第2話 来たれ四天王! 未経験でもOK!
魔王直属の秘書ヴィズ。
ダークエルフ種族の才女である彼女が、両手いっぱいに書類を持って通路を歩く。執務室の前にくれば中から声が漏れてきた。
「兵が何人死のうと、最後に余が生き残ればそれでいい。それが戦だ」
「アレス、それが王の言うことか!」
「それがこの世界の
叫ぶ四天王イルファと冷笑しているだろう魔王アレスの声。
(またこの人たち遊んでるな……)
二人が将たる資質を論議している、などとはかけらも考えずにヴィズが扉を開けると、はたして部屋の中では。
「ほい、王手っと」
「なああああ!」
二人はショーギをしていた。
「なんでだ。私はこんなに駒を持っているのに……なぜ負けてしまうんだ」
「いやー、やっぱチョロイわイルファ。すぐ
ショーギは初代勇者タナカタカシによってこの世界に伝えられた遊戯である。飛車は
そしてイルファは自身が竜人であるため、つい竜の名がつく駒を手に入れたがってしまうのである。
「なにをしているんです?」
「ああ、そろそろ勇者にしかけないといけないタイミングなんだが、イルファが行きたくないって駄々こねるからまた一勝負してたんだ」
「くそう、腕相撲は私が勝ったのに」
「こいつ、途中で負けそうになったからって竜化しやがったんだぞ」
「ああ、どうりで」
ヴィズは部屋内に散乱した調度品を見て、ため息をついた。
「互いに得意な種目で三本勝負だからな、さて次の勝負は……」
「では三本目の勝負はどちらが先に書類の決裁を終わらせられるかでいかがでしょうか」
バシンと手にした書類の束を机に叩きつけるヴィズ。
「「あっ、はい」」
*****
「んー、あー」と官僚文書に悩みながらのそのそと書類に向かうイルファ。
彼女はアレスの横で秘書用の机を借りて、事務仕事を進めていた。時折ヴィズがサポートしつつサボらないように監視をつづけ、それなりに書類が片付いていく。
「そもそも四天王が私一人ってのがオカシイだろ」
不意の発言。ヴィズが一瞬ペンが止まっていると咎めようとしたが、まあ集中力もそろそろ切れるころかと優しく見逃す。
「じいじと【地】のドッゾのおじさんが勇者に敗れて引退なのはわかるけどさ、他の【水】と【風】もいないってどうなんだ?」
「水のミーキノは産休だからな。彼女は
「ううむ。そう言われると分からんでもないが」
「風のシャルルクは扱い上は出向中だ。人界に潜伏中」
「なんだ、ちゃんと仕事中だったのか。勇者の弱点を探ってるとかか?」
「いいや、あちらの芸術家に弟子入りして写実性と心象性とやらの融合点を探ってる」
「なにを!?」
「ほら、シャルルクの専門は幻影魔法だろ。分野は違えど同じクリエーター同士、いろいろインスピレーションがもらえるらしくてな。彼は今までもこういう風に修行に出てくことがあったが、その度に幻影のクオリティを上げて帰ってくるんだ」
「クリエーターとかいうなや。でも言われてみると力づくだとあの勇者は倒せそうにないからな。そういう
イルファとはあまり接点のなかったシャルルク。どこか病的で華奢な外見であったが、敵を幻影に取り込み戦うことなく心を支配してのけるというその戦闘スタイル。勇者にも通じそうであったなと期待した。
「残念ながらイルファ様。シャルルク様の幻影魔法はいくらか前のバージョンからは女性にはまったく効果がなくなりました」
「え? なんで?」
「まったく嘆かわしいよな。女にはシャルルク先生の芸術性が分かんないんだよ」
「あの奇形的な外見とご都合極まりない展開を芸術とおっしゃいますか? あんなの作りものだって見破ってくれと言ってるようなものですよ」
「シャルルク先生はな、そういうリアル一辺倒の幻影魔法界に革命を起こし続けてきたんだ。ああ、楽しみだな。こんどはどんな世界を見せてくれるのか。彼がスゴイのは新作を出すたびにそれまでの作風をガラリと変えてくることなんだ。
俺たちも毎回最初はとまどうけど、すぐに新作こそが最高傑作だって気づくんだ。もう毎回『あれ、俺たちは今までなにに興奮してたんだ』ってなるからな。業界じゃあベテランの域だが、未だ進化を止めないシャルルク先生は本当にリスベクトに値する」
アレスのしまりない顔を見てシャルルクの努力の方向性を察したイルファ。
「よし分かった。もうそいつ四天王クビにしろ」
****
途中脱線したりもしたものの、一時間もすればアレスは何とか書類仕事を片付けた。そのまま上着をはおり、部屋を出ようとする。
「おい、アレス。終わったんなら私のも手伝ってくれよ」
「あいにくと俺はもっと重大な仕事に取り掛からねばならない」
「なんだよ冷たいな」
「お前が言ったことだろ。四天王の欠けを何とかしようと思ってな。【地】はもちろん、【水】と【風】の座も代行という形で埋めていくつもりだ」
「おお、そうだろ。こんどは変な魔法使うやつじゃなくて、これぞ四天王って感じの強いやつを探してこいよ」
「安心しろ。これぞ四天王って感じのキャラを探してくるからな」
「なんだよキャラって」
「ほら、四天王といったら脳筋、老人、子供、セクシーの4タイプが鉄板だろ」
「老人に子供って戦闘に不向きではないですか。まあ先代【火】の座は少々お年を召していましたが」
「じいじは年寄り扱いすると切れるからなあ。でも子供はダメだろアレス。そりゃ私らは小さい頃から大人に勝てちゃってたけど、さすがにあの勇者相手には勝負にならないかんな」
「逆だな。勝てないからこそだ。さすがにあの勇者ならば非力な老人や子供が挑んでくれば命をとるようなことはないだろ。要は我らが魔神に四天王が勇者とぶつかって無事に生還したと報告できさえすればいいわけだからな。生きて帰ってこれれば相打ちだったと言い張れるわけだ」
「なあっ!? お前、それは!」
「いいんだよ、時間稼ぎさえ出来ればな。最後に俺という王が生き残ってればそれでいい」
「ななっ!? それが王の言うことかアレス!」
これぞ魔王という冷酷な表情で言いいはるアレス。
(でも言ってることが情けなさすぎる……)とヴィズは思う。
「それでアレス様。どこへ行こうというのですか? まさか本気で小等部にリクルートにでも?」
「いや、もう一つあるだろ。俺は四天王の本命、セクシー幹部枠を探しに行ってくる」
そう言ってアレスは机の上にあった箱を開けた。中から取り出したのは胸元が大きく開いた黒いハイレグスーツ。
「なあ!? なんだソレは!?」
「ふふふっ。これぞセクシー女幹部ファッションだ。開発課に作らせてたのが今日完成したんだ」
「かかった経費はアレス様の給与から天引き処理いたしますね」
「俺はこの服がぴったりな女性を探しに街へでる」
「ただナンパに行くだけだろアレス!」
「そんなもの、イルファ様に着せればいいではないですか」
「なあっ!? なあああっ!?」
ヴィズの提案にイルファは身を抱くようにして部屋の隅へと逃げ出した。
「イルファはもう脳筋キャラの枠になってるからなあ。それにコイツは可愛い系のファッションに憧れがあるから、そういう路線で攻めた方がリアクションがいいんだ」
(たしかにかわいい反応するなあ……)
自分がハイレグスーツを着せられる想像でもしてしまったのか、赤面してしまっているイルファであった。
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