百物語とかくだらねえ

@aikawa_kennosuke

百物語とかくだらねえ

高校のころ、僕はバトミントン部に入っていました。




毎年の夏休み中に3泊4日で合宿があり、それにはしっかり部員全員が参加していました。


しかしインターハイに出場するような選手もおらず、部内も緩い雰囲気でしたので、ほとんどの部員がちょっとした旅行のような感覚で合宿に参加していました。






これから話すのは、高校2年生の夏合宿で体験した話です。




高校3年生は夏までに全員引退していますから、夏合宿は2年生の代が一番上になります。


もちろん練習はありましたが、先輩に対して気を遣う必要もなかったので、自分たちが中心となって合宿中の練習外の行事を設定することができるため、非常にわくわくしていました。




僕は当時から怖い話が大好きで、夏真っ盛りということもあり、怪談大会を企画しました。


大会といっても、合宿所には宿の近くに小さめの体育館のような建物があったので、そこへ夜中に集まって各々が持ち寄った怖い話を披露していくという簡易な行事でした。




部員に声をかけると6人が参加を表明してくれたので、男女合わせて計7名で行うことになりました。


僕たちはその大会を、なんとなく「百物語」と言い合っていました。


もちろん百話の怖い話も、百本のろうそくも用意する時間なんて無く、ただ気ままに怖い話をするだけなので「百物語」なんてネーミングは大げさだったのですが、そう言った方がより心が沸き立ちました。






合宿2日目の夜、「百物語」を決行しました。


時刻は0時過ぎでした。


体育館の中は真っ暗だったので、中心の照明を薄く点けて、少し明るくなった辺りを7人で囲って座りました。




僕は昔読んだ本や、ネットの怖い話をアレンジして話しました。


他の6人もそれぞれ自前の怖い話を披露してくれました。




ただ、期待していたほど盛り上がらなかったんですね。


出てくる話が、ありきたりというか、どこかで聞いたような話ばかりで、オチもだいたい分かってしまったからだと思います。




訊ねてきた警官が実は殺人犯だった話。


山で何かに追いかけられる話。


夜の教室に自殺した生徒の幽霊が出るという話。




そんな話が続いて、僕も含めて皆が眠気を感じ始めた時でした。






ガラガラ!!






と大きな音が体育館に響きました。




全員体をびくつかせて、音のした方を向きました。




「お前らさあ、明日も早いんだからくだらないことしてないで寝ろよ。」


そう言いながらこちらへ近づいてきたのは、部員で同期の山本でした。




「なんだ山本かよ。」


「ちょっと驚かさないでよ。」




そんな声が口々に上がりましたが、山本は毅然としていました。




「あのな、こっちは真剣に練習してるんだよ。夜中に遊んで、練習中にやる気ない態度見せられたらこっちまで士気が下がるんだよ。」




山本は全員に睨みをきかせて言いました。




「何が百物語だよ。くだらねえことしやがって。すぐに寝ないなら先生にばらしてやるからな。」




山本は吐き捨てるように言うと、イライラしたような足取りで体育館から出て行きました。






「なんだよ、山本のやつ。あいつもこんな時間まで起きてるんじゃんか。」


「ね、なんか、冷めちゃったね。」




そんな声が上がり、「百物語」はあっけなく終了することになりました。




うちのバトミントン部は緩い部活動と言いましたが、真面目に取り組みたいと思っている者も中にはいるんです。


そういうやつは基本的に部の中でも浮いた存在になるんですが、山本は典型的な真面目さんで、後輩にも厳しく接していました。




結果的に山本のせいで百物語を止めなければならなくなりましたが、そこまで盛り上がっていなかったので、僕自身は山本への怒りなどはなく、ただ「せっかく企画したのに期待はずれだったな」と思っていました。




