第17話 ギルドマスターの冷や汗

 ユーヤが出て行くと安堵の吐息が洩れる。


 〈ドッカーン〉

 〈パリパリダーン〉

 〈パリッドーン〉

 〈バリバリパーン〉

 〈ドオォォーン〉


 〈ウオー〉〈キャー〉悲鳴と共に冒険者ギルドの中は大混乱に陥り、建物内が帯電しそこかしこから火花が飛ぶ。

 

 ギルマスが冷や汗を拭いながら、ボルグにどうしてこうなったのか説明を求めた。

 職員の一人が、遠戚の貴族にアースドラゴンの入荷を知らせた結果、貴族のごり押しでドラゴンの貴重部位が買い取られた。

 それを知った他の貴族が押し寄せて、貴重部位が無いのなら肉を寄越せと詰め寄られて、耐え切れずユーヤの事を漏らしたと。

 その直後、貴族が屯する受付前にユーヤが姿を現したと話す。


 肉を受け取りに来たユーヤが、貴族達から侮蔑気味に怒鳴り付けられて、彼の怒りを買ったのだと。


 「その事情を漏らした職員を連れて来い! それとごねて無理矢理ドラゴンの貴重部位を攫っていった貴族は誰だ! 冒険者ギルドを敵に回すとは良い度胸をしている。上位ランクの冒険者を集めろ、腐れ貴族の屋敷に乗り込むぞ!」

 

 フリックスは怒りで額に青筋を浮かべ、真っ赤な顔になっていた。

 引きずられて来た職員は失神寸前だ。


 ギルマスの前へ連れて来られた職員は、事の重大さに震えている。

 

 「お前、良い度胸だな。こいつを縛り上げろ。スパイを送り込む様な、舐めた貴族に叩き返してやる。腐れ貴族は誰だ! さっさと吐け!」

 

 ギルマスはユーヤと対峙した事よりも、ギルドを蔑ろにされた事に完全に切れていた。

 

 「ギルドに詰めかけて騒いだ、貴族連中にも落し前を付けさせるぞ。そいつらの正体を調べろ」

 

 職員が震える声で「オルクス・ヨーデイル侯爵様」だと告げる。

 続々と集まるブロンズ、シルバー、ゴールドの各ランク冒険者達、ギルドを舐めた貴族への殴り込みと聞きお祭り騒ぎだ。

 騒然となる冒険者ギルドとその周辺、異変を察知して王都警備隊が続々と警戒に集まる。

 

 王都警備隊の責任者がギルマスに事情を問いかけて来たが、貴族のごり押しでドラゴンの素材を掻っ攫われて怒り狂っていると知り、慌てて王城に知らせた。

 

 夕方にはギルマスのフリックスを先頭に、百数十人の高ランク冒険者が件のヨーデイル侯爵邸の門前に詰めかけ、侯爵を出せと騒ぎ出した。

 その間にも続々と冒険者達が詰めかけて来て、数が増えて行く。

 

 王都警備隊では冒険者ギルドと貴族の揉め事には対処出来ない、遠巻きに眺めるだけである。

 侯爵邸の衛兵は逃げ出し、ギルマスを先頭に続々と侯爵邸の内部に侵入し、立ち塞がる騎士達を叩き伏せて押し通る。

 王国騎士団が掛け付けたのは、ギルマスが正に侯爵の執務室に乗り込む寸前であった。

 

 騎士団長グリヤード・ナンセンと、ギルドマスターであるフリックスの話し合いが侯爵の執務室前で行われた。

 殺気立つ冒険者と王国騎士団が睨み合う中での話し合いだ。

 

 一冒険者がアースドラゴンをギルドに持ち込んだ、肉は冒険者にその他はギルドが買上げるとの約束が出来ていた。

 だがギルド内にヨーデイル侯爵のスパイがいて、侯爵にアースドラゴンの入荷を通報した。

 それを知ったヨーデイル侯爵がギルドを訪れ、サブマスや下級職員しかいない中で、貴族の権力を盾にドラゴンの貴重部位を強奪し、金貨一袋を投げ捨てて帰った。


 他の貴族達もそれを知り、ギルドに押しかけて職員に肉を寄越せと脅しているところへ、ドラゴンを持ち込んだ冒険者が表れた。

 貴族達は冒険者に暴言を吐き、ドラゴンの肉を寄越せと脅した為に冒険者が激怒。

 貴族達は、激怒した冒険者を恐れて逃げ出した。

 

 ギルドは冒険者との約束を違えた事になり、冒険者と一触即発の状態を何とか修めたが、それでは冒険者ギルドが立ち行かなくなる。

 冒険者ギルドは国とは取り決め以外に何の縛りも無い、この国の貴族に無理難題を押し付けられる謂われは無い。

 これを許せば、王国と冒険者ギルドの盟約は破棄された物となり、ギルドと王国の争いになるのは必死だ。

 それでも俺達を押さえる気なら、総力を挙げて闘うまでだと覚悟を示した。

 

 「真昼の落雷を聞いたか。あれは激怒した冒険者を俺が何とか納めてもらったが、激怒した彼が、撃ち出す寸前だった魔力を解放した音だ。今回と前回のアースドラゴンの討伐者は同じ人物で、どちらのドラゴンも一撃で倒している猛者だぞ。お前等貴族や王国の連中は、冒険者を侮り過ぎだ」

 

 王国騎士団団長のグリヤード・ナンセンは、聞いていて頭が痛くなってきたが、これ修め無ければ内乱状態に為り兼ねない。

 冒険者ギルドを敵に回す訳にいかないのは論を待たない。

 

 暫定措置として、王国騎士団が侯爵を軟禁状態にして国王陛下の採択を待つ。

 強奪されたドラゴンの素材は全て返却させる。

 冒険者ギルドに押しかけた貴族を洗いだし、厳正な処罰を陛下に進言するの3案を提示し、一旦修めて貰う事に成功した。

 

 即座に国王陛下へ詳細を記した文を送り、指示を仰いだ。

 国王アルカート・オルク・バルザックは、オルクス・ヨーデイル侯爵を内乱誘発未遂の罪で拘束を命じ、後日侯爵は処刑され侯爵家は取り潰された。

 冒険者ギルドに押しかけた貴族も続々と名前を洗い出され、即日永年蟄居と爵位の降格を言い渡し、事態の鎮静化を図った。


 * * * * * * * *


 問題の貴族達の処分が終わると、冒険者ギルドのギルドマスターを王宮に招き、正式に謝罪し和解することになった。


 これで名を挙げたのは、貴族と王国に対して一歩も引かなかったギルドマスターと、即断即決の英知と行動力を見せた国王である。

 しかしその二人は、冒険者ギルドも貴族も真っ向から叩き潰そうとした、ユーヤの気概と力に震撼していた。


 何の自信もなく貴族やギルドに立ち向かえるものでは無いし、百雷の轟きが全力の一撃で無いことも判っていたからである。

 世に怪物が棲むと、背筋が凍える思いの二人であった。

 

 一部始終を見ていた冒険者や職員から、話しを聞いたり噂で知った冒険者達は、黒髪黒い瞳の小柄な冒険者に気をつけろと囁きあうことになる。

 ユーヤの名前は、ギルドや王国と貴族達にとって、迂闊な事をすれば手痛い反撃を受ける存在として畏怖される事になった。

 知らぬは本人ばかりなりである。

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