転生した後にも死んだ俺~チートを貰っても死んだ俺は神様になって小さな世界を見守る~

茶葉丸

序章 プロローグ

 冬の名残を残す春の微風が俺の肌をくまなく撫でた。

 サーッと靡いた植物が音を立て、タンポポの様な花が舞い、竹トンボの様にクルクルと回っている。地上を照らしている太陽は宝石のように瞬いて、大海原の様な蒼い空には月と思わしき天体が三つ、透き通って見えた。

 日本どころか地球の何処へ行っても見られない、摩訶不思議な景色の中に俺は居る。しかしその様な事、今は些細な問題だ。


「……まさか異世界に来て早々チンコを攻撃されるとはな」


 見渡す限り緑に覆われた草原のド真ん中で全裸で仁王立ちをしている俺の眼差しは遠い。その間にも再び風で吹き上げられた花が舞い、悉く俺の大事な息子を攻撃してくる。

 寝起きで元気一杯だった俺の自慢の息子も、大自然の洗礼を受けて今ではすっかり自重してしまっている。「チンプーン‼」とか言って腰を回して遊んでいる場合ではない。


「なぁ爺さん。この世界に招待してくれた事には感謝するけどさ、せめて服ぐらいは用意してくれよ」


 俺の呟きに応えてくれるものはない。

 こうなる前の事を少しだけ語ろうと思う。


 ◇◇◇


 苦しみ悶えて意識を失っていた俺が目を覚ますと不思議な世界に迷い込んでいた。

 空も地面もない真っ白な空間にブラウン管テレビとちゃぶ台が一つ。卓上には煎餅と湯飲みが置かれていて、その手前に座って腹を抱えて爆笑していた老人が、立ち尽くす俺の方を振り返ってもう一度噴き出していた。

 巻き戻しの途中で停止されたノイズの走る古ぼけたブラウン管テレビには、大間抜けにも口からたこ焼きの食べ粕と泡を吹いて白目を剥いている俺の姿が映っている。


《――祭りにて、十七歳の少年がたこ焼きを喉に詰まらせて心肺停止……》


 そう、俺は夏祭り最中、友人達から強奪したたこ焼きを頬張って、彼等が新しい物を買いに行っている時に喉を詰まらせて倒れたのだ。脇に置いていたラムネも慌てた挙句転がして、それでも必死に飲もうとしてビー玉に阻まれ、意識が途絶えた。

 我ながら馬鹿馬鹿しい最後である。

 死ぬにしたってもっと別の死に方があるだろうに……。

 馬鹿過ぎて遊びにも行けなかった俺の心配をして、この日くらいはと誘ってくれた彼等の食べ物で命を落とす事になるなんて、申し訳なさ過ぎて言葉も無い。


「ひぃひぃ……ヒャハハハハハ……ゲホッ、ゲホッ……ふぅ……ブフッ、ヒヒヒヒ……」


 感傷に浸っていると、笑い転げていた老人はすっきりしたと言わんばかりの表情を浮かべて身体を起こしていた。その後ちゃぶ台の上に転がるリモコンを手に取ると、俺の方を見るなり「ブッ」と噴き出して再び肩を震わせる。

