第11話 ヒロインイベントっぽいもの(卒業パーティー)
あれ以来、私は研究室に近寄らないようにし、殿下に要望された日のランチのみ同行するようにした。あの日泣いてしまったことにはお互い何も触れない。溺愛設定の恋人たちの他愛もないお昼の逢瀬を二人で過ごす。
殿下の研究発表も差し迫っているし、最近の自由登校では学生も少なく見せつける必要もないということで、寮へ送り届けてもらう方は辞退した。
殿下が師事される魔法学の研究室のデリンガー教授は、二十代の若き才媛として知られる方で、隣国で殿下のお兄様の家庭教師をされていた方らしい。
私は、なるべくお二人の邪魔をしないようにと心がけた。
卒業式の日は、夜にドレスアップした皆が参加する卒業パーティーがある。
一般的な夜会に準じた様式で行われるが、エスコートについてはパートナーを立てても立てなくても良い。
私は殿下に、卒業後、隣国へ就職することが決まっていることを話した。そして、それまでに断れない方から婚約を申し込まれてしまうと就職を諦めなくてはならないため、二人の関係が終わったと公にするのは、卒業パーティー後にしてくれないかと頼んだ。最近、放課後にある方達――以前、ウサギを一緒に探したり、オルゴールを直したり、怪我の手当てをした方達だ――との遭遇率が高く、彼らから熱のこもった視線を向けられているような気がするのだ。私はあまりそういう感度が高くない方なので自信はないのだが、用心に越したことはない。アシュリー、可愛いしね。
殿下は私の商会への就職に対し複雑な表情を浮かべられた。
ひょっとしたら、殿下の元恋人が隣国へ行くのはまずいと思われたかもしれないので、その時は雇われ恋人でしたってきちんと公言します、とお伝えした。まあ、ただの商会の従業員と殿下とでは、活動範囲が違うからまず会うことはないだろうけれど。
殿下も、納得してくださったようだ。
◇◇◇◇◇◇
私は、殿下に贈られた、殿下の髪や瞳の色を取り入れたドレスを着て、パーティーへと向かった。
我が同志達も、それぞれの攻略対象達と参加している。見るからに熱々の様子に、私も講師として感無量だ。
今日で私の卒業前の一大プロジェクトは終了だ。
じんと込み上げるものがある。
エスコートしてくださったエルネスト殿下とのダンスを終えると、私は、目の端に、ある方の姿をみとめて、殿下へとそっと告げた。
「エルネスト様。今日は、この学園での最後の日です。他の方とも踊って差し上げて?」
「君がそう言うのなら」
殿下は、私の手を取って口づけると、私に感謝をするように流し目をくれて、教授の方へ向かった。
殿下は、美しく装ったデリンガー教授の前にいき、恭しくその手を取りダンスにお誘いしていた。
私は、その姿を見てドレスの胸元をぎゅっと握り締めた。
その時、ある人物が私の前に立った。
「先輩、僕と踊ってくれませんか?」
そこには、ふわふわの金髪を撫でつけた緑の目の男の子が、瞳を潤ませながら立っていた。
ああ、彼とも決着をつけなければ。
「ローマン様。はい、喜んで」
私は、以前よりも幾分背の高くなった彼のリードで、ダンスホールを回った。
「先輩、そんな哀しそうな目で殿下の姿を追わないで。僕なら先輩にそんな顔させない。僕が先輩を幸せにするから。殿下が国を去られたら、先輩の家に正式に婚約の申し込みをするよ」
潤んだ瞳に強い光を宿して、彼は、私に訴えかける。
この人は本当に私をよく見ている。
私の気持ちを、私よりも正確に代弁してくれている。
こんなに真剣な人になんて答えればいいんだろう。
嘘は返したくない。
「私は殿下を愛しています。卒業したら、私も隣国へ行くことになっているのです。ローマン様の貴重なお時間を、どうかもう私に使わないで」
私は、事実だけを返す。
真実ではないけれど、嘘ではない。
ただ、取り様によっては、貴族令嬢の矜持を捨てて愛人の道を選んででも隣国に渡るという、愛に生きる悲壮な決意に聞こえてくれただろう。
「それではあなたは幸せになれない!」
「いいえ。私は幸せです。私の幸せは、私が決めます」
私の視線を受け止めて、彼は、さらに瞳を潤ませた。
