勇者物語〜エリスと失われし思いを乗せて〜

ちとせ そら

運命の子

プロローグ 少年エリス

将来の夢なんて決まってないよ。子供の頃は何にでもなれたよね。物にだってなれた。でも今じゃしっかりした将来像を考えないといけないんだ。



周りのみんなは将来の夢はもう決まってるっぽいな。すごいな、まだこれからっていうのに。



ぼくは何になりたいんだろう。お父さんはこの城の兵をしている。昔は憧れているけど、今考えると、僕には身が重いかな・・・・・・。



・・・・・・何が何だか分からないや。



「お兄ちゃんおかえり!」



家の扉を開けると一番に迎えてくれるのが、妹のリビアだ。まだ六歳のリビアの笑顔を見ると、頭の中の悩みなんて一瞬でどっかに消え去る。



「ただいまリビア。いい子にしてたかい?」リビアの頭を撫でる。



「うん。いい子にしてたよ! 今日はね、お母さんのお手伝いをしたんだよ! 洗濯物を干したり、掃除をしたり、いろいろしたの!」



「お、偉いぞリビア。ありがとうね。」もう一度頭を撫でる。



「おかえりエリス。夕飯もう出来るてるよ」



「ただいまお母さん。うん、今すぐ行くよ」



リビアは元気に走りながらリビングに向かうので「こら、家の中は走っちゃダメだぞ」と注意すると、「はーい」と明るい声がリビングの方から聞こえてきた。まったくリビアは。と、心の中で言い、リビングに向かった。



リビングにつくと真っ先に目に映ったのは、父コランだった。



「え、お父さん、なんでここに?」



父はここ、ペレグレイン城の兵として働いていて、朝早くから夜遅くまで家を空けている。



「なんでってなぁ。今日は見回りが別のやつに変わってな、いつもより早く帰れたんだよ。で、今日は帰り際に魚屋のリトルさんのところに寄ってな、お前の好きなサーモンを買ってきたぞ」



父が言う通り、今日の食卓にはいつも通りの米、かぼちゃのスープ、野菜の盛り合わせと蒸した芋に加え、オレンジ色が目立つサーモンの刺身が並べられていた。今日の食卓は豪華に見える。



「わぁ、今日はご馳走だね。いっぱい食べれるね」



「さぁ、いただきましょう。温かいうちに」



手を合わせて「いただきます」と声を揃えたあと、僕は初めにサーモンに食いついた。以前食べたのは誕生日の日以来だったので約10ヶ月ぶりとなる。久しぶりに食べるサーモンはとても美味しく、一口食べただけで頬がこぼれ落ちそうだ。目の前でサーモンを美味しそうにを頬張るリビアを見ると、余計おいしく感じてしまう。リビアの笑顔は食卓をも明るくしてくれる、魔法のようなものだ。



夕飯を食べ終え、ベッドの上で頭を空っぽにしてみる。最近些細な事で悩むので、これをすることが最近の日常である。



そしてふと、今日食べたサーモンの味と関連したのか、去年の自分の誕生日の思い出が蘇る。あの日は今日と似ていて、いつもの食卓に加え、魚屋のリトルさんから仕入れたオレンジ色に輝くサーモンが食卓に並んでいた。いつも誕生日や特別な日がある時しか食べないから、サーモンには特別な思いなどがたくさん詰まっている。



「あの時はまだ14歳かぁ。」



一年後に大きな決断を迫られているというのにも関わらず、「まだ一年ある」と、不思議な余裕を見せていたあの時に戻りたいとつくづく思う。自分は何をして何をしたいのか。周りからは、「今決めなくても大丈夫」という人もいるが、同い年の人達はほぼ全員将来の夢が決まっていて、不思議と焦りが生じる。あと2ヶ月後には15歳になってしまう。ここで決めなければ、望まない職へと就いて、望んだ生活は送れなくなってしまう。そう思うと逆にもっと焦ってしまう……。






『『『ドッゴォォォォン!!!!!』』』



え、なんだ?!



