クククッ、勇者よ。ヤツは我らの中で(あみだくじ)最弱よ ~魔王と四天王のサバイバル戦略~
笠本
第1話 当四天王は常にフレッシュな人材を求めています!
「第13代魔王アレスの名において、ここに四天王【火】の座を
威容を誇る巨大な魔王城。
その一角、玉座の間にて声を響かせるのはまだ年若い青年―――というよりは少年。
だが立ち並ぶ大勢を前に悠然と構え、場の支配者として振る舞う様は堂々たるもの。
その黒髪に生える灰色の曲がった角も人ならざる存在だと示す。
そして彼の前に膝まづき、低頭する少女。
「竜人族の戦士、イルファ。その命、
燃えるような赤髪に、対称的な
歴代最年少でその地位についた魔王が、同い年の竜人の少女を軍の最高幹部職である四天王に任じようとする場面である。
年若い彼らがその地位に就くことに異を唱える者はここにはいない。
二人にはそうするだけの力がある。それだけの功績を築いてきた、まごうことなき魔族のトップクラスである。
「イルファよ。勇者に敗れた
「ははっ。この身を
「さすがは竜人族最強の戦士だ。では四天王、火のイルファよ。其方に勇者討伐を命ずる。これよりはこの任を最優先とせよ。そのために必要な予算も惜しまん」
「ありがとうございます、アレス閣下。では早速ですが勇者エシュリーの情報を頂きたく。仮にも祖父を破った相手。負けるつもりはありませぬが、無策でかかるのは我が祖父への侮辱にもなりましょう」
立ち上がったイルファが胸をはり、決意に眼差しを強める。
「あー、まあ就任したからいっかー」
魔王が横に立つ秘書に合図をすると、彼女は速やかに用意を整える。
執務室に場所を移した魔王アレスとイルファの前に、秘書が青紫色の水晶を置く。映像を記録し再生することのできる魔王軍の秘蔵の魔道具。
秘書が水晶に手をかざせば、そこから光が上部に向けて放たれ、やがてある光景を映し出していく――――――――
『ガハハハッ! いいぞ、認めよう新たな勇者エシュリーよ。貴様は我が宿敵、先代勇者を
巨体を震わせ豪快に笑い声を上げるのは竜人の戦士。人型を取る種族とはいえ、その見上げんばかりの体躯と刺々しい鱗肌。もはや魔獣の最強種である
対するのは小柄な少女。金の長髪を雑にリボンでまとめ、身にまとうのは軽防具のみ。
剣だけは体格に比して大きいが、その装いは町娘の冒険者ごっこと言った方が相応しく見える。
『んっ、あなたけっこー丈夫。本気出していい?』
『ガハッ! やはりまだまだ底を見せておらんかったか。当然だ、我ら魔族は力こそが正義! 全力をもって相手を殺し、殺されることが礼儀よ。勇者を名乗るならば付き合ってみせい!』
『りょー』
そして少女が動き出す。否、一歩を踏み出した次の瞬間には竜人の背後に。剣を叩きつければ巨体が小石のようにとばされ、地面を転がる。
『何のおおおお!』
男が剣を地に刺して身をおこした時にはすでに少女はその懐に。次の瞬間、オリハルコンの防具を砕き少女の蹴り足が腹部にめりこむ。
1tに近い巨体が軽々と蹴り上げられ、矢のように空をとんだ。
『ぬがあああああ!』
『ファイヤーボール! ボール! ボル!ボル!』
追撃するのはいくつもの火の玉。男をわずかに逸れた火球は突如膨張。爆音と共に高熱と暴風を彼に叩きつけた。
『のああああああ!』
絶叫と共に地上に落下すれば、元の位置から動いていない少女が剣を構え、振り抜く。そして竜人の男に届く衝撃波。
『なんじゃこれはああああ!』
またも吹き飛ばされる男にさらなる攻撃が浴びせられる。
火球、衝撃波、斬撃、殴打。
周囲に撒き散らされる粉塵と劫火はしばらく止むことなく――――――――
プツンと映像が消えれば、部屋にイルファの声が響いた。
