3 温泉街

 違います、本当はこの人、オカルト系フリーライターなんです。嘘じゃないです。今回の旅行はちょっと羽を伸ばす為に……え、僕ですか? 僕は彼の助手です。……仕事内容? その……なんだ。味噌汁を作ったりとか……?


 ダメだった。最後の最後まで、車夫さんの顔から生温い笑みを引っぺがすことはできなかった。おのれ曽根崎!

「私のせいじゃない」

 焼き鳥を歯で串からむしりとり、曽根崎さんは素知らぬ顔である。

「こればっかりは君の挙動の問題だよ。やましいことはさほど無いんだ、堂々としてりゃいいのに」

「さほどどころか一ミリもねぇよ! ああー、絶対妙な勘違いされたよ……!」

「別にいいんじゃないか? 所詮は二度と会うこともない相手だ」

「それもそっか」

「嘘だろ、これで納得すんのか。からかい甲斐がねぇな、景清」

「すいませんねぇ、切り替え早くて。ところで焼き鳥の串って意外と鋭利だと思いません?」

「刺す気か?」

 まさか。抉る程度で終わらせるとも。

 けれどお店に串を捨てる用のゴミ箱が設置されていたので、ちゃんと捨てた僕である。命拾いをした曽根崎さんは、焼き鳥屋さんにお礼を言うべきだと思う。

 お腹も満たされた僕らは、のんびりと露店を見て回りながら旅館へと戻る。日はすっかり落ち、頭上に並んだまんまるい提灯たちが地面に橙の光を落としていた。

「あ、ドラゴンのキーホルダー」

「買っていいぞ」

 あるお店の前で足を止める。無骨な色合いのキーホルダーがたくさんぶら下がっていて、まるでファンタジーゲームの鍛冶屋みたいだ。目移りする品揃えにワクワクしたけど、今の主役は僕じゃない。ぐっと我慢した。

「いえ、曽根崎さんの分だけ買おうと思います。曽根崎さん、ゴールドとシルバーとブロンズと青と赤と黒、どれがいいですか?」

「私のはいいから君のを買うといいよ」

「遠慮しなくていいですよ。あ、剣に巻きついてるほうがいいかも教えてもらえれば……」

「マジでいいから」

「そんなそんな」

「マジでマジで」

 数分揉めたが、結局曽根崎さんに買ったキーホルダーを僕が管理するということで手打ちとなった。少々不本意だが、どうしてもと言われては仕方ない。それに早速ブラックドラゴンをカバンにつけてみたら、めちゃくちゃかっこよかったし。帰ったら三条に見せよう。

「……あれ?」

 けれど、曽根崎さんにキーホルダーを見せびらかしてやろうとした時である。さっきそこまであった彼の姿は、忽然と消えてしまっていた。

 トイレかな? それにしたって一言あっても良さそうなもんだけど……。

「曽根崎さん……」

 旅館の方向へ進むべきか、元来た道を戻るべきか。立ち往生して、まず出てきたのは彼の名前だった。迷子の子供じゃないんだから。

 電話してみようとしたけれど、奴のスマホの所持率の低さを思い出して肩を落とす。ほんと、どこ行ったんだろう。

「……」

 段々と心細い気持ちになってくる。相手もいい大人なんだし、当然僕だけ旅館に戻るのも手だ。でも、今の曽根崎さんが放置しておけるほど安定した精神状態かといえば、微妙なところで。

