が笑ってたら……和馬君は嬉しい?」


「そ、そりゃね……うん」


「ん……理解した」


 理解した? 何を? 俺が綾崎さんを好きってことを?


 ……そんなの、聞けるはずがない。






 その後電車に乗り、乗り換えをして……一時間半くらいで水族館に到着する。


 ちなみにだが、優香は興奮して疲れて寝てしまったので……今はとても元気である。


「わぁ……! 水族館だおっ!」


「ここにくるの何年振りかしら?」


 ここは神奈川にある有名な水族館で、小さい頃にきたことがある。


「俺が小さい頃だから……十年くらい?」


「もう、そんなになるのね」


「ん、私は初めて」


 ……そうだった、綾崎さんはご両親との仲が……。


 どう答えて良いかわからず……俺と母さんは、思わず顔を見合わせる。


 すると……優香が綾崎さんの服の端を掴む。


「お姉ちゃんもはじめて!?」


「ん、そう。私もくるのは初めて」


「わたしと一緒!」


「ん、そういうことになる」


「じゃあ、わたしと見てまわるの!」


 すると、綾崎さんが一瞬だけ、俺たちの方に視線を向ける。


 俺と母さんは、それに笑顔で返事をする。


「ん、わかった。ただし、絶対に私の手を離さないこと……わかったかな?」


「あいっ!」


 手を繋いだ二人が、水族館の中を進んでいく。


「……ふふ、子供には敵わないわね」


「そうだね。ただ、一言言えば良かっただけだね」


 なので、俺も綾崎さんに近づき……。


「綾崎さん」


「ん……どうしたの?」


「じゃあ、めいいっぱい楽しもうね」


「……ん」


 俺がそう言うと、綾崎さんは少し照れ臭そうに微笑むのだった。

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