「なっ、なななななな、なんだコレー! あれが勇者!? じいじが完全に子供扱いじゃん! おい、アレスなんだよアイツー!」
「すげえよな、剣って振れば衝撃波が出せるもんなんだな」
「出ないし! 出てたけど!? なんなんアレ!? 魔法もオカシイし! あれファイヤーボール!? 初級魔法なのになんで外れたのが山に当たってバーンって吹き飛んでんの!」
「あー、四天王【地】のドッゾが敗れたときの映像も見るか? あいつの極大魔法を無詠唱の初級魔法で競り勝ってたわ。しかも全属性持ちらしいぞ」
「はあ!? はああ!? いやいや待て待て。そんなの初代勇者タナカタカシ級じゃん。私たちにどうこうできるわけないって。えっ、何、人族はまた異界ニホンから召喚したのか!?」
「いや、先祖返りらしいぞ。向こうではタナカタカシの再来って騒がれてる。ぱっと見はリボンに浮かれるかわいい子供って感じだけどな」
「うっそ! …………魔神ゲルムが降臨してようやく相打ちで元の世界に戻せた初代勇者と同格とか…………」
「どうだ、憎き敵の顔を見てやる気が出ただろう。それじゃあ仇討ちガンバ!」
「む、む、無理ー! あんなん誰が勝てるんだよー! っていうかじいじー! お
アレスにつかみかかっていたイルファが突然叫んだ。秘書が首をかしげる。
「イルファ様はどうされたのですか?」
「ああ、祖父と父親に逃げられたのに気づいたんだろ。実力はイルファの方が上だけど、慣例なら親父さんの方が四天王に就任するはずだからな」
「じいじってば技に身体が追いつかなくなったから引退とか言って、そんな問題じゃないじゃん! お父も10年後を考えて私に機会を譲るとか言っといてー!」
「分かるぜ、俺も半年前にいきなり親父からこんな魔王なんて大役を押し付けられたからな」
「アレス様の場合は散々トラブル引き起こして心労で先代様を追い込んだのですから自業自得では?」
「あんな規格外の勇者と戦うハメになるんだったら。絶対に引退なんてさせなかったけどな。まあこうして不在だった四天王が一つとはいえ決まったわけだからな。イケ……てる幹部が誕生して俺も一安心だぜ」
「ふざけんなアレス! いまイケニエって言おうとしただろ! やんないからな! あんなんと戦うなんて断固拒否!」
イルファ、両腕でバツをつくる。
「仮にも四天王落とされて放っておくわけにはいかんだろ。勝ってこいとは言わんが、一当てはしないと神へ報告もできんわ」
「なっ、な……ならジャンケンだ! 昔からこういう時はジャンケンで決めてただろ。やるぞ。お前が負けたら勇者とは自分で戦えよ!」
「かまわんが、いいのか? あの頃のように家宝の壺を壊した主犯を俺になすりつけられると思ったら大間違いだぞ。なぜなら魔王となった今の俺は固有スキルが使えるからだ」
そして魔王アレスは指をパチリと鳴らす。すると彼の右の瞳が赤く光った。
「魔王アレス=ライスフィールドの名に於いて命ずる。イルファよ、じゃんけんでパーを出せ」
「なぁっ!?」
イルファの身にピシッと見えない何かが当たる感触。
「ククッ。これは配下に強制的に誓約を課す魔王固有スキル"
「くっ、卑怯だぞアレス!」
「何とでも言え。これで俺がチョキを出して勝ちだ。さあそれじゃあいくぞ、じゃんけん、ポン」
だがイルファが出したのはグーであった。
「ハハハッ! どうやらその力、レベル差がなければ効かないようだぞ。こうして私はグーが出せたぞ、これで私の……なああっ!?」
魔王アレスの手はパーである。すなわちアレスの勝利。
「んああああああー!」
「よーし、これで勇者討伐はイルファで決定な。ほんとに強制誓約のスキルがあると思ったのか。今のはただの魔力の放射だ。だいたい、んなもんあったら俺が女にフラれるはずがないだろ」
