闇催し②




男の登場に会場がざわついていた。 もちろんミーシャも自分のことのため恐怖と好奇心の混じった目で男を見る。


「誰だアイツ?」

「普通そんなに金を出すかぁ?」

「どれだけあの奴隷がほしいんだよ」


ミーシャの番が来るまでで最も高い値が付いた奴隷は、ミーシャより少し年若と思われる女の子で1800万ゴールドだった。 それを考えれば3000万でもかなり高いし、1億ともなれば法外な値段となる。

どうやら司会者も想定外だったようで慌てて仕切り始める。


「い、一億ですか・・・! そ、それ以上を出す方は・・・?」


会場を見渡すも流石に挙手する者はいなかった。


「で、では2178番は一億で落札されました!」


その男に買われることが決定してしまった。 見た目からして粗暴そうに見え、この先穏やかな日々が待っているとはとても思えない。

奴隷オークションは落札された者から引き渡しが行われ、値を付けた人のもとへ行くことになる。

 

「今日からお前は俺のものだ」

「・・・はい。 よろしくお願いします」


丁寧にお辞儀をする。 やはり間近で見るとかなり身体が大きく、恐怖を感じざるを得ない。


「一度この会場から出よう」


外へ出ると男は仮面を取った。 立派な口髭を携えていて恐らくは20代後半くらいに見える。 


「お前の名前は?」

「・・・2178番です」


名前は新たに主人が付けることになると言われていた。 だから番号で答えたが、どうやら男の望む答えではなかったようだ。


「いやー。 新たに名前を考える方が面倒なんだわ」


―――そう言われても・・・。


「奴隷でも流石にあるだろ? 産んでもらった親からもらった名が。 それを教えてくれよ」


両親のことは今でも許すことはできない。 そんな両親が名付けた名前、そう思うと嫌悪感を感じてしまう。 だが奴隷として売られるまでは確かに自分の名前を気に入っていた。


―――・・・今は買われた身。

―――言うことは聞かなければならない。


重たい口を開いて言う。


「・・・ミーシャです」


男はそれを聞いて嬉しそうに笑う。


「へぇ、ミーシャか。 いい名前だ」

「ッ・・・」


男の真意は分からない。 ただ名前を褒められて嬉しくないはずがなかった。


―――何か複雑ね。


次に男は自分の名前を名乗った。


「俺はバーズだ」


白い歯を煌めかせ親指を立ててみせている。 どこか単純に悪人とは思えず、ミーシャとしては少しばかり安心していた。 更にミーシャの手に結ばれていた縄を解いてくれ自由に動けるようにしてくれた。


「寒いだろ? 今はこれでも着ておけ」

「ありがとうございます・・・」


バーズは自分が羽織っていた上着を被せてくれる。 かなりゴツめの生地で重たいが確かに暖かい。 続けて懐から二足の靴を取り出した。


「そしてこの靴も。 裸足だと外を歩くのキツいだろうからな」

「・・・ありがとうございます」 


女物をちゃんと用意してくれていたことに素直に驚いた。 一見して地味なパンプスであるが、ミーシャが使っていた草履とは比べものにならない程高価に見える。


―――乱暴そうに見えたけど、結構いい人・・・?

―――それに本当にお金持ちっぽい。


バーズを見上げその背景を考えていると、彼は腕時計をチラチラと見始める。


「今日はもうあまり時間がない。 さっさと行くぞ」

「・・・はい」

「そうだ! お前はフードを被っておけ」


そう言ってフードというよりは、大きめの帽子のようなものを強制的に被らされた。 これに関して言えばあまり高価そうには思えず、ただ姿を隠すためだけのもののようだ。


―――フード・・・?

―――奴隷だと周りに知られないためかな?

―――どこへ行くんだろう。

―――まだこの人のことは何も知らない。


素直に付いていくこと数分、最初に訪れた場所は衣装屋だった。


「この店で一番高い衣装をくれ。 それを買う」


どう見てもここは女性用の召し物を売っているところだった。 バーズが着るわけではなければミーシャのものになる。 しかし値札を見て素直に仰天していた。

一着買うだけでミーシャの一年分の給金が飛ぶくらいの価格だったからだ。


「お前、これを着てこい」

「え、でも・・・」

「店主。 コイツが今着ているボロ服は処分してくれ」


そう言ってバーズはミーシャに羽織らせていた上着を回収した。 手触りからでも上等だと分かる服を恐れ多くも持ちながら尋ねかける。


「私なんかが着てもいいんですか?」

「いいんだよ。 早くしろ」


強引に購入した服に着替えさせられた。 奴隷服が異様に軽かったせいか、この衣装は派手で重たく感じた。


「へぇ。 似合うじゃん」 


姿見を見せてもらえば、まるで今までとは別人のように思えた。 それを見てバーズも満足気に頷いている。


「次へ行くぞ」


次に訪れた場所は化粧品店だった。 そこでメイクをしてもらい髪もセットしてもらった。


「ほぅ。 想像以上の極上品だな」 


―――メイクなんて初めてした。

―――着飾るだけでこんなにも変わるんだ・・・。

―――でもどういう意図でここまでしてくれるのかが分からない。

―――私を買った目的と関係があるのかな?


奴隷の容姿を整えるとなると、正直あまりいい想像はできなかった。 もっとも奴隷として売られた日にどんな悲惨な目に遭うことも覚悟している。

その前に自身の晴れ姿を見せてもらえただけでも嬉しかった。


「おい店主。 俺たちがここへ来たことは誰にも言うなよ」

「はい。 ありがとうございましたー!」


この後はどこへ連れていかれるんだろう、と期待と不安の入り混じった目で男を見ていると不意に目が合った。

嬉しそうに笑っているのを見ると、やはりただ善意で容姿を整えてくれたというわけではないらしい。


「準備は整ったな」

「?」

「お前はまだ上着を羽織ってフードを被っておけ」


そう言って再び帽子を被らされる。 これから何をすべきなのか何も聞かされていない。 バーズは人通りの少ない場所へ着くとその場に止まった。


「あの、私は何をすれば・・・」


折角の機会だと考え尋ねるとバーズはミーシャの耳元で囁いた。 そして、その内容は驚くべきものだった。


「お前にはこれから、この国の姫を殺してもらう」



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