時間にして1時間程度しか百物語ができずに、宿の部屋に帰ってきましたが、すでに10人ほどが雑魚寝している部屋は暗く、皆寝静まっていました。


男女で部屋が分かれていたため、山本の同室で、すでに布団に入っていました。




僕もすぐに寝よう思い、布団に潜り込みました。






しかし、寝入ってすぐに騒ぎで起こされました。






「キャー!!」






という大きな悲鳴が隣の女子部屋からあがったんです。






僕と男子の何人か、そして先生が駆け付けると、女子部屋では電気を点けて騒ぎが起こっていました。




状況を聞くと、ベランダにカーテン越しに人の影が見えたと言うんです。


影の形からして女の人だと思うが、女子は全員布団にいたため、その影は泥棒か変質者だと思い、咄嗟に悲鳴をあげたんだそうです。




悲鳴をあげたのは百物語に参加していた2年生の女子2人でした。


2人とも同じものを確かに見たと、怯えながら話していました。




それからはもう変質者が出たということで警察も宿に来て捜査を始め、翌日の午前中までとても練習ができるような状況ではありませんでした。




捜査の結果、ベランダや宿に周辺に人がいた形跡は認められず、単なる見間違いだったのではないか、ということになりました。




なんだよ人騒がせなやつらだなあ、という感じで女子部屋の騒ぎは片付けられ、午前分を補うように午後からきつい練習が始まりました。




練習後はくたくたでした。


前日は騒ぎでよく眠れなかったということもあり、夕食を食べ風呂に入って、すぐに寝てしまいました。






午前2時を回ったころでしょうか。


その日は何か騒ぎがあったわけではないのですが、ふと目を覚ましてしまいました。




練習の疲れで体はぐったりとしていましたから、またすぐに眠ろうと思いました。




ただ、なんとなく部屋の中に違和感を感じ、ふと部屋を見渡しました。






すると、いたんですよ。




全員寝静まっていました。




その布団の群れを眺めるように、部屋の隅に黒い影が、いたんです。






薄目を凝らしてよく見ると、女の人でした。


着物のような服を着て、黒い髪を顔の前に垂らしていました。




瞬間的に思いました。


昨日女子部屋に現れたのはこの女だと。


そして、おそらくこの世のものではないと。




その女はしばらくそうして立っていると、突然動き始めました。


その動きも不気味でした。


歩くというより、滑るような。


足も動かさず、姿勢も固定したまま、スーッと動いていくんです。




そして、止まりました。




次に女は体を屈めました。


足もとで寝ている者の顔を覗き込むように。




女が見ていたのは山本でした。




女は山本の顔に自分の顔を近づけていきました。




僕は声をあげることも、体を動かすこともできませんでした。


金縛りではなく、ただあまりの恐怖で動くことができませんでした。




女は山本の顔にあと10センチほどのところで接近を止めました。




そして、女はしきりに何かを呟いているようでした。


山本の顔をじっと覗き込んだ姿勢のままで。








気付くと朝日が差し込んでいました。




何人か起き始めて、布団を畳み始めています。




あれは夢だったのだろうか、それとも恐怖で気を失ってしまったのだろうか。


判然しませんでしたが、いずれにしても異常な臨場感であの女の姿が思い出されました。




その日は合宿最終日で、午前中練習をして、あとは帰るだけでした。




僕、思い切って山本に訊いてみたんです。




昨日、寝ている時に何か見なかったか。


今なんともないか。






山本はただ吐き捨てるように言っていました。




「百物語とかくだらねえ。」








しかし、山本はそれ以来体調を崩したようで、部活を休みがちになりました。




そして、3年生になるころには退部し、学校にも来なくなってしまったのです。




僕も周りの生徒も、深く考えず、もともと部活の中でも浮いていため、その本人にもストレスがあったため体調を崩したのではないか、というような推測をするだけでした。






山本と最後に話したのはあの合宿の最終日で、今ではどこで何をしているのかすら分かりません。












僕が今、なぜこんな話をしたかというと、少し前に霊感がある人と話をする機会があったんです。


その人は住職の娘さんで、同じ大学に通っているんです。




「霊感」という言葉を聞いて、僕は高校2年生の夏合宿のことを思い出し、思い切って話を聞いてもらいました。




すると彼女はこんなことを言っていました。






「その山本くんって子は、調和を乱しちゃったんだろうね。


例えば、こっくりさんってあるでしょ?


あれは一種の降霊術だけど、仕組みとしては霊とうまく波長を合わせられるように空気を整えて、その調和がとれた波長のもとで霊と交信を行うの。


こっくりさんに限らず、その他の降霊術や封印術も調和とか均衡がとれてる環境や空気がすごく大事なの。


その反面、その調和を壊したり妨げたりするとものすごく危険。


こっくりさんでも、こっくりさんがちゃんと帰らずに10円玉からを手を離しちゃいけないって言うでしょ?


よくある怖い話でも、何かを壊したり場所を変えちゃったりして霊の封印が解けちゃう、みたいな話もあるじゃん。


そして、その調和を壊した者は、霊から執拗に狙われて、憑かれたり祟られたりするの。


その合宿でしてた百物語もさ、意図せずに霊にとって調和のとれた空気を作っていたんじゃないかな。


そして、その調和を壊してしまった山本くんは、そこにいた霊に狙われてしまったじゃないかな。」










山本が、今どうなっているか、分かりません。


霊に憑かれたままかもしれない。


それか、もうお祓いをして、元気に暮らしているかもしれない。


それとも…。








そしてもう一つ思い出したことがあります。




あの不気味な女は、山本に近づいて何かつぶやいていました。




うっすらと、こう聞こえたんです。












































ミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタ












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

百物語とかくだらねえ @aikawa_kennosuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