 その状態で俺に手招きを始めた。


「……ヒヒヒヒ。ほれ、お前さんも……ひゃはは……こっちに来い」


 人の顔を見る度に笑うとは何とも失礼な老人だ。

 此処まで馬鹿にされて言う通りになど動きたくはない。

 だから帰らせて頂こう。

 そう思い、老人の言葉を無視して踵を返そうとしたのだが見える景色は変わる事は無く、意識では身体を動かしているのに動いている気がしない。


「忘れておった。……お前さん等の脆弱な魂では此処での自由が利かんのだな。ほれ、こっちに来い」


 今まで笑っていたのが嘘かの様に真面目に語り出した老人が自分の隣を叩きだした。すると俺の身体は、歩いた感覚もないまま、気が付けば一瞬で老人の横に移動をしていた。

 急に近付くちゃぶ台とテレビに驚いている俺を余所に老人が語り始める。


「お前さんはあれじゃ、何か死んだのだ。誰かの身代わりに成る訳でも無く、些細な事故とも言える実に不運な死に方だ。だが、それがお前さんの寿命である」


 リモコンがピッと音を上げると古いカセットテープの音が鳴り、再生された。

 そこには俺の生涯を振り返る光景が広がっていた。

 定食屋を営む父と逞しくお喋りな母と某〇大にしれっと合格して出て行った天才の兄と馬鹿な俺の四人家族。そして今まで出会ってきた人達との交流。

 その一つ一つを早送りの駒で眺めているにつれて


 ――ああ、俺は死んだんだな。


 不思議と自分の死を受け入れる事が出来た。


 ◇◇◇


 人の顔を見て笑う失礼な爺さんは己を神様だと言う。

 余りにも酷いボケ方をした老人を哀れに思った俺は、仕方がなく話を聞いてやる事にした。純情で心優しい俺がそうする事で、きっと異世界転生の美少女侍らせハーレムウハウハ生活を叶えてくれる事だろう。

 時折自分の賢さが恐ろしくなる。


「お前さんは度し難いほどの馬鹿じゃな」


 馬鹿ではない。極力後ろを見ないだけだ。ポジティブと言いたまへ。


「そう言うところが馬鹿と言うんじゃ」


 どうやらこの爺は人の心を読むらしい。ぶっちゃけ気持ち悪い。


「失礼なガキじゃな」


 それはお互い様である。

 人の顔を見て泣くほど笑う爺さんには多少失礼なぐらいで良いのだ。それに勝手に人の心を読んでいるのだから、このぐらいは許せ。


「何で偉そうなんじゃ。まぁ良い。本来、此処はお前さんが来るようなところではない。お前さんの世界の運び屋が、過酷な労働環境に付いて行く事が出来ずに勝手にお前さんの魂を適当なところに放り込んで行ったのだ」


 驚きの事実である。

 どうやら俺は、郵便などの配達屋が荷物を減らしたいがために不法投棄をする感じで此処にいるらしい。


「本来であれば元の世界に送り返すのが決まりなんじゃが、手続きも面倒でのぅ。儂は知らんふりを決め込む事にした。お前さんの世界ではこういうのが流行っておるんじゃろう?」


 爺はそう言うと、ニカッと少しムカつく笑顔を見せてながら足を崩してテレビのチャンネルを変えた。


「と言う訳で、此処がこれからお前さんが送られる世界じゃ」


 テレビの画面に映る世界は如何にもファンタジーな世界だ。

 広大な大自然、洋風なお城、時代劇でよく見る古い日本の庶民家、生活水準の低い村、剣と魔法、その他諸々に魔物がいるそんな世界。

 童貞心を擽るファンタジー。可愛い女の子達にチヤホヤされてドヤ顔でヤレヤレする物語。ラノベで沢山読んだ。大好きです。

 でも、俺は命を懸けて戦いたいわけじゃない。痛いのは嫌だし、怖いのはもっと嫌だ。そもそも人殺しなんて平然とできる度胸なんてないのですよ。だって相手を傷付けるのは怖いもん。


「どの口が言うんじゃろうな」


 本当に失礼な爺さんである。

 ちっぱい派勢力の愚か者や、歪み過ぎた恋愛観や性癖を持つ変態とは趣向の相違により殺意を込めて殴り合いをした事はあるが、それはお互いの信頼の表れなのだ。俺達のような馬鹿な陰キャに早々人が殺せるパンチが打てるわけがない。そう言うのはイキり散らして喧嘩ばかりしているオラオラ系の不良共だけで十分である。


「どの口が言うんじゃろうな?」


 チャンネルが切り替わった画面には頬を抑えて座り込む女の子が背景に居て、その前で数人の男達と取っ組み合いの喧嘩をする俺の姿が映っていた。

 先程の絵以上でも見た光景。中学生の頃の話だ。

 学校近くの公園でゲームをしてた俺達に絡んできたガラの悪い高校生が、友人と付き合っていた後輩の女の子に執拗に絡み、止めようとした友人と嫌がる女の子に手を上げたのを見て、頭が真っ白になる程にキレた日だ。そして自分が如何に無力なのかを身に染みる程突き付けられた日でもある。

 動き続ける映像の中では、手にしていたゲーム機の角で女の子を殴った男を横から殴りつけて気絶させている俺の姿がある。あの時は頭が真っ白だったが、本気であの男を殺してやろうと思っていたのだろう。外野から見てもそう思える程に、映像の中の俺は躊躇なく男の蟀谷を殴りつけている。