しかし、私の思いと決意は彼に伝わったのだろう。
「わかりました。お幸せに」
私が殿下の方をチラリと見やると、殿下は、かのお方とダンスをおえ、深々と頭を下げているところだった。
教授は、泣きながら微笑んでいた。
殿下も決別されたのだろう。
――私たちは、今日を区切りに、前に進まなければならない。
「こっち!!」
その時、私は突然手を引かれて、振り返った。
その人物は、なんとイレーネ様だった。
明るいブラウンのドレスにブルーの差し色のレースが美しく絡まる、非常に目を引くドレスだ。
彼女は、ダンスホールの中の人ごみを縫うように抜けて、私の手を握ったまま休憩室へと連れて行く。
そういえば、何か忘れてるとは思っていたが、イレーネ様には、あれ以来会っていなかった。
「お願い、助けて!? あんたも転生者なんでしょ? ラニエロがやばいってわかってるでしょ? ラニエロの相手は、ほんとはあんたがするはずだったのに、何でこんなことになってんのよ!?」
彼女の言う内容は半分ぐらいしか分からないが、彼女も転生者なのは確かだ。それに――。
「あんた1のヒロインでしょ? 何で、私の一推しの2の隠しキャラ持ってちゃうのよ!? おまけに私が2のヒロインなのに、2の他の攻略対象とのイベントも始まらないまま終わっちゃうし! 楽譜が飛んでったり、ウサギを一緒に探したり、オルゴール直したり、怪我の手当てしたりってのが全然始まらないのよー!?」
「あー」
「イレーネ、どこですか?」
「ぴっ」
休憩室に現れたのはラニエロ様だった。
にこやかに微笑むラニエロ様に抱え込まれるようにしてイレーネ様が去っていった。
そういえば、ラニエロ様も久しぶりに見た気がする。
そっか、殿下は2の隠しキャラか。
あのスペックならさもありなん。
おまけに、イレーネ様の言っていた始まらなかったイベントにも心当たりがありすぎる。2も同時並行で進んでいたとは、驚きの事実だった。どおりで美形ぞろいだったはずだ。
2の攻略対象達向けのヒロイン養成講座を開いてあげられなかったのは残念だが、知らなかったので許してほしい。私はこれでこのゲームからは退場だからここはあきらめるしかない。あんまり知りたくない情報だったなー。ちょっと後味が悪い。特に、ローマン君には申し訳ないことをしてしまった。
イレーネ様が怯えてたのが気になったが、迎えにきたラニエロ様と二人の様子を見て、安心した。茶色の髪に青い眼のラニエロ様に肩を抱かれて何かを囁かれた途端、イレーネ様は顔を赤らめているし、口で言っているだけでいい感じなのは一目瞭然だった。
休憩室からダンスホールに戻ると困った事態になった。
「アシュリー嬢。どうか私と踊ってくれませんか?」
「いえ、先に私と」
「いえ、僕と」
あれ? ウサギを一緒に探して差し上げた令息だ。他にも何人か顔見知りがいる。オルゴールとか、怪我とか……。
囲んで寄ってこないでほしい。
ええ? なんか、ちょっと、笑ってない目が怖いんですけど!
そう言えば、このゲームヤンデレばっかりだったのでは!?
その時、さっと、彼らと私との間に人影が割って入った。
「アシュリー。本当に君は見張っておかないと何をするか分からない」
「殿下」
殿下が側に来て、私の頬を愛しげに撫で、周りに睨みを利かせる。
2の攻略対象だった彼らは去っていった。彼らの顔は怖くて見られなかった。
ほんとにほっとした。
私は微笑みながら、殿下を見上げた。
「この国での御用はお済みですか?」
「ああ」
「ようございました」
私と殿下は、最後となるダンスを踊った。
私は、この日を、この光景を、この腕を、このぬくもりを、いつまでも忘れないだろう。
「アシュリー、今までありがとう。中々楽しい時間を過ごせたよ」
「はい、こちらこそありがとうございました。私にとっても実りある時間でした。殿下の今後のご活躍を祈っております」
私は、去っていく殿下の姿が見えなくなるまで深々と頭を下げた。
涙が、地面を濡らす。
こうして、殿下と私の契約は終了した。
――はずだったのだが。
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