第10話 モブ、美女に振り回される

 ……あぁ、目立ってる。


 そりゃ、もう……これでもかってくらいに。


「お、おい」

「朝の話って本当だったん?」

「て言うか、あいつ誰だよ?」

「知らない人だねー」


 ……はい、すみません。


 俺こと伊藤和馬は、まごう事なきモブ高生ですから。


 ……だったんだけどなぁ。


 おっと、そんなこと考えてる場合じゃない!


 とりあえず、これ以上目立たないようにしないと!


「あ、あのさ! 手を離して!」


「どうして?」


「目立ってるから!」


「ん、そのうち慣れる」


「慣れないよ!」


「仕方ない——ん」


 手を離してくれるかと思いきや……。


 何やら、彼女からオーラ?のようなものを感じる。


 えっ? 人ってオーラ放つの?


「ちょっ、何を……へっ?」


「ん、これで平気」


 人が静かになり、道を開けていく……。


 さながら、モーゼの十戒のように……。





 それは購買に着くまで続き……。


 何とか無事にパンを買うことに成功する。


「か、買えた……しかも、人気のパン」


「クリームパン?」


「うん、そうだよ。俺が来る頃には、いつも売り切れちゃうんだ」


 俺は甘いものに目がない。


 これを、どれだけ食べたかったか。


 でも鈍臭くて、人に譲ってしまいがちな俺は食べたことがなかった。


 ……自分でも、たまにどうかと思うけどね。


「これを食べれるのは、一部の選ばれた人間だけなんだ」


「……ふふ、大袈裟ね。なるほど、クリームパンが好きと……」


 し、しまった……笑われてしまった。


 しかも、またメモ取ってるし。






 その後、教室に帰ろうとしたら……。


 再び、手を引かれる。


「えっと……?」


「ん、こっち」


 はぁ……もういいや、とりあえず流されるとしよう。




 そのまま、階段を上がっていき……。


「えっ? 屋上?」


「大丈夫、許可はとってある」


「そ、そう」


 鍵を取り出し、外へと出る。

 暖かい陽射しと、春の心地よい風が物凄く気持ちが良い。


「ほんとだ、鍵を持ってるんだ……何で?」


「ん……私、結構目立つ」


「それはそうだろうね」


「昼休みになると告白もされるし、みんなからジロジロ見られる。だから、中野先生が一年の時にくれた。ここなら、静かに過ごせるだろうって」


 あの先生は、相変わらずというか……。

 俺にも時折『大丈夫か?』とか聞いてくるし。

 意外と、生徒のことを見てるんだなぁ。


「なるほど……あれ? 俺はいいの? というか、さっきのアレは? そもそも、何でここに?」


「むぅ……質問が多い。とりあえず、座って」


 そう言うと、小脇に抱えていた包みを開けて……その包みを、地べたに広げた。


「ん、この上なら汚れない」


「……いやいや! 狭いから!」


 これじゃあ……密着せざるを得ない!


「突っ込み癖もあると……」


「違うから! 君が突っ込ませてるだけだから!」


「むぅ……激しい……でも、ちょっと楽しい」


「俺は心臓に悪いですけどね」


「何かあったの?」


「いや、だから……うん、とりあえず食べようか」


 なんか、気を使うのがバカらしくなってきたな。


 疲れるし……もういいや……これ、昨日今日だけで何回思っただろう?





 そして案の定……密着して座ることに。


「ん、もっとこっち」


「無理だから……後生ですから……!」


 なんかフニフニするし! 感じたことない匂いするし!


「ん……身体は臭くないはず」


「いや、その、あの……いい匂いだから困ってるんです」


「そう、なら良い」


「よくないです!」


「ん、早く食べる。じゃないと、時間なくなる」


 そう言い、弁当箱を取り出し……黙々と食べ出す。


 ……何ということでしょう。


 そもそも、貴女のせいで時間がないのに。


 とてつもないマイペースっぷりだ。


 仕方ないので、俺もパンを頬張ることにする。


「それは何?」


「これ? ただの焼きそばパンと、コロッケパンだけど……」


「食べたことない」


「嘘……いや、そういうこともあるか」


「だって、健康に悪そう。つまり、非効率」


「よくわからないけど……まあ、確かに。綾崎さんのはバランス良さそうだしね」


 二段式のお弁当には、色とりどりの野菜や煮物、お肉も入っていて……。

 正直言って、とても美味しそうだった。

 弁当なんて……いつ以来食べてないかな。


「……自分で作った。一応、料理が趣味だから」


「えっ? すごいね!」


「……大したことない」


「そんなことない、立派だと思うよ」


「そう……何だろ、この感じ……」


 うん? 心なしか……顔が赤くなった?


「どうかした?」


「い、いえ……それより、時間なくなるわ」


 スマホを確認すると、確かに昼休みの終わりが迫っていた。


「いっけね! もぐもぐ……」


「私も食べないと……」




 その後、黙々と食べ続け……。


「ふぅ……さて、お楽しみだ。そういえば、何で人が退いていったの?」


「ん……私、よく人から話しかけられる。でも、めんどくさい。だから、意識的に威圧する術を覚えた」


「な、なるほど……あっ、美味い……」


 クリームパンの生地はふわふわで、中にはたっぷりのクリームが詰まっていた。


 思わず、勢いよく食べてしまう。


「美味しい?」


「う、うん、美味しいよ……あっ、お礼に分ければ良かったね。これを食べられたのも、綾崎さんのおかげだし」


 すると……俺の顔に、綾崎さんの指先が触れる。


「えっと……」


「平気、これで良い」


「へっ?」


 その指先には、クリームが……それをペロリと口に含む。


「ん……甘い……美味しいかも」


「……ァァァ!」


「どうしたの?」


 よくわからない羞恥心と、その光景に身悶える……!


 綾崎さん……それは反則です!

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