 だけど俺は直ぐに他の男達に捕まってボコボコにされていた。

 結局あの後の事は覚えていなかったが、女の子を連れて逃げたオタク友達が近所の大人達と警察を呼んでくれたおかげで喧嘩を止めて貰えらしい。

 映像の中では気絶させた一人と共に俺が救急車で運ばれている。

 この後の事は覚えている。

 地域新聞の隅にちょこっと乗るような他校を巻き込む事件となった。後輩の女の子は噂に尾鰭がついて嫌がらせを受ける様になって転校し、そして俺は通うつもりでいた進学校への道を閉ざされた。


「中々血気盛んではないか。もっと前には喧嘩の弱い兄のために暴れておろう」


 意地悪な笑みを浮かべる爺さんに対して俺は不貞腐れながらも黙り込んだ。


「……そろそろ本題に入ろうか」


 言い返して来ないのがつまらなかったのだろう。

 爺さんはテレビの画面を異世界の風景へと戻した。


「そう拗ねるでない。らべの?なる物に描かれた展開の通り、此処で不正を働くのがお決まりの展開なのじゃろう?」


 ラノベな。と告げると、どっちでも良い爺は言う。

 続けて面白そうだからやってみるかと言い始めた。

 しかも向こうが選んだものをくれるのではなく、何か一つ望む特殊能力をくれると言うのだ。

 ありがたい事この上ない。

 俺だけの俺Tueeeを考えて、異世界生活を満喫してやろう。とは言っても俺は夕所正しき文明人であった男。刃物をチラつかせて血で血を争う戦いを繰り広げるのは流石に怖い。

 どうするべきかと考えて、過去の教訓を踏まえて俺は閃いた。

 無敵になればいいのだと。


「はて?無敵とは?」


 どの程度を無敵と言うのかと尋ねてくる爺の問いに、俺は傷付かない身体と答えた。


「不老不死にでもなりたいと……ふむ」


 ちょっと待て欲しい。

 俺はちょっと無敵になりたいだけで不老不死に成りたいとは言っていない。宇宙に置き去りにされてしまうようなボスキャラになるのは御免だ。溶岩の中に押し込められる事も、地面に生き埋めにされ続ける事も御免である。


「じゃが、生物の身体は常に細胞の生き死を繰り返しておる。お主が言うそれは、生物の輪から外れる物じゃから、正直気が乗らん」


 心配しないで頂きたい。不老不死など俺も嫌だ。初めは良いかも知れないが後で絶対に死にたくなる時が来る。だから嫌だ。


「お主にしては随分とまともな事を言うのぅ」


 これでも殺してくれ系悪役の出る作品も幾つか読んでいるのだから当たり前だ。

 そこで俺は更に閃いた。

 ラノベで読んだ頭の可笑しな先人達に習ってゲームのように考えればいいのだ。

 要は敵からの攻撃でダメージを受けなければ良いだけのこと。そうすれば適度に人の域を出ず、天寿を全うして死ぬ事が出来る。


「ん?どういう事じゃ?儂は全知ではないのでな、お主の世界にあるピコピコの事はようわからんのだ」


 人の記憶を覗いていた癖にまったくもって使えない爺である。

 俺は手頃なファンタジーとして、ゲームを知らなくてもメインテーマのBGMは誰でも聞いた事がある、それほどまでに有名なドラモンファンタジーの話を織り込んで説明した。

 強すぎる防具を装備していると敵からの物理攻撃や魔法攻撃で受けるダメージを極限まで軽減出来たりにしたり、はたまた無効化したり、反射したり出来るのだと。

 それを常時発動している状態にして欲しいと頼んだ。


「ふむ、あい分かった。要するに限定的な特殊防御スキルが欲しいんじゃな?」


 それでも痛覚障害を患うのは困る。そんな事をされたら美少女と仲良くなって、おっぱいを揉む機会に恵まれても意味が無い。

 もう一度言う、俺はおっぱいを揉みたい。


「……それ程に女子の乳房が好きか?」


 当り前だこの野郎。おっぱいには夢と希望とエロが詰まっているのだ。男は皆、股間に忠実な生き物だと世界の理が示している。

 そう力説する俺を前に爺は心底呆れ果てた顔をしていた。


「そう言えば言い忘れておったが、儂の管理する世界は生まれ持って才に恵まれた者ほど何かしらの欠点を持つ事が多い。努力次第で払拭する事も出来るものもあるが、どうしようもない物も中にはある。さてはて、特殊能力という超人的才能を持つお主は一体どうなるのかのぅ」


