にわか乗り鉄ちひろちゃん!

おっさん

第1話プロローグ

 世の中の有象無象は言います。電車なんて、ただの移動する鉄の塊だと。


 学校や会社に向かう為の移動手段としか考えてない、人生の半分は損しているであろう連中に、わたしは声を大にして言います。


「今の車両は鋼鉄製じゃなくて、合金やステンレス製がほとんどだし」

「言いたいところはそこなのね」


 わたしの隣で、つい数週間前の飲み会で知り合ったしらせちゃんが口を尖らせます。


 大学二年生にしては随分キツい――こほん。ではなく、随分と幼稚なツインテールと呼ばれる髪型をしているしらせちゃんは、その栗色で滑らかな髪の先を指で弄びます。


 長い睫毛に、切れ長の瞳。少女と女性、その二つを姫路駅と神戸駅に例えるなら、大体明石駅くらいの位置にある、絶妙な頃合いの体つき。少女と言うには、胸やらお尻やら脚が美しすぎる感じ。はっきり言ってエロい。けど、個人的にはそのキッツって感じのツインテールが、その体躯をいい塩梅に台無しにしていて、それがなんともしらせちゃんらしいと思っています。


「あんた、今失礼なこと考えたでしょ?」


 怪訝そうなしらせちゃんの視線に、わたしは余裕の首振り。


「いいえまさか。わたしの人生において、唯一といっていい人助けをした相手に、そんな邪な視線を向けるわけないじゃないですか」


「ま、まあ? あのことに関しては感謝してるわよ。だからこうして、あんたの一泊二日の旅行に付き合ってるわけだし。でも、気になるんだけど――」


 キャリーバックを引き、背中に大きなカバンを背負うしらせちゃん。浮かれきったのか、そのツインテール同様に頭も残念なのか、春先にも関わらずパンツが見えそうなホットパンツから伸びる長い脚を惜しげもなく、童顔短足のわたしに見せつけています。


「あんた、そのTシャツにジーパンで、一体どこに旅行へ行くのよ?」


 まあ、何も知らされていないしらせちゃんからすれば、近くのコンビニに向かうようなわたしの服装には、いささか以上に疑問を感じるものでしょう。


 ですが、今回はこれでいいのです。別にわたしは神戸の居留地に行くわけでも、ましてやUSJに行くわけでもありません。ただわたしは……乗るために来たのです。


「とりあえず、電車に乗りましょうか」


 しらせちゃんは、自分の質問を無視して改札機を通ったわたしに怪訝な視線を向けます。


 予め渡しておいた切符を改札に通して、しらせちゃんはわたしの後を追います。


「5番線に向かいますよ」

「おっけー」


 エスカレーターで二階の高架ホームへ向かいます。4月のまだ寒い風が、わたしとしらせちゃんの前髪をふわっと浮かせました。


 5番線のホームへ出て、北側へと目を向けます。


 播但線と姫新線のホームの向こうには、片道二車線の大通り。その先に見えるのは、我ら姫路市市民の誇りである姫路城です。


 別名白鷺城とも呼ばれる大天守は、まさに日本の和そのもの。姫路城以外に見るものが無く、外国人観光客が宿泊をしてくれないというジレンマを長年抱えている宿泊施設が多数あるなんて、露ほどにも思っていないであろう、その悠然たる立ち姿には溜息すら漏れてしまいます。


「それに姫路城が近くにあると、どのお城を見ても『ちっさいなあ』以外の感想が出てこなくなるのも悩みでしょうか」


 目が肥えちゃうんですよね。あー、困った困った。思わず姫路マウントしちゃったわー。


「ねえ、ちひろ。これ、何て読むの?」


 先ほど切符を通したしらせちゃんが、緩いUネックに谷間を寄せながら訊ねてきます。


 なんだこいつ。Aカップのわたしに喧嘩を売っているのでしょうか?


 マリアナ海溝並みに深い皴が眉間に寄りそうになるのを我慢しつつ、わたしは『姫路』と書かれたJRの看板の下で、彼女の白い指がなぞる駅名を読み上げました。


「それは糸魚川(いといがわ)と読みます。今からわたしたちは糸魚川駅に行きます」


 そう。これは、完全な趣味。


 つい半年前に目覚めた、乗り鉄という趣味です。


 さあ、どうだ。驚けしらせちゃん。


 目をぱちくりさせた彼女は、肩甲骨辺りまで伸びたツインテールを揺らして言った。


「糸魚川って、新快一本で行ける場所なの?」

「お前、次に新快速のことを『新快』って略したら殺すからな」


 どうやら、この旅の前に教えるべきことがあったようです。

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