突然、大きな爆発音と共に、静かなはずだった街からは悲鳴が聞こえる。急いでリビングに向かうと、リビアが母に抱きついていて、怯えているのが分かる。そこに、父の姿はなかった。



「お母さん、一体何が?」



「城が襲撃を食らったみたいなの。急な爆発音と共に、南の空からたくさんの魔物の群れが来ているって。」



「ママぁ、怖いよぉ」



「大丈夫よ、お母さんもお父さんも、あなた達を守るからね」そう言うと母はリビアをおんぶすると、「エリス、逃げるわよ」と言い急いで家を出た。



「どこに向かうの? お父さんは? どこにいるの?」走りながら言う。



家を出てすぐに見えるペレグレイン城は既に何度も爆発を食らっていて、所々から黒い煙が上がっているのが見える。



「まさか、城の方に行ったの?!」



「いいえ、お父さんは街の人達を北へ向かわせるために誘導しているわ」



南からの魔物の群れ、そう言った通り、後ろを振り向くと南の空には、点としてだが、たくさんの魔物がこちらに向かって来ているのがわかる。



「お母さん、お父さんは絶対僕たちのことを守ってくれるよね?」



「何を言ってるの。当然でしょ。それに、私も家族を守る義務があるの」



お父さんを信じ、北へと無我夢中で走っている時だった。



「あ、あ、ぁ、んわぁぁぁぁぁ!!!!」後ろから誰かの悲鳴が聞こえたので後ろを振り返ると、そこには見たことの無いほど大きい、5mほどの狼の魔物と、それに襲われている魚屋のリトルの姿があった。



「リトルおじさん!」足を止め、後ろに走り出そうとした瞬間だった。僕の右手をお母さんが掴んだ。



「離してお母さん! リトルおじさんが危ないんだよ!」



「死ぬ気なのエリス! それに私たちは、お父さんがいるでしょ。無駄なことで死んではだめでしょ!」



「無駄なんかじゃない! リトルおじさんを救っていっしょに逃げ・・・・・・」



『バキッ・・・・・・!!』



次見た時リトルおじさんの上半身はなく、狼が鋭い牙を合わせる度に、骨と肉が砕かれ潰されるような音が聞こえてくる。その光景に思わず嘔吐してしまう。



「逃げるわよ! エリス!」お母さんは僕の手を強く握り走り出した。狼はまだリトルおじさんを食べていた。



「リトルおじさんは残念だけど、私たちは今は逃げることだけしか考えないとダメよ」いつになく真剣な顔のお母さんを見ているとそうでなきゃ、と思えてくる。お母さんから手を離し、自力で走り出す。



「な、何があったの? リトルおじさん、なにが・・・・・・あ、たの?・・・・・・?」リビアは恐怖に堕ちた顔で僕の目を見てくる。その時ぼくはいつものように声をかけようとしたが、何故か、唇が震えて、声が出せなかった。



「リビア、大丈夫よ。私たちにはお父さんがいるでそょ。お父さんは強いヒーローよ。私たちを助けてくれる。だから今はお父さんを信じて逃げることだけを考えるよの。怖いかもしれないけど我慢して、目を閉じて、強く私の服を握りしめなさい」



