魔力ゼロの少女は実は原初の魔女だった
麻竹
第1話 魔力ゼロの少女
むかーし昔、とある国で偉大な魔法使いが王様になりました。
その魔法使いの王様に子供が生まれ、その子供がまた子供を生み、どんどん魔法使いの子孫が増えていきました。
すると、どうでしょう。
その国では、魔法が使えなかった人間は殆どいなくなり、いつしか魔法を使える人達で溢れ返ったのです。
そして、その国はいつしか魔法王国と呼ばれ、魔法使いたちが大勢暮らす、とても珍しい国が出来上がったのでした。
魔法王国――アレクサンドライト。
この国を築いたとされる、初代国王の名前を付けられたこの国は、名前の通り魔法使いの住む国でありました。
ここで生まれる人間は、魔力を持って生まれる為、その生活も特殊なものでした。
その一つに、魔力保有量で国民たちは貴族と平民に分けられていたのです。
魔力の保有量がより多い者は貴族に、少ないものは平民に……。
この国の人間達は、生まれてから死ぬまで魔力の保有量が変わらない為、生まれた時に魔力量を測定する水晶球で魔力量を調べ、その時点で平民と貴族どちらになるかが決められていました。
その為、例え貴族の子供であっても、国が定めた魔力量に及ばない者は、平民にされてしまうのです。
貴族になれなかった子供は孤児院に行くか、子供の居ない平民の所に養子に行くことになります。
また、その逆も然りで平民の家に生まれた子供が、貴族になったり、貴族の家に引き取られるケースもありました。
魔力が多ければ多いほど優遇されるこの国では、魔力量の多い子供は貴重な存在なのでした。
そんな格差と差別が横行する国で、憐れにも生まれた時から魔力がゼロの少女がおりました。
少女はニーナといい、平民で天涯孤独の少女でした。
頼る親戚もなく身寄りのないニーナは、王都の近くにある街に暮らしていました。
ニーナは物静かな子で、特に何の取り柄もない平凡な子供でした。
唯一の趣味と言えば読書をすること位しかありません。
そんなニーナは、街にある王立図書館で働いていました。
王立図書館と言えば、国が管理する由緒ある施設です。
何故そんな所で魔力も無いニーナが働くことが出来ているのかというと、単にそこの管理を任されている図書館長の慈悲のお陰でした。
王立図書館では、貴族・平民問わず誰でも施設を利用することが出来ます。
本を読むことが好きだった彼女は、王立図書館に毎日通っていました。
そして、その図書館に足蹴く通っていたニーナは、ある日、顔見知りになった図書館長の誘いで、学園の教科書用の専門書の模写作業員として働かせて貰えることになったのです。
図書館長のお陰で、仕事にもありつけ生活に困らなくなったニーナでしたが、そこで働く貴族の職員たちには良く思われていなかった為、嫌がらせを受けていました。
それでもニーナは、大好きな図書館を辞める気は無く、毎日嫌がらせを受けながらも、なんとか生活していたのでした。
「これとこれ、やっておきなさい。」
ニーナが教科書の模写作業をしていると、頭上からドサドサという音と共に声がかけられました。
顔を上げると同僚の貴族の令嬢たちが数名、ニーナを見下ろす形で机の前に立っていたのです。
そして、机の上には沢山の本が無造作に積み上げられていました。
しかも、積み上げられた本は模写用の教科書では無く、返却されてきた貸し出し用の本でした。
ニーナも図書館の職員である以上、貸し出し本の整理などもやる事があります。
しかし、今は教科書の模写作業中で、貸し出し本の整理は目の前の令嬢たちの仕事の筈でした。
しかし彼女たちは、その仕事を毎回ニーナに押し付けてくるのです。
今回もまた、嫌がらせをするために大量の本をニーナに押し付けてきたのでした。
「はあ。」
ニーナはトレードマークの丸眼鏡を直しながら、気の無い返事をします。
その返答に片眉を上げながら、令嬢の一人が話しかけてきました。
「なあに、その返事は?これだから魔力の無い人は嫌だわ、まともに返事すらできなくて。」
令嬢は腕を組みながら、踏ん反り返って偉そうに言ってきます。
令嬢の名は、シシリア・アフォガナーといい、子爵家の御令嬢で従業員の中で一番魔力量が多い子でした。
その為、いつも図書館の中で威張り散らしていました。
ニーナは無表情のまま「すみません」とだけ言うと、席を立ち大量の本を抱えて書庫へと向かいました。
「ほんっと愛想が無いったら。あれが同僚だってだけで、私たちの評価も下がっちゃうわ。」
「そうですわね。でも魔力が無いなんて、ほんと可哀相ですわぁ。」
「あらやだ、聞こますわよw」
くすくすくすくす。
書庫へと向かうニーナの背中に、聞こえるように令嬢たちが悪口を言います。
そんな誹謗中傷を受けながら、ニーナは無言で書庫の扉の中へと消えていきました。
「ふう。」
ニーナは押し付けられた本を本棚に返し終わると、疲れたように溜息を吐いていました。
実際、大量の本を押し付けられたお陰で腕が痛くなっていたのです。
相変わらずの嫌がらせにはだいぶ慣れましたが、それでも重労働な事に変わりはありません。
ニーナは、まだやりかけの模写作業の事を思い出し、重い溜息をまた吐くのでした。
毎度毎度、シシリアや貴族の令嬢たちは飽きもせず仕事を押し付けてきますが、あれで大丈夫なのかとニーナは思ってしまいます。
彼女たちは貴族といっても、労働者階級の貴族にあたるのです。
労働者階級とは、仕事を貰い賃金を得て生活しなければならない人々の事を指します。
労働者階級は、主に平民たちが殆どですが一部の貴族の中には、その階級に位置する者達がいました。
そういった貴族は、土地も資産も持たない云わば貧乏貴族と呼ばれているのです。
その為、シシリア達のような貴族の出の者が時々ああやって平民に混ざって職員として働いていました。
その逆に、非労働者階級というものもありました。
非労働者階級は、その名の通り働かなくても生活できる人達の事を指します。
非労働者階級には、伯爵以上の上位貴族達が名を連ねていて、そういった貴族は大抵、莫大な資産と資源豊富な領地を持っており、そこで人を雇って賃金を支払う代わりに働かせているのでした。
平民の中にも富豪や豪商などは、店舗や貿易で人を雇ったりするため、非労働者階級に位置している者もいました。
とまあ、こんな感じで人々の暮らしは全て階級で差別されているのでした。
そして、先程ニーナを苛めてきた子爵令嬢たちは労働者階級の中でも、かなり下の階級に位置しているそうです。
しかも本来下位貴族は、上位貴族の元に奉公に行くことが多いのですが、彼女たちは我儘で傲慢な性格が災いして、どこも雇ってくれないのだとか……。
そこで優しい図書館長が、令嬢たちの親に泣き付かれて雇ってあげたのだそうです。
そんな恩も忘れて彼女たちは、貴族という事と魔力が高いという事を鼻にかけて遣りたい放題、威張り散らしていて困っていると、先日図書館長が嘆いていたのを聞かされたばかりでした。
このまま仕事もせず、館内の風紀を乱すような事が続けば、親御さんに報告しなければならないと嘆いていたなぁと、ニーナは綺麗に整頓された本棚を眺めながら思い出していたのでした。
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