「お兄さん、一人?」

 そうやって悩んでいると、後ろから声をかけられた。おやとそちらを見るなり女性の顔が二人分迫ってきて、思わず身を引く。

「何してんのー? よかったら一緒に回らないー?」

「え、えっと、あの」

「ここ旅行で来たの? 地元の人じゃ無さそうだよね。ホテルどこ泊まってるー?」

「ねー遊ぼうよー! イケメンのぼくー!」

 息にお酒の匂いが混じっている。結構酔ってるのか、片方のお姉さんは若干呂律が回っていなかった。なんとか距離をとりつつ、首を横に振る。

「すいません、ちょっと人を探してまして。背が高くてグレーのジャケットを着たボサボサ頭の男の人なんですが、見ませんでしたか?」

「知らなーい。その人もお兄さんみたいにイケメンなのー?」

「い、イケメンかどうかは分かりませんが……」

「あ、アタシ見たかも」

「ほんとですか!?」

「うん、あっちだったかなー」

 呂律が回っていないほうのお姉さんが、薄暗い路地を指差す。……あんなところに曽根崎さんが? なんでだろう。

「一緒に探してあげてもいーよー! お兄さん、寂しいでしょ!」

「い、いえ、一人で行きます。お二人を暗い所へ連れて行くわけにはいきませんし」

「いいじゃーん! せっかくだし楽しいことしよーよー!」

「楽しいこと?」

「ま、細かいことは置いといてー!」

 お姉さん二人に腕に絡みつかれ、路地裏へと誘導されていく。ようやく「これちょっと良くない流れなんじゃ?」と思ったけど、振りほどくのも躊躇われてなんとか口頭で断ろうとした。が、お姉さん達は聞く耳持たずである。

 その時だった。

「あ」

「あ」

 お姉さん達の向こう側にて。

 プラスチック容器を持って歩く、曽根崎さんと目が合った。

「いたーーーーーー!!!!」

「え? なになに、なんなんだ。誰だ、その人達は」

「すいません、あれが探し人です! あの人を探してたんです!」

「え、あの人なのー? タイミング悪ーい」

「でもちょうどいいじゃん! 数的にも合うし、今から四人でお酒でもー」

「……なるほど?」

 お姉さん達の言葉に、一瞬で曽根崎さんは何かを察したらしい。ズカズカ大股で僕の前に来ると、ガシッと僕の腕を掴んだ。

「帰るぞ、景清君」

「あ、は、はい」

「ちょっとなんで帰んのー? お友達も見つかったんだし、一緒に遊ぼうよー」

「お断りします。良い子は寝る時間ですので」

「めっちゃウケる! じゃあみんなで悪い子になっちゃえばいいんじゃない?」

「……」

 曽根崎さんから「チッ」と舌打ちする音が聞こえた。まさか変なこと言うんじゃないだろうなとハラハラしていると、肩を掴んでぐるっと反対側に寄せられる。驚く間もなく、眼前にプラスチックの容器がやってきた。ん? この匂い……。

「餃子ですか?」

「その通り。これだけ食べ損ねていたからな。食べたがるんじゃないかと思い、買ってきた」

「うわー、いつのまに。あ、さっきいなくなってた間にか。いや一言ぐらい残してくださいよ」

「言ったぞ? 君は私よりドラゴンに夢中だったようだが」

「そりゃ曽根崎さんよりはドラゴンのほうが……。でも、そういうことなら失礼しました」

「いいよ。それよりほら、餃子見ろ。いくつか種類があるみたいでさ、これとか紅生姜入りだそうだ」

「へぇー、ピリッとする感じですかね」

「ちょ、ちょっと」

 お姉さんが前に回り込んでくる。けれど曽根崎さんはすいっと避けて、歩くスピードを速めた。

「早く帰って休むとしよう。今の時間なら、温泉も混んでないんじゃないか? アヒルちゃん連れて行っても恥ずかしくないぞ良かったな」

「それ一人でもいたらアウトですからね? っていうか足速い足速い」

「すまない、無駄に足が長くてすまない」

「腹立つ」

 ほとんど小走りになりながらも、曽根崎さんの隣に並ぶ。お姉さん達もそこまでして追いかけてくる気は無いようで、僕はホッとした。

「……すいません。ありがとうございます」

「なんの。五分列に並ぶぐらい全然」

「餃子じゃなくて。いや餃子もそうですけど」

 こうして、やっと僕らは旅館へと帰ってきたのである。ちなみにあれほど言ったのに、曽根崎さんは温泉にアヒルちゃんを連れてきてしまった。しかも途中「サウナ行ってくる」と言って退席したため、アヒルちゃん三羽と取り残された僕は、思う存分恥ずかしい思いをしたのである。

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