 それを早く言えや糞爺。

 幾度となくおちょくって来る老人についつい何度目かの心の声が漏れてしまう。


「因みに何が付くかは儂にも分からん。おみくじのようなものじゃ」


 役に立たなさすぎる。ルールを無視してこその不正ではなかろうか。


「自由に才能を選ばせてやるだけでも十分に不正の域じゃて。それにこれは世界のバランスを保つ為のルールでもある。お主だって、勝たなくてはエンディングを迎えられないピコピコで、絶対に勝てないラスボスと戦うのは嫌であろう?」


 何そのクソゲー、絶対に嫌だ。でも納得した。


「そう言う事じゃ。だがそうじゃな……無しにする事は出来んでも、引き当てる倍率を多少弄る事は出来るぞ。特別にお主が大好きなそしゃげ?とやらのおみくじと同じにしておいてやるわい」


 そのぐらいの不正は容認できる範囲らしい。

 要するに3%、もしくは5%ほどで、ガチでやばいのが出てくるということ。裏を返せば70%ほどで軽いのが出てくるという事だ。

 悩んだが、もう一度考えるのも面倒だったので覚悟を決めた。

 最悪を引かなければ人生勝ち組も同然なのだ。


「ほいほいっと、お前さんが持つ事になるバッドステータスはと」


 爺の手から六色の光が浮き上がって舞い上がる。すると、何処からか現れたガラガラくじが回り出し、カランと音を立てて、神々しく輝く虹玉を転がした。

 見るからにヤバイ色をした球を前に茶を飲んでいた爺が噴き出して咽ている。


「ゴホッ、ゴホッ、お前さんは、ヒャハハ。本当に期待を裏切らん奴じゃな」


 その後も机を叩いて一頻り笑った爺は、ようやくヤバイ色に輝く玉を取り上げた。


「スキル《脆弱な生命力》だそうじゃ。ほれ、こいつがお前さんの初期値となる。魔法も魔獣もいない上の世界から来た割には、まぁまぁじゃな」


**************************************

 名前:童貞モンキー 年齢:17歳 性別:雄 

 クラス:持たざる者 称号:こしあん派のジャスティス 

 Lv.1 HP:4 MP:7 (特別だよ)

 生命力:13(130) 魔力:50 持久力:120 速度:110

 筋力:10 耐久:12 器用:11 感覚:10 意志:17 理力:3 魅力:6 

 スキル:≪特殊≫限定的特殊防御・外敵攻撃干渉無効 毛の生えた心臓 内に秘められし獣(笑)料理人の心得(見習い)脆弱な生命力 馬鹿 

**************************************


 せ、生命力:13。HP:4……だと。何が特別じゃ馬鹿野郎。


「突っ込むところはそこだけか。つまらん男よのぅ」


 うるせぇ!ツッコミどころが多過ぎて人手が足りてねぇんだよ!称号は意味わかんねぇし!こしあんも粒あんもどっちも好きだし!心臓に毛が生えてるとか驚きのカミングアウトじゃねぇか!おまけに(笑)までついてんぞ。スキルにまで馬鹿って酷ない?


「三十点」

 

 魂を震わせる俺に爺は辛口の評価を出して来た。

 流石に泣きそう。


「その数値はあくまで初期値じゃ。じゃが、これは流石に哀れじゃて、もうちょいとサービスをしてやろぅ」


 気だるげに爺はテレビのリモコンをポチ。


《ボーナスポイント10》を手に入れた。《■■■■■■■■■■》のスキルを手に入れた。


 なんぞこれ?


「救済処置じゃ。特殊なスキル故、死んだ時に教えてやる。ほれ、とっととポイントを振らんかい」


 急かすなよ爺。まずこう言うのはだな、足りない分を補うのさ。


 HP:4→SP:5→HP:5 


 俺は体力を1上げるのに必要なポイントを見て再び膝から崩れ落ちる気持ちになった。どう頑張ってもどうしようもない。これは早々に詰んだのではないだろうか?

 そこで俺は赤ん坊がどのくらいなのかを尋ねてみる事にした。


「極平凡なガキなら生命力:100にHP:30程じゃろうな」


 どうやら俺はおぎゃぁより死にやすいらしい。流石は不運スキルのSUR。HPの九割カットはガチでヤバイ。

 完全に面白がっている爺さんはにやにやとムカつく顔で髭を弄っている。

 俺と言えば、身体があれば未だorz状態。

 どう足搔いても此処まで来たら後戻りはできない。だったら……


 ――やってやろうじゃねぇかあぁぁぁぁ!


