黒い微睡みが見た光

いるか

第1話 出会い

生きていた。ただなんとなく。なぜ死を選ばなかったのかと問われると答えることはできないだろう。もっとも、こんな暴力が支配する街で、そんな哲学的な問いをかけてくる者はいないだろうが。

俺は霞(かすみ)。苗字なんて知らない。物心が付いた頃には、この貧民街で一人だった。捨てられた訳ではない。父親は記憶にないが、母親の顔は思い出せる。といってもほとんど覚えてないが、こんな掃き溜めの街で必死に俺を守ってくれていた。

人が死ぬのが日常の街。母の死も日常でしかなかった。ただ、何もしなくても食べるものが得られるわけではなくなった。ならどうすればいいか?簡単だ。他者を殺し、奪えばいい。「上」の街から盗めばいい。ただそれだけのこと。これを繰り返して生きてきた。

が、それももう終わりかもしれない。つい先日、いつものように食料を奪うため殺した男はどうやら「上」の街では有名なマフィアの構成員だと聞いた。おそらく報復で俺を殺しに来るだろう。ようやく自分の終着点が見えた気がした。喧嘩は多分強い部類だ。武器も扱える。当然だ。でなければ母親が死んだ後すぐに死んでいるだろう。しかし、今回敵に回した相手はおそらく太刀打ちできる相手ではないだろう。抗えば、数人は殺せるかもしれない。だがそんなことは無意味だ。そんなことをすればより強い構成員がより強い報復に来るだけだ。だから俺はもう抗わないと決めていた。

そう思って数日が経過した。何もない日常が繰り返されていた。なぜ誰も俺を殺しにこない。普通に生きていればまず抱くことのないような疑問だろうな。殺した男がそもそもマフィアの構成員ではなかったか。もしくは、たかが一人のために報復に派遣なんてしないのか。色々考えたが、分からなかった。俺はただいつも通り過ごし今日も夜を迎えていた。睡眠はいつも2、3時間ほどだ。それで不便があったことはない。

いつもだいたい決まった時間に寝て決まった時間に起きているが、今日は違った。だれかに起こされた。瞼を開けると、貧民街に似つかわしくない黒いスーツにコートを羽織った女性がいた。間違いない。この格好は、先日殺した男のそれに酷似している。女性は口を開いた。

「君か。やっと見つけた!」

まるで、無くした物を見つけてはしゃぐ少女のような口調だった。

「あんたが俺を殺しに?」

「ずいぶん達観してるね。もしそうだったら?」

「抵抗する気はない。出来ればここで一思いにとは思うが。」

本音だ。痛いのは昔から嫌いだ。だが、冷静に考えれば、拉致され拷問にかけられることも有り得るだろうな。そうなると舌でも噛み切るか。それで死ねるのかは知らないが。

「君さ、私の部下にならない?」

「は?」

「うーん、意味は分かるよね?受け答えは普通に出来ているんだし...」

「分かった上での返答だ、俺はあんたの組織の人間を殺したんだぞ。」

「知ってるよ。私こう見えても、組織だとちょーっと偉いんだよね。

だから、私の部下になるなら、それくらいなんとかしてあげられるよ。」

「色々聞きたいが、なぜ俺を?」

「うーん、だって君ここで一人でしょ?それに、人を襲って食料盗んだりして生活してるんでしょ。辛いでしょ?それに、見たところご家族もいないみたいだし。簡潔に言うと人助けかな?あと君強いでしょ?君が私のことを守ってくれたらお互いに利があるでしょ?理由はこんなとこかな、で、どうする?」

「断れば?」

「どうもしないよ、私は帰る。なんなら君を始末したって上に言ってあげてもいいよ?そうなると君は日常に戻れる。」

「人助けと言ったのは、嘘じゃないんだな。」

俺は少し考えて思ってもないようなことが口から出た。

「マフィアに入り、あなたの部下として生きれば、生きている理由が見つけられるか?誰かに生きる理由を問われたときに答えられるか?」

「なにそれ...そんなの分からないけど、これだけは言えるかな。」

「?」

「このままここで生きていたら、何も見つからないよ?」

そう言われ、俺は、この人に付いていくことにした。

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