第2話 ヒロイン養成講座
学園のある一室を借り切って、その集会は行われていた。
「一つ、ヒロインは、必ず思いやりの言葉をかけるべし、復唱」
「ひ、ひとつ、ヒロインは、かならずお、思いやりの言葉をかけるべし」
「一つ、ヒロインは、何もなくても転ぶべし」
「ひ、ひとつ、ヒロインは、何もなくても転ぶべし」
「一つ、ヒロインは、上目遣いを学ぶべし」
「ひとつ、ヒロインは、上目遣いを学ぶべし」
異様な熱気に包まれて、選ばれし四人のご令嬢たちは、真剣な面持ちで私の言葉を復唱する。これは、私が作ったヒロイン十か条だ。
途中でイエッサーなんて合いの手が入れられたような気もするけれど、気にしない。
私は、自分が知っている限りの乙女ゲームの「ヒロインあるある」を、ここにいるご令嬢たちに叩き込んでいく。
「さあ、十か条の次は、本日の講義に移ります。本日はお化粧講座です。皆さま、侍女様方もお連れいただきましたね。皆様には本日、このお化粧をマスターして帰っていただきます。まずは、お手本として私をご覧ください」
私は、地味なおさげのカツラ、瓶底眼鏡を外す。カツラの下からは、見事なハニーピンクの髪が零れ落ちていく。ほうっとため息をつく侍女様方。私は、ぱちんとウィンクをして、髪を手早くふわふわのツインテールにした。
私は、自分のピンクの髪をふわりと翻し、軽やかに制服の裾を揺らし、一回転する。彼女たちの視線はもちろん私に釘付けだ。
私は、ヒロインの魅せ方を知っている。
そして、彼女達にもこれまでの講義を通じてそれを叩き込んできた。
「殿方、特に、第二王子アウグスト殿下、公爵家バルドゥル様、宰相ご子息ディートハルト様の好まれるメイクがこれです。ファンデーションは薄づきで、頬紅は控えめにけれど健康的に、シャドウはうるんだ涙目を目指して、口紅は自然な桜色! 騎士団長ご子息リヒャルト様は、アイメイクはさらに控えめに。侍女様方、さあ、お嬢様方を変身させて差し上げて!」
「「「はい!」」」「イエッサー」
また変な返事が混じったけれど気にしない。
今日も、熱い講義を終了した。皆さん、勤勉でまじめに取り組んでくださるので、教える方も熱が入る。
「それでは、本日の講義を終了いたします。皆さま、きちんとご練習と実践をなさいませ」
「来週は、いよいよ、第二王子アウグスト殿下との出会いのタイミングです。クリスティーネ様、特訓の成果を見せる時です」
「はい、頑張りますわ」
公爵令嬢のクリスティーネ様は、第二王子アウグスト殿下の婚約者候補の一人で、ずっと思いを寄せて来た方だ。
皆が、ついにこの時が来たかと万感の思いで頷き合う。
この講義のメンバーはすでに、熱い魂の絆で結ばれた、――同志だ。
◇◇◇◇◇◇
翌週、私達は早朝から校門がよく見える教室に陣取り、遠眼鏡で様子を伺う。
「ターゲット、校門を通過です」
「ヒロイン、接触します」
「三、二、一、
遠眼鏡をかけたまま、皆がわっと歓声を上げる。
「読唇術開始します」
名家の侍女ちゃん達は、優秀な人材が多い。
『大丈夫かい、君は?』
『す、すみません、本に夢中で……』
『怪我をしているね。僕が保健室に連れていこう。まさか、クリスティーネ?』
『え? で、殿下?』
私は遠眼鏡をかけたまま片腕でガッツボーズ。
転んだ姿勢からの上目遣いは完璧だ!
「ターゲット、護衛の手を断って、自分でヒロインを抱き上げます。ターゲット、頬が赤いです。第一ミッション、成功です」
部屋に再びわっと歓声が上がる。
「やったわね。クリスティーネ様。頑張っていらっしゃったもの」
「ええ、本当に。努力をものにされて素晴らしいわ」
「この日のために、どれだけ擦り傷を作って自然に転ぶ練習をされたことか」
涙ながらに語る彼女たちの思いは、計り知れない。
「さあ、こうしてはいられないわ。三日後は、公爵家バルドゥル様よ。マヌエラ様、裏庭で水を被ることになります。私が仕掛けますので、後で場所の確認とタイミングの打ち合わせを。そして、驚いて打ち震える所作の最後の復習をしますよ」
「はい、軍曹! 私も頑張ります」
おい、誰が軍曹だ!?
いや……だから、気にしないんだってば!
私たちは、ヒロイン養成講座の講師と生徒。そして、幸せな将来を夢見る運命共同体だった。
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