 何もない真っ白な空間で魂を震わせてボーナスポイントをリセットし、全て耐久に振り分ける。

 

 ピロン。――スキル:《丈夫で健康な身体》を手に入れた。


《脆弱な生命力》で《丈夫で健康な身体》とはこれ如何に……。

 バクッてるんじゃないの?

 まぁいい。何であろうと、ダメージを負わなければいいのだ。敵の攻撃を受けないチートスキルもある。


「さて、準備は良いか?」


 ちょっと待って欲しい。俺はやっぱりおぎゃあから始まるのだろうか?その辺りを聞いていない。


「特別にお前さんのままスタートで良いじゃろ。穢れたエネルギーから怪物が生み出されておる世界故、お主の肉体を作る事など造作もない。それにその生命力で赤子は無理じゃ。それなら前の器の模造品で落っことされて、時間と共に見合うレベルになる方が堅実的で現実的じゃ。断言してやる」


 流石は俺。神様のお墨付きでヤバイ状態らしい。


「さて、もう良いか?」


 大丈夫じゃない、問題しかない。


「さてはて、お主はどんな物語を紡ぐのじゃろうな。ブフッ、その生命力で……」


 視界が更に白に染まる中、爺さんのムカつく笑い声だけが聞こえて来た。


 ◇◇◇


 ――で、今に至る。


「返事をしろよ爺!短足!禿!ぬらりひょん!」


 叫んだ俺の声は山彦となって帰って来るだけで他誰からの返事も無い。

 どうやら俺の異世界転生には神様の助言はないらしい。


「ま、まぁあ。好きな声優似のお姉さんボイスならともかく、爺の声なんて聴き続けたくないから良いけどね!」


 内心不安しかないが意味もなく強がってみる。

 だが、思わずにはいられない。普通は死んだときの格好でこっちに連れて来るのが普通ではないかね?と……。

 それにきっと今頃、持たざる者となって困り果てている俺の姿を見て笑っているに違いない。


「せめてマニュアルをぉ……くれぇぇ‼」


 ――くれぇぇ……。れぇぇ……。


 すっきりした。

 一頻り遊んで、呆けて、叫んだ事で、少しばかり気持ちが落ち着いた俺は、此処でようやく周囲の状況を見渡した。

 どうやら此処は少し土地が高い場所にあるらしい。更に空気も澄んでいる事も合わさって、非常に見晴らしがよく、肉眼でも遠くまでよく見える。


「冷静に情報収集に努めれば案外何とかなるかもな」


 別れ際には哀れだと言っておまけまでくれた爺さんだ。いきなり死ぬような場所には落さないだろう。

 そう考えた俺は早速周囲の確認を始めた。

 後方は、少し進んだ先に森と思わしき木々の群生地が見える。左右は余り変わりなく草原が広がっている。

 そして前方だが、あれ畑だろうか?

 今立っている場所からだと少し遠い気もするが、それっぽい茶色の大地が均等に並んで見える。

 さらに目を凝らして見ると小屋の様に見える建物が幾つかある事に気付いた。


「あれは納屋じゃなくて、民家か」


 最初に見せて貰った異世界の映像の中に生活水準の低い村の風景があった事を俺は思い出した。

 きっとあの場所に行けば人がいる。

 だが、俺は躊躇していた。

 普段であれば「村だ!」と喜ぶ事も出来るのだが、生憎と今の俺は持たざる者。このままいけば変態扱いは免れない。腰蓑などと贅沢は言わないが、せめてティンコガードが欲しい。


「そうだ。こういう時こそあれがある」


 こういう時は異世界に旅立った先人たちに習ってみるべきだろう。

 きっと見えないところに道具が入っているお決まりの展開があるに違いない。

 そうと決まれば速試して見るべきだろう。


「ステータスオープン!」


 己が魂を宿す象さんを揺らして両手を前に突き出した。

 声は響くばかりで何も起こらない。

 肌寒い風が俺の羞恥心を連れ去ってくれる。

 あと花よ、息子だけに止まらず乳首を攻撃するのはやめておくれ。


「亜空間収納魔法:ポケット!ゲート!インベントリィー・ブゥォックス!」


 意味もなく腕を交差して見ても、両手で大きく円を描いて突き出して見ても、巻き舌風にしてもやはり何も起こる事はない。


「…………」


 うん、知ってた。何となくわかっていた。

 自分の能力値を見せて貰った時、MPは7だったし理力:3と書いてあったのだ。

 きっとこれが魔法に必要な数値となるのだろうとゲーム脳の俺は考える。

 だが、絶望的なのに変わりはない。

 レベルから初期値の俺。時間と共に年齢に見合うレベルになっていくと言われた以上、今はステータスを見せて貰った時と同じ数値しか無い。MP:7で理力が3。こんなので魔法が使えるはずがない。

