第10話 電撃少女の向かう先

 結局その日。

 七海はそれ以上、電撃のことについては教えてくれなかった。


 二人で作ったラーメンを食べて。

 彼女はきっと、いつものように笑っていて。

 俺だけは、それがいつも通りのものではないことを分かっていた。



「――で、私を呼び出したわけだ」


 時刻は十八時を回ったところ。

 陽は傾き始めてはいるものの、夜と呼ぶにはまだいくらか早い茜色の街の中。


 小さな頃から家族でもよく通っている中華料理屋、『再々軒さいさいけん』を俺は椎名と二人で訪れていた。今日の出来事のあらましを彼女に話した俺は、続ける。


「悪いな。晩飯奢るから」

「君は本当にあの子の為になると、何というか……。というかお金あるの? 最近やけに羽振りがいいけど」

「バイトしてるしな。そんな使い道もないし」

「あれか。たこ焼き屋」


 椎名はメニューを眺めつつ呆れた声で言う。

 そう、俺は駅前のたこ焼き屋でバイトをしている。これまたチャラいおじさんが店長だが、味だけは確かだ。あと時給が割と良い。


「じゃあ、遠慮しないからね」


 手慣れた様子で椎名は炒飯セットにプラスして餃子を二人前注文する。ここの餃子はニラがしっかりと効いていてうまい。

 俺も餃子のセットを頼んだ。


「話を戻すけど。じゃあ君は、夏休み早々にあの子から出ていたのが電撃じゃないと分かってしまったわけだ」

「そういうことになる。電撃には見えるが、電撃じゃない。……なら、あれは。一体なんなんだ」

「私に分かるはず無いって言ったでしょ」


 こくりと一口水を飲んだ椎名は、肘をついて窓の外を眺めた。

 白のワンピースが目に映る。いつも彼女は白だとか薄い色の服を着ているせいで、ごはんの時にシミがつかないかこちらが心配になる。


「そもそも、夏休みの間に解決出来れば良いみたいな適当な話だったのに。それなのに、君は初日から私を呼んだ」


 そうだ。

 最初から訳の分からないこのふざけた現象。

 一日二日でどうにか出来る筈もない。原因不明、ヒントもなし。特別な力を持つわけでもない俺に解決出来る保証なんて、無い。


 だから、ゆっくりで良いと思っていた。

 あの七海の笑顔を見るまでは。


「これは、勘だ。ただの勘でしかない」


 ずっと見てきたからこそ分かることもある。


「でも俺は、七海のあの電撃をこのまま放っておくと後悔する気がした」


 椎名の瞳が俺を捉える。

 いつものように何を考えているのか分からないようなその瞳。


「……ふうん。まあ、あの後輩を一番見ている君が言うならそうなのかもね。ずっといやらしい目で見ているだけはある」

「おい。見てないぞ。ひどい言いがかりだ」

「それに。あの子が嘘をついていて、それを君にまで隠すなら。それなりの理由が――」


 その意外な言葉に驚く。

 こちらの様子に気づいたのか、わずかに頬を染めて椎名は言い直した。


「あ、いや。あの後輩にそこまでの考えは無いか。絶対無い。アホだから」

「ひどい言われようだ」


 椎名はこほり、とわざとらしく咳払いをする。


「それで? 君が訊いても教えてくれなかったことを一体どうやって解き明かすつもり? 毎度私に頼ってくるけど、私は知らないよ?」

「分かってる。七海が教えてくれるまで待つ、ってことも考えたんだが」

「夏休みが終わりそうだね」

「それだけは避けたい」


 お待ちどう、というおばちゃんの声が聞こえて、隣のテーブルに料理が置かれる。椎名がぴくりと反応して、少し残念そうな顔をした。


「……例えばだ。七海から出ているあれが、あいつの寿命とかで。それを消費しているのだとしたら、どうする?」

「仮にそうだとして、あの子はあんな平然と居られるかな? 君にそれを伝えてまで」


 考えてみるが、すぐに結論は出る。

 絶対にいられないと思う。

 でも七海は自らから出ているものがなんなのかを知っているように見えた。


「とにかく。早いに越したことはない」

「だからどうするのさ?」


 お待たせしました、というおばちゃんの声。

 目の前に料理が次々に置かれていく。

 椎名の喉がごくりと鳴った。


「俺に考えがある。付き合ってくれるか?」


 椎名はこちらをちらと見て。


「まあ、このごはん分くらいは」


 そう言った。



***



「ねえ。これはまずいよ。まずいって。君はいつからストーカーになったのかな」

「直接聞いてもダメなら張り込むしかねえ」


 Tシャツの裾をくいくいと引く椎名に言い返す。ごはんを食べ終えた俺達は、七海瑠夏の家のそばに居た。


「発想が刑事。一歩間違えれば変態だ。しかもこんな時間にあの子が出てくるとは到底思えない」


 俺だってこんなことしたくない。

 でも他に方法が無い。刑事だろうが変態だろうがやるしかないなら俺はやる。

 

「一番最初な。七海から電撃が出るって相談を受けた時に呼び出された場所が、神社だったんだ。ほら、あの川の近くにあるやつ」

「あの毎年お祭りがあるところ?」

「ああ。真っ暗な夜に神社だぞ? あの怖がりの七海がだ」


 ずっと違和感があった。

 彼女との待ち合わせであの神社を使ったことなんて一度もない。しかも、夜にだ。


 それなのに七海は当たり前のようにそこを指定して、一人でそこに居た。


 俺の気のせいかもしれない。

 ただ、こんなことが起きたからそう思えてしまうだけかもしれない。


「だからなんだっていうのかな。君は今から待っていたらあの後輩が家から出てその神社に行くとでも? そんな馬鹿な話が」

「わかってる。だから今から仕掛けるんだ」


 俺はスマホでメッセージアプリを開く。

 これでまずは探りを入れて――。


 ふと、視界の端で明かりが消える。

 見ると、今日訪れた七海の部屋の電気が消えていた。


「そんな驚いた顔してどうしたの」


 椎名が俺を見る。俺はただ七海の家の様子を見つめる。暫くして、ドアが開いた。

 見覚えのある水色の大きめのTシャツ。出てきたのは間違えようもなく七海だった。


「出てきたぞ」

「そんな馬鹿な話あった」


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