「クズですね」
秘書がメガネごしにアレスを半目で睨んだ。
****
「ぶわあああー! ごわがっだぁああ」
数日後。魔王の執務室にて秘書に抱きつくイルファ。彼女は勇者と一戦交えるべく人族領に出向いてきたのだ。
「えー、どれどれ」
魔王アレスが水晶を起動させれば、イルファの四天王デビュー戦が映し出さる――――――――
場所は人族領域の端。魔族領域の境目にある街。勇者エシュリーがホームタウンにしている場所。
街全体を高い石壁が囲うが、空を進むイルファには何の障害にもならない。
まっすぐに街中央の広場上空に達すれば、声をはりあげた。
『人族に告げる。我が名はイルファ! 先に勇者に敗れた祖父から魔王軍四天王【火】の座を継いだイルファだ!』
『空に浮かんでるぞ! 竜人だ! 竜人の種族魔法だ! あんなのどうやって戦えばいいんだ!』
嘆き、怯えながら自分たちを
『これはその挨拶代わりだ!』
イルファは背負った大剣を振るい、街の中心にある塔を一刀に打ち砕いた
悲鳴を上げ、逃げ惑う住人たち。だが彼らが希望に満ちた声をあげる。
『あっ、勇者様が来てくれたぞ!』
『早っ!』
民家の屋根を伝い、広場に飛び込んできた金髪の勇者、エシュリー。
『あなた、前に来たトカゲさんと匂いが似てる。じゃああのトカゲさんと同じくらい硬いってことだよね。楽しみ』
『ぼぶェエ! そう急くな小娘。本来ならば私も祖父の仇を打ちたいところだが、残念ながら今回私が来たのは偉大なる魔王アレス様の言葉を伝えるためだ。―――勇者よ、我が配下を破った力量見事であった。近々、余みずから相手をしてやる故、首を洗って待っていろ―――とな』
『ふうん、魔王みずから』
『そうそう、アレスの獲物だから私は絶対手を出しちゃダメって言ってた。目も合わせるなって。あと、赤いリボンが子供っぽいって言ってたよ』
『なっ!』
勇者の金髪をまとめる大きな赤いリボンが揺れる。
『いや、私はカワイイと思うぞ。あとアイツは女と見ればすぐ口説くクズだけど、あの勇者はちんちくりんだから興味ないって言ってた』
『ちんちく……』
勇者は自分のいかにも少女じみた身体とイルファの起伏にとんだ身体を見比べ、スチャっと剣を抜いた。
『魔族、滅ぶべし』
『のわあああ! 魔王! 魔王様のお言葉であるぞ! それではさらばだ!』
紅紫色の羽根を広げ、身をひるがえして街を離れようとするイルファ。
『待つ』
追う勇者。
『アレスです! 魔王アレス! 魔王アレスをよろしくお願いしまーす!』
プツンと映像は消える――――
「怖かったよう……」
「おい、まてやお前。勝手に俺の名前だしてなすりつけるとか、やってることが完全に子供じゃねえか」
「しかも街の象徴の鐘塔を破壊してますからね。事後の賠償が高く付きそうですね」
「あいつオカシイよう……こっちは飛んでるのにピョンピョン跳んで追いついてくるんだもん。もう竜化して全力飛翔してなんとか逃げ切ったけど、ファイヤーボールとか斬撃がピュンピュン飛んでくるし…………あ゛ああー、角が欠げてるうー、私のキューティくるんがあ゛ー」
今は長椅子に丸くなって鏡に映る自分の頭部を見て涙を浮かべているイルファ。とても四天王の一角を担うとは思えない姿。
「おい、諦めるなイルファ! お前がここでヘタれたら後は俺だけなんだぞ!」
威厳もなにもない二人を見て、秘書は視線を明後日の方向へ。
「これは当分ダメですね」
これは魔王と四天王が迫りくる勇者の魔の手から逃げきろうという挑戦の物語である。
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