 

 「俺はチンパンジー以下の猿なのか?」


 こうして物事を考えられる以上、理力の数値は知性とは関係がないところにある事明白だ。しかし草原でマッパの状態では猿よりも劣る。

 今の俺は余りにも無力だ。

 そして思い出す。


 ――そう言えば俺の名前、童貞モンキーのままだったな……。


 勝手に改名しても良いのだろうか?もし改名出来ないままだとしたら、こちらで職を見つけたとしても「童貞モンキーです」と言って名刺でも渡す羽目になりかねない。笑顔でお引き取り下さいとか言われそうである。


「……」


 今からそんな事を考えていても仕方がない。

 冷静になると途端に冷たい春風が気になり始めて身体を震わせた。

 ぼーっと突っ立っていたせいで身体が冷えてしまったらしい。

 だからと言って今から腰蓑を作っていたら日が暮れてしまう。

 ならばどうすればいいのか……。


「ウキィ!ホホホ、キィキィ!」


 名の通り、猿に成りきればいい。

 名付けて行き当たりばったり作戦。今はとにかく沈むテンションを無理にでも跳ね上げて体温を確保せねば風邪を引いてしまう。そして一夜を超えられねば死んでしまう。

 自らを鼓舞するために喚いた俺は、冷たい春風に負けぬ様にピョンピョンと撥ねて屈伸を繰り返し、そして下方に見える村を目指して駆けだした。徐々に速度を上げて全力で草原を疾走する。すると更に気持ちが高揚して解放的な気分になって来る。


「ひゃっほぉぅ‼」


 そう、此処は剣と魔法が存在するファンタジーな世界。

 身ぐるみを剥がれたってきっとおかしい事はない。

 今見えるあの村に、記憶喪失とぬかす頭のおかしな人が現れても迎え入れてくれるはず。

 その可能性に賭けるよう。

 その時に相手をしてくれる人が美女である事に賭けよう。冒険に必要な最低限の装備が整う事に賭けよう。

 此処から俺の冒険が始まるのだ‼


「フハハハハハハハハハ!」


 テンションを爆上げさせながら、一際目立つ湾曲した倒木に目掛けて疾走する。

 俺は今日からこの世界で生きる。

 向こうで生きられなかった分をこちらで謳歌するのだ。

 その証を世界に刻むために俺は今此処で羽ばたこう。


「俺は!自由だ!」


 鳥の様に両手を広げて高々と跳び上がるために倒木の上に飛び乗った俺は―――。


 グキッ!

「はうわぁ⁉」


 足を挫いて死んでしまった。


 ◇◇◇


 死因:転倒時の頭部強打。


『何でだぁぁ!脆弱過ぎるのにも程があるだろう!健康で丈夫な身体は何処へ行った!いや、確かに無茶苦茶良い感じで走れてたよ!健康体そのものだったよ!でもさぁ、足を挫いただけで視界が真っ赤に染まって暗転するってどうなの?何なの?馬鹿なの?死んだよ!畜生おおおおおおおおおぉぉぉ……いやだよぉ!ボインで可愛いおんにゃにょ子とイチャイチャしたいよぉぉ……お゙お゙お゙お゙お゙お゙ぉ!』


 死んだ俺は魂を震わせていた。

 悲鳴を上げる俺の前には棺が一つ転がっている。ドラモンファンタジーでお馴染みの六角で十字架の付いた平たいやつだ。

 そこから漂う、薄く白い靄が己の意思を乗せて漂っている事を知ったのは一頻り叫び終わった後のこと。


『爺さん、爺さん⁉確かにドラモンファンタジーを題材に上げたけどさぁ、同じにするってどうなの?死んだら棺桶に変化するってどういう事なの?これどういう扱いになるわけ?ミジンコにも生まれ変われないの?死んだら救済スキルがあるって言っていたじゃん!それ何処行ったの!もしかしてこれの事?』


 必死に声を荒げる俺の悲鳴は草原の春風の中に消えて行った。

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