そう言われたリビアは言われたように強くお母さんの服にしがみつき、目を閉じた。リビアは今、恐怖と戦っているのだ。お父さんというヒーローが来るまで。



戦わないと。僕も、お父さんを信じて、逃げるんだ。

そう思った時だった。



「え?・・・・・・」



隣で走っていたはずのお母さんはガクンと崩れ落ち、リビアが投げ出されてしまう。お母さんの下半身を見ると、両足が太ももから下が切り落とされていた。



「お母さん! お母さん!」僕はお母さんを背負おうとすると、パチン、と手を弾かれ、その後腕を強く掴まれた。



「エリス、リビアを連れて逃げなさい! 早く!」



「え、でもお母さん、まだ間に合うよ。僕が二人を担いで逃げるか・・・・・・」



「逃げなさい! 私を置いて、早く!」そう言われると、お母さんは僕を押し倒し、尻から地面についてしまう。



「あぁすまないねお母さん。今人を探していてですね、エリスと言う少年を探しているんですが・・・・・・。ビンゴですねぇ」



不気味な声が頭上から聞こえ、上を見ると、鎌を持った人型のような魔物がゆっくりと降りてくるところだった。



「だ、誰だよお前・・・・・・」恐怖で視界がぼやけて見え初め、心臓が大きな音を立てているのがわかる。そして足がすくみ、立ち上がることが出来ない。



「私ですか? 私は魔人ベトム。エリスという少年のぉ、殺害をしに来ましたァ。そのついでに、ここペレグレイン城の後始末、でしょうかねぇ」




え、エリス・・・・・・、おれの殺害? おれ、殺されるのか、なんで、なんでだよ。



呼吸が上手く出来なくなり、酸欠になりそうになる。



「逃げなさい! 早く!」こんな時でもお母さんは声を張り上げて真剣な眼差しで僕の目に言ってくる。その時だった、あまりの驚きでぼくは無くしかけた大事な気持ちを思い出した。



お母さんが泣いたのだ。そして、「お願い・・・・・・」と、かすれるような声で言ってきた。



「ちょこっとうるさい蚊ですねぇ。少し黙ってて貰えませんかねっ」『グサッ』



魔人の持つ鎌はお母さんの右手を地面に突き刺し、その後鎌をぐりぐりと左右に動かした。



「う、うぅ。・・・・・・」



「お母さん! ・・・・・・!」リビアの方を見ると、気絶しているのか、リビアは地面に倒れたままだった。



そして、ぼくは震える足を手で押えつけ無理やりにも立たせようとする。産まれたての子鹿のように足をガクガクさせながらも立ち上がったぼくはお腹に力を入れて、叫んだ。



「お父さーーん!!! 助けてーーー!!!!」



僕にできることはこれだけだと思った。僕が今ここで魔人に立ち向かっても僕が死ぬだけだ。だからと言って僕が逃げてもお母さんは殺される。だからぼくは、ヒーローに助けを呼ぶしかないんだ。



「お母さんをーー!! 助けてーーーー!!!!」



「お父さんですか、名はコランと言ったっけぇ。ただのモブだろ、呼んだところで何になるって言うんですか、蚊が1匹増えるだけですよ」





「マーリィから離れろぉ!!」魔人の腕に剣を振るい現れたのは、父、コランだった。



「お父さん!」



「あなた・・・・・・」



魔人は腕を切り落とされ、驚いたような顔をして後ろに下がった。



「そんな、馬鹿な・・・・・・」



コランはマーリィ、僕、リビアの容態を見ると、何一つ顔を変えることなく、「大丈夫、俺が家族を守る。エリス、お前はリビアを背負って逃げろ。ガルバン!」



「はいっ!」



お父さんと同じ格好をしたもう一人の兵が、足の不自由なお母さんを背負う。



「ガルバン、妻を頼んだ。エリス! お前は勝ったんだ。よくここまで逃げたな、偉いぞ」



「お父さんは、一緒に逃げないの?」僕が言うと父は振り向くことなく、



「逃げたいが、今はそういかない。わかってくれるだろう、お前は俺を頼ってくれた。そして俺は、家族を守る義務がある!」



勇敢な父の背中を見て、ぼくは心のどこかが安心したような気がした。



「お父さん、また後で、だよ!」



そしてぼくはリビアを背負い走り出した。ガルバンという兵もお母さんを背負い走り出した。ただ北へと。



「あなた、ただのモブじゃないんですかぁ、面倒ですね、こういう邪魔が入ると」



「お前がおれの息子を狙う理由が分かった。でもな、そうはさせないぜ。俺がいるからな」



僕を含めた四人はペレグレイン城から逃げることができ、ガルバンが用意していた馬車に乗り込み、ずっと北へ北へと走っていった。









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