第11話 電撃少女は彼を先輩と呼ぶ
「こ、こっちに来るぞ! 隠れろ」
「隠れろったって、どこに」
俺は慌てて椎名の手を引いてすぐそばの路地を折れると、電柱の陰にしゃがみ込む。
されるがままの椎名は信じられない、とでも言いたげにこちらを見るが仕方ないだろう。
元来た道を見やると、七海は呑気にとてとてと夜道を歩いていく。心配する人の気も知らないで。
気づかれないくらいの距離が開いたところで、俺は椎名に声を掛ける。
「よし、行こう」
立ち上がり振り返ると、椎名は俺の方に小さく右手を伸ばしていた。彼女は俺と自らの右手を交互に見て、何かに気づく。
「…………椎名?」
「なんでもない」
「何も言ってないぞ」
「なんでもないから」
彼女はこちらを見ようともしない。
相変わらず、俺の幼馴染はよく分からない。
***
七海は俺の想像していた通り、例の神社の方への道を進んでいく。つい先日、彼女を送っていった道だ。あの日と同じように綺麗な星空が俺たちの上には広がっている。
「やっぱり怪しいよな。こんな時間に女の子が一人で出歩くなんて」
「こんな時間にその女の子の後をつける君の方がよっぽど怪しいと思うな」
「それは言わないでくれ……」
七海の身体に起きているあの現象をなんとかするためだ。今日だけは見逃してくれ。
しかし、俺の読み通りなのだろうか? あの電撃の理由は神社にあるのか?
「あ。コンビニに入ったね」
隣で椎名がつぶやく。
「コンビニ? 妙だな」
「いや全然妙じゃないよ。普通に小腹が空いたからコンビニに来ただけなんじゃないの? あの後輩は」
「あいつがいつも行くのは別のコンビニだ。あのコンビニは弁当が美味しくないからと毛嫌いしているはずなのに」
「こんな時間から女の子が弁当食べると思ってるのかな。君は」
滅茶苦茶お腹空いてるのかもしれないだろ。
とりあえず、七海がコンビニから出てくるのを待つ。
しばらくして、ビニール袋を下げた七海が出てきた。何を買ったのかまではここからだと見えない。
彼女はきょろきょろと辺りを見回して、後をつけてきた俺たちの方とは反対側、神社へと続く道をまた歩き始めた。
「やっぱり神社だ」
「神社に行ったら電撃が出るとでも?」
「普通に考えたらそんなわけないんだよな」
「まあ、既にあの後輩は普通じゃないか」
諦めたようにため息をついた椎名。
そう、普通じゃない。だから手がかりだけでもいい。なにかきっかけさえ有れば、それがあの現象を解決に導く可能性になりうる。
コンビニからさらに明かりの少なくなった道を進む。例の神社、
その姿を見て、心臓が跳ねる。
いつの間にか手のひらが薄く湿っていることに気づいた。
今日、俺は七海とこの神社で約束なんかしていない。ならば、何故彼女はここに?
スマホの画面で時間を確認する。
時刻は二十一時に差し掛かろうとしていた。
「君の言う通り、あの後輩はこうして神社に来たわけだけど。本当に心当たりは何もないのかな」
「マジで無い。つい先日、それこそ七海に呼び出されてここに来たのが最初だ。お祭りで来たことはそりゃ何度もあるけどさ」
「そうなると、この時間に一人で神社を訪れるのは明らかにおかしいよね。階段を走ってトレーニングでもしたいのでもない限り」
「…………だよなあ」
七海が登っていった階段の下まで辿り着く。
見上げると、まとまりつくような暗闇が階段のずっと先まで広がっていた。
つい先日訪れた時よりも、ずっと不気味な感覚が俺を襲う。
「えっと。これ、登るの?」
椎名が子供みたいにぽつりと言う。
「登るだろ。ここまで来て引き返せないし」
「暗いよ?」
「見たら分かる」
「こ、転んだらいけないし。裾掴んでてもいいかな」
視線を落としたまま椎名が言う。
ああ、そういえば椎名も小さい頃から暗いの苦手だったっけ。
俺は彼女の右手を握る。ひんやりしていた。
「裾持ってた方が危ないだろ。いくぞ」
手を引いて階段に足をかける。椎名がなにやらごにょごにょ言うが、虫の鳴き声と、ざざあと吹いた夜の風の音でよく聞こえなかった。
ゆっくりと階段を登っていく。
自然と息を潜めてしまう。悪いことをしているわけでもないのに。なんだかお化け屋敷でも歩いている気分だ。
なんて考えたところで。
ふと、椎名とこうして手を繋いでお化け屋敷を歩いたことがあったな、なんて思い出す。
「いつだっけ? お化け屋敷かなんかで、こんな風に手を繋いで歩いたこと、あったよな」
「……覚えてないよそんなこと」
「小学校、かな。椎名は確かめそめそ泣いててさ」
「泣いてないから。あれはお化け屋敷のクオリティの低さにがっかりして涙が出ただけだから」
「いや泣いてるじゃん」
ひそひそと、内緒話みたいに俺たちは囁きながら階段を登っていく。
急な階段は足に疲労感を残していって、息は自然とあがり、じんわりと汗が滲む。
大きな石造の鳥居が見えて、もう少しで境内に辿り着くという所で椎名の足が止まる。振り返ると、彼女は小さく首を振った。
「どうした?」
一段階段を降りて、椎名に並ぶ。
「…………話し声。聞こえない?」
息を潜めて彼女は言う。
俺は耳を澄ます。りんりんという虫の音。
ざあざあと揺れる木々を抜ける風の音。
夜を包み込むたくさんの音の中で、かすかに、けれど確かに声が聞こえた。
「七海の、声か?」
七海は一人で階段を登っていた。
そう、一人だ。ならば彼女は、誰と話しているというのだろう。
――ぱちっ。
空気が弾けるような音がした。
俺は慌てて顔を上げる。
階段の先、鳥居の下。そこに七海は立っていた。青い光が弾けて、星空と月明かりだけの中で、その瞳だけが爛々と青空のように輝いていた。
そう。爛々と。
四つの瞳が輝いていた。
「……ねえ。き、君の後輩は。二人いるの?」
隣で椎名が震える声で呟いた。
俺は何も答えることができなかった。
視線の先には、七海と手を繋ぐもう一人の七海がこちらを見下ろしていた。
「――なんで、いるんですか。先輩」
七海が俺を呼ぶ。
なにが違うのかなんて分からないけれど。
なにかが絶対的に違うのだと、どうしようもなくそう分かってしまう